第百十一話
帰って来た皆を椅子に座らせ、自身も同じようにテーブルの前で腰を下ろしたヴァンは、何度か口を開こうとしては閉じるを繰り返す。
中々『聞いて欲しいこと』を切り出さないヴァンに視線を定めたままの仲間たちは、先を促す言葉を投げずにただじっと話し出すのを待っていた。
部屋の外からは小さな足音が行ったり来たりするのが聞こえてくる。軽く小走りなので、恐らくリシャがレリアに何かを頼まれて忙しなく移動しているのだろう。
テーブルの木目を数えているかように見えたヴァンが口を開いたのは、足音が遠く離れた時だった。
「・・・・・・あの村と、この町の魔獣除けを壊したのは、ライカニクスだ。目的は俺を探すため」
その口調は仲間たちに自分の考えを伝えるというものではなく、全員が知っているのを踏まえた上での確認のものである。
一瞬、セレーネとヘリオスの顔が苦いものとなり、ラルウァが視線だけをテーブルへ落とす。
ヴァンはそれに目を向けつつも言葉を続けた。
「みんなは・・・・・・俺のせいではないと言ってくれたけど、でも、やっぱり俺にも少なからず原因があると思う」
そこでアリアとセレーネが反論しようと腰を浮かせ、体を動かさなかった者たちも眉をひそめる。
だが、ヴァンの真剣な瞳におされ、立とうとした二人は渋々座りなおす。
「フォカーテの香水の効果を遮断したから、奴らは強硬手段に出た。でも、だからといって俺は奴のものになるつもりはない」
言いながらヴァンはアリアの碧眼を見つめ、アリアも唇だけで笑みを作って見返した。
「だけど・・・・・・」
いったん言葉を切り、小さく俯く。
「リシャのように家族を失ってしまう悲しみも、増やしたくないんだ」
一度だけ深呼吸をして顔を上げ、全員の目を順に見やり『決めたこと』を口にする。
「だから、俺は――テリオスを、倒す」
悲しみを生んだテリオスを許すことが出来ないから。
「でも、俺一人じゃ・・・・・・勝てない」
それでも、絶対に勝たなくてはいけないから。
「・・・・・・皆、俺に力を――貸してくれないか?」
テーブルの上に置いた両手を握り締める。
あの時あったテリオスは、とても強大だった。それにくわえ、オートマータの三姉妹や人狼のライカニクスまで居る。
今皆に頼んでいるのは、命をかけてくれというようなもの。
それも、自分のために。
だが、この仲間たちは断らないだろう。
一緒に戦ってくれるだろう。
そんな優しい仲間たちを、自分は利用しているのだろう。
あぁ、なんと身勝手なことか。これで誰かが、仲間が死んでしまうかもしれないのに。
「・・・・・・どうして、泣いているのですか、アリス」
「え?」
セレーネに言われて、初めて頬に伝う涙に気づいた。慌ててフリルドレスの袖でぬぐう。
「なんじゃ、わしらが断ると思って泣いとるのかえ?」
フランが苦笑しつつ、片肘を立てて頬をつく。
その言葉に、ヴァンは両腕で顔を乱暴に拭きながら首を左右に振った。真っ白な髪が椅子やテーブルに叩きつけられる。
「ちがっ、みんなは、ぜったい、いっしょにき、ひっく、おもっ、た。ごめ・・・・・・お、れ、みんなを、うっ、りよ、っく」
一度気づけばもう涙を止めることは出来なかった。
それによって、『自分は仲間を利用しようとしている』という考えと『また悲しみをつくってしまうかもしれない』という不安が強まっていく。
嗚咽を漏らしながら謝るヴァンに、アリアたちは顔を見合わせて溜息をつき、それぞれ苦笑を浮かべた。
「なんかーあれだねー。ヴァンちゃんって、ほんとーにめんどくさい性格してるねー」
普段のヘラヘラに苦味を濃くしたウラカーンが、両手を頭の後ろで交差させ椅子を後ろへ傾けさせながら言う。
「全くじゃな。どうしてこうもクソ真面目なんじゃろうな・・・・・・」
それにフランが同意し、セレーネも苦笑いをしつつ頷く。
「フラン、女性があまりそういう言葉を使うのは・・・・・・それに、不真面目よりは良いですし。誰かさんが育ててくれた割りには、あまり似てないようにも思いますけど。ねぇ、ラルウァ?」
「・・・・・・まぁ・・・・・・お前とヘリオスには似てる気がするが」
セレーネの目を見ないように顔を背け、腕を組んで苦笑するラルウァ。
その言葉にヘリオスが少し嬉しそうに笑った。
「兄妹なのだから当然だ。だが・・・・・・小さい頃はもう少しやんちゃだった気がするが・・・・・・そのあたりはラルウァに似たのかもしれないな」
何故か談笑し始めた仲間たちを、ヴァンは目を丸くさせて見つめる。勢いこそ失ったものの流れ続けている涙を拭くのも忘れてただ呆然としていた。
すぐ隣に座るアリアがくすっと笑って右腕を伸ばし、指で涙を掬う。
「みんな、利用されてるなんて思ってないわよ。私だって、故郷をこんなにしてリシャの家族を奪ったテリオスやライカニクスは許せないし」
「で、も、もしかしたら死んでしまうかも、しれないんだぞ?」
濡れる瞳でアリアを見つめ、ぽつりぽつりと落とすヴァン。
「えぇ、そうね。でも、それならなおさらヴァン一人で行かせるわけないじゃない。もしヴァンが一人で行くって言ってたら、思いっきり引っ叩いて縛り上げて天井から吊るして鞭で叩いて気絶させて、その間にあいつらを倒してきちゃうところだったんだから」
「いや、あの・・・・・・天井から吊るす意味は・・・・・・ていうか、なんでそこで鞭が出てきた?」
早口で言うアリアに、ヴァンが呆れ顔で突っ込む。涙はいつの間にか止まっていた。
「一人で行くっていったらそれくらい怒ってたってことよ! ヴァンが嫌だっていっても、ついていくんだから」
ヴァンの顔に残る雫を自身の袖で拭いた後、そっと小さな手を握ってアリアは続ける。
「私たち、仲間でしょ?」
その言葉を受けて、ヴァンは少しだけ目を見開き、視線をゆっくりと皆に移動させた。
フラン、ウラカーン、セレーネとヘリオス、そしてラルウァ。全員が苦笑が抜けた微笑みをヴァンに向けている。
胸の中に何か温かいものが溢れ、目頭が熱くなるのを感じ、そして、思った。
利用なんていう言葉を使った自分は、馬鹿だ。
力を貸してくれる仲間たちに『ごめん』と言った自分は、本当に馬鹿だ。
使う言葉は、もっと違うものだ。言うべきことは、もっと別のものだ。
くしゃりと表情を歪ませて俯き、すぐに顔を上げると、また一つ増えた『伝えたいこと』を口にした。
「みんな――――ありがとう」
涙を流しながらの笑顔に、仲間たちはゆっくりとした頷きを返した。
「でもヴァン、ちょっと泣きすぎよ?」
「だねー。それだけで脱水症状おこすんじゃないー?」
ハンカチをヴァンの頬に優しく当てながら言うアリアに、ウラカーンがヘラヘラと笑みを浮かべつつ同意する。
「だ、したくて、だしてるわけじゃな、んぐ、かって、に、でてく、むぐ、んだ」
されるがまま涙を拭かれているヴァンが眉をひそめてそれに反論した。つっかえつっかえの部分はアリアがハンカチを押し付けたときだ。
「意外に泣き虫じゃからなぁ、ヴァンは」
肩肘を立てて頬をついたままのフランが楽しそうに笑ってそれを眺めている。
その言葉に、セレーネとヘリオスが同意の言葉を投げた。
「そうですねぇ。小さい頃はすぐに泣いてましたねぇ」
「特に叱られた時なんかは、コラの『コ』を言う前に泣いていたな」
しみじみと懐かしむように言う姉兄に、ヴァンは苦笑を浮かべるしかない。
記憶が無くなっているヴァンにとって、例え恥かしい過去に聞こえても全く気にならないのだ。
しかし、そうして油断していたヴァンは、次の人物の発言に慌てることとなる。
「ふむ。確かに、よく泣く子だったな。怖い話を聞かされた晩は一緒に寝てやらないと何時までも愚図っていたし、初めてギルドに預けたときは私が帰ってくるまで泣きさけ」
「わーわーわー! じ、じじょう! そんなむかしのこと!」
思い出しながら話すラルウァに、ヴァンが椅子から勢い良く立ち上がって両腕をブンブンと左右に振り、大声を上げて先を阻止した。
ずっと涙を流しているせいか、鼻の詰まった声になってしまっている。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている顔を真っ赤にさせて騒ぐヴァンはこの後、全員に声を出して笑われることになった。
「・・・・・・ところでヴァン、それはリシャには話しておるのかえ?」
ヴァンの顔がツボにはまったのか涙まで浮かべていたフランが、目元を指でこすりつつ訪ねる。
聞いた瞬間、ヴァンの二つの赤い瞳からまさに滝のような涙が流れ、フランの目を見開かせた。
「それが全然話を聞いてくれないんだ・・・・・・!」
思い切りテーブルに突っ伏して嘆くヴァン。その勢いは額とテーブルを激突させ、鈍い音を響かせるほどだ。
「何度も追いかけたんだが・・・・・・こっちを見てさえもらえなくて・・・・・・」
ずずっと頭を動かして顎をテーブルに乗せ、鼻を一つ鳴らすとアリアたちが帰ってくるまでのことを話し始める。
聞き終わった後、セレーネが代表して呟いた。
「そうなんですか・・・・・・でも、仕方ないのかもしれませんね」
「そうじゃのぅ。何せ昨日の今日じゃしなぁ」
「レリアから聞くには、あの子自身、頭では分かっているようだが・・・・・・」
セレーネに続いて、フランとラルウァが溜息と共に落とす。
ヴァンが三人の言葉に表情を暗くさせ、それをアリアが頭を撫でて慰める。
「んー、ならさー、ちょっと時間おいたらー?」
フランの言ったことを拾い上げてウラカーンが提案した。テーブルを両足で押して自身と座る椅子を傾け、頭を掻きながらのそれはどこか思いつきの感がある。
だが、意外にもその言葉はヴァンたちに光を見つけさせたらしく、ヘリオスがその提案を押そうと口を開いた。
「確かに、それは良いかもしれないな。彼女も気持ちをまとめる時間が必要だろう」
付け加えられたものに、それぞれ同意の声を出してヴァンを見る。
全員の視線を受けたヴァンは、どこか不安が残る表情で小さく頷いた。
結果、悩みは現在進行形のまま保留となり、ヴァンは一つ溜息をついて乗せたままの顎を支点に頭を左右に振る。
そんなヴァンを見て、ラルウァが苦笑を浮かべて声をかけた。
「ヴァン、そう待つことはないだろうから、あまり悲観するな」
言われ、師匠を不思議そうに見る悩める弟子。
ラルウァはふっと一つ笑みをつくると、一瞬だけ家の奥に続く扉に目をやり、ヴァンが意味を問う前に再度口を開いた。
「さて、私たちの最終目標は『テリオスの撃破』になったわけだが・・・・・・次は、今後のことについて話し合うとしようか」
そう言ってテーブルに肘をつき、口の前で両手を絡ませるラルウァ。
それに続いたのはアリアだった。
「そうですね。ねぇヴァン、あの変態を倒すのはいいんだけど、どうやって見つけるの?」
「あぁ、それは」
「言っておくけど、フォカーテの香水を使っておびき出す・・・・・・というのは却下だからね?」
まさにそれを言おうとしたヴァンが、アリアのジト目を受けて冷や汗を流す。
自分の予想が的中したのを確認すると、肩にかかった金髪を払って溜息をついた。
「やっぱりそうするつもりだったのね」
ジト目から睨みに変わったアリアを上目遣いで見つつヴァンが首を引っ込めてうな垂れる。
「まぁ、とりあえずアリスへの説教はおいといて、だ。香水の効果で向こうから来るのを待つのは良い手じゃないな」
「だねー。深夜に襲撃されるかもしれないしー。前にも話してたことだけど、向こう側だけにこっちの居場所を晒しておくのはねー」
さらにヘリオス、ウラカーンからも反対され、しゅんしゅんと小さくなるヴァン。
そこでフランが、助け舟とばかりに出てきたそれぞれの考えをまとめた。
「なら、奴はわしらから探すことになるのぅ」
その結論にアリアたちが頷き、ラルウァが続く。
「その前に我々はまず強くなる必要があるな。奴らは着実に力をつけている」
「それに、ライカニクスが引き連れてきた魔獣もまだこの町の周囲に隠れています」
今は私たちがいるので襲ってはきませんが。と付け足しながらセレーネが眉をひそめる。
思ったより先に進めそうにない状況に、居間の六つの息を吐く音が響いた。
「ふむ。では、全部やるのはどうじゃ?」
たった一人溜息をつかなかったフランが、楽しげに笑いながら全員に投げる。
驚きの混じった視線を集めた三つ編のハーフエルフは、右手の人差し指をぴんと立てた。
「全く、おぬしらは若いわりに頭が固くていかんのぅ。何を悩む必要があるんじゃ? テリオスを探さんといかん。じゃが、強くもならねばならんし、しかし、外におる大量の魔獣を放っておくのもできん」
なら、と一つ息を吸い込んで唇を歪め、獰猛な笑みをつくる。
「全部やったらいいではないか。テリオスを探しながら魔獣どもを倒しまくる。ほれ、こうすれば強くもなれる。簡単なことじゃろ?」
三つ編にした赤髪を左手で掴み、ぶんぶん振り回すフラン。
最初は目を丸くさせていたヴァンたちだが、話を聞くごとに表情をゆがめていき、最後にはぷっと吹き出した。
「ははっ、そうだ、そうだな。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ」
ヴァンが笑いながら言い、フランがそれを聞いて勝ち誇った顔で返す。
「どうじゃ。伊達におぬしらの何倍も生きとるわけではないぞい?」
「いやいやー、さすがフランだねー。一番年よりな、どぅぶっはぁ!!」
ヘラヘラを深くしたウラカーンが言うが、すぐ隣から飛び込んできた裏拳の介入によって最後まで言うことは出来なかった。
座る椅子を後ろに傾けていたせいで盛大にひっくり返り、後頭部を強打して悶絶するウラカーンだが、一人を除いてそれが気にされることはない。
。
「そうと決まれば! 行こう、みんな! まずは町周辺の魔獣だ!」
ヴァンが思い切り立ち上がり、大きめの声を全員に飛ばした。
「えぇ!」
「はい!」
「うむ!」
「あぁ」
四人が『応』を返し、ヴァンを含めた五人は小走りで家から飛び出していく。
「・・・・・・あれはお前が悪いと思うぞ」
「・・・・・・・・・・・・せめて、大丈夫か、の一言はくれない?」
しばらくして五人を追いかけた残りの二人は、そんなやり取りをしたとかしていないとか。
読んで頂きありがとうございます。
はい、一週間くらいぶりですね、生きております。
さて、ヴァンが伝えたいこと、決めたことですが、まぁ、今更?な感じですけどね。コヅツミとしてはこうやって言葉にするのは重要なことのはず!とか思ってます。ちょっと少年漫画的な展開が書きたかったとか、そんなことではないですよ?えぇ、けっして。
というわけで、次回からはちょっとした戦闘が多いかもしれません。でもコヅツミはヴァンやフランと違ってうそつきなので、戦闘はそんなにないかもしれません。
・・・あ、といっても最後まで書くのは嘘じゃないですよ?
どうか最後までおつきあいくださいまし。ではではー。