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第百九話

「落ち着いたかしら?」

 ラルウァたちがヴァンとアリアを追って部屋を出た後――というより、追い出した後――、泣き続けるリシャをベッドに座らせたレリアがその小さな肩を抱いて尋ねる。

 黄髪の少女はレリアに体を預けた状態で俯き、何も返さない。反応が無いことに小さく溜息をついてレリアは少女の頭を撫でた。

 これでは何も進展しないのだが、しかし、一人にしろと全て拒否されるよりはマシだろう。

 そして、そうなってはいないからこそ、リシャを戻すことは出来る。

 レリアとしても、家族を失ってしまった悲しき少女を、見当違いの憎しみの道に歩ませたくない。

「ねぇ、リシャちゃん。ヴァンちゃんのせいでこの町が襲われただなんて、本当に思ってるわけじゃないんでしょう?」

 レリアの問いに、リシャは体を強張らせてゆっくりと顔を上げる。

「・・・・・・あの子の、せいじゃないですか。ヴァンを狙う・・・・・・人が、ヴァンを探し出すために魔獣除けを壊したんですよ。ヴァンがここに来なければ・・・・・・ここに居なければ・・・・・・!」

 緑の瞳を憎悪の色で揺らすリシャを悲しげな表情で見下ろしレリアが返す。

「確かに、そうね。でも、それは本当にヴァンちゃんのせいになるのかしら。悪いのは、その人と、魔獣除けを壊した魔獣、そいつらなのよ? いわばヴァンちゃんは被害者じゃないの」

 その言葉を受けてリシャが俯いて黙る。

 レリアは分かっていた。そんな言葉で納得が出来るはずがないと。昔の自分のように。


 仕方ないわね、と心の中で呟いて口を開いた。

「・・・・・・私も小さい頃、家族を殺されたわ。魔獣に」

 魔獣に、の部分でリシャの体が震える。レリアはそれに気づきながらもそのまま続けた。

「もう二十年以上も前の話だけれど。昔は今と違って魔獣除けはほとんど普及してなかったから、国軍や冒険者が村や町の警備、護衛にあたるなんていうのが普通だった」

 そこで言葉を切り、一つ息を吐いてまた言葉を落とす。

「私が住んでいた村も、やっぱり軍が駐屯していたわ。・・・・・・でも、滅んだ。私たちの村が小さかったから、駐屯する軍の兵士が少なかったことと、援軍が間に合わなかったせいでね」

 リシャが目を見開いてレリアを見上げ、戸惑いを含んだ声で聞く。

「・・・・・・憎く、なかったんですか、国が」

 援軍が間に合わなかったことと、軍が村を守りきれなかったことに対して。

 言外にそう聞かれたレリアは、リシャを見下ろして小さく微笑みながら答えた。

「えぇ、とても憎かったわよ。あまりにも憎かったから、当時軍に保護された八歳の私は十二歳になるまでにあらゆる魔術書を盗み、読み漁り、死に物狂いで魔術を覚えたわ。それこそ、体中から血を流すくらいにね」

 吐血なんて目じゃなかったのよ? と付け足して懐かしむように続ける。

「結果、私は強くなったわ。十三歳で王宮魔術師を殺せるくらいに」


「・・・・・・え・・・・・・?」

 あまりにも自然に、あまりにも唐突に、金髪金目の魔女はそう言った。

 リシャは自分の耳を疑い、目を見開いてレリアを見上げる。

「それからも沢山殺したわ。私を殺しに来る国の兵士を、衛兵を、仕官を、将軍を。・・・・・・分かるかしら? 私はあなたがなろうとしている、殺人者なのよ? しかも、大量殺人者。いえ、殺戮者かしら」

 今少女を見下ろす女性の瞳は、先ほどまで持っていた温かさ等微塵も無く、ただ冷たく鋭かった。

 震えるリシャはそれでも口を開く。

「わ、わた、しは、人を殺したいだなんて、思ってな」

「そうかしら。ヴァンちゃんが憎いんでしょう? ヴァンちゃんのせいで大切な父親を、母親を、妹を失ったと思ってるんでしょう? 殺したいほど憎んでいるのではないの?」

「そ、それは・・・・・」

「もしかして、あなたの力ではヴァンちゃんを殺せないからと諦めているのかしら? それなら、私が手伝ってあげるわ。あの子たちは私のことを信用しているようだから、魔術を使わなくても殺せるわよ。後ろから抱きついた振りをして、喉をナイフで掻っ切」

「やめて! わた、わたしはヴァンを殺し、たいなんて、おもってない・・・・・・!」

 新緑の瞳から雫を一つ二つと落とし、レリアの目から視線を外さないまま首を横に振るリシャ。


 それを見て、魔女は安堵したような表情で再度口を開いた。

「人間を恨むのは・・・・・・その感情に身をゆだねるのは、とても楽だわ。だって、魔獣と違って責めることが出来るもの。ただただ憎いと思うだけでいいもの。私はそれを間違いだとはいえないけれど、でも、『先輩』としての助言。――――その先には何も無いわよ」

 レリアはそう言ってリシャの頬を伝う涙を指で掬い取り、また頭を撫でる。

 頭から伝わる優しさを受けながら、呆然とするリシャ。

「あなたには『こちら側』に来て欲しくないし、その先にも進んで欲しくない。あなたは優しい子のはずだから」

 言いたいことはそれだけだと、レリアがリシャの頭から手を離す。

 同時に、リシャの瞳から涙があふれ出た。

「じゃあ、わた、しは、どうしたらいいん、ですか。一人ぼっちで、なにを、おもって」

 何も見ていないような瞳から次々と流れる涙を止めもせず、リシャは弱弱しく助けを求める。


「そうね・・・・・・」

 レリアはそんなリシャに微笑みを向けて軽く抱きしめ、あやすように背中を撫でた。

「私の娘になる、というのはどうかしら」

 大きな母性に包まれたリシャの表情は分からないが、戸惑っているのが雰囲気で分かる。

 おそらく、これは同情だと取られたのかもしれない。

 可哀想だから、そう言ってるのだと思われているかもしれない。


 それのほうが、マシだ。

 レリアにとって、これは罪滅ぼしだ。あの人と決めた、罪滅ぼし。


 だけど、それだけじゃない。

 一人でいる悲しみも、孤独でいる辛さも、誰も自分を見てくれない現実も、レリアは知っているから。

 ただ純粋に、この少女にそれを味あわせたくないのだと、思いたい。


 レリアは小さな雫を金色の瞳から一筋こぼし、優しく囁いた。

「あなたは、一人ぼっちじゃないわ」

 そして、強く抱きしめる。少女の悲しみを、少しでも抑えてあげるために。




 どれほど時間が経っただろうか。

 先ほどまで声をあげて泣いていたリシャは、今レリアの膝を枕にして眠りについている。

「・・・・・・もう入ってきても良いわよ」

 ゆっくりとリシャの頭を撫で続けながら、レリアが部屋の扉に声を投げた。

 程なくして扉が開き、黒髪赤目の美丈夫が姿を現す。

「ヴァンちゃんとアリアはどうだったかしら?」

「・・・・・・大丈夫そうだった。セレーネたちは居間に居る」


 レリアの問いにラルウァは短く答え、腕を組んで左肩を扉の外枠に押し付けた。

「その子は?」

「えぇ、もう大丈夫。良い子だわ」

 今度はラルウァが尋ね、レリアも同じように短く答える。

 交わされた言葉はそれだけで、二人の返答とは正反対の長い沈黙が部屋を包んだ。

「・・・・・・」

 ただじっとレリアと眠るリシャに目を向けるラルウァ。


「・・・・・・何か私に聞きたいことでも?」

 沈黙を破ったのはレリアだった。

 ラルウァはひそめていた眉をピクリと動かし、目をわずかに泳がせて口を開く。

「アリアのことだが・・・・・・父親は誰だ?」

 その問いは予想外だったのか、レリアが驚きの表情で視線をリシャからラルウァに移した。

 だが、レリアは驚きの表情をすぐに隠し、挑発的な笑みで唇を歪ませると逆に問い返す。

「あら、気になるのかしら?」

「あぁ」

 即座に返すラルウァに、レリアはまた驚きの表情をさらけ出すことになった。


 しばらく見詰め合った後、レリアがつまらなそうに頬を膨らませて顔を背ける。

「・・・・・・昔のあなたなら慌てるところなのに、今は私が驚かせられてばかり。つまらないわ」

「つまらないって、お前な・・・・・・」

「それに、どうして気になるの? 私のことは何とも思ってないのでしょう?」

 呆れ顔をしていたラルウァだったが、昔自らが言った言葉を引き合いに出されて表情を強張らせた。

 そのまま嫌そうに顔をゆがめ、舌打ちをつけて言葉を返した。

「――そう言わないと、お前はいつまでも俺につきまとっただろうが」

「・・・・・・あなたは本当にバカな人ね。私が依存を続ける女に見えるのかしら?」

「見える。お前は弱いからな」

 また即答するラルウァ。

 しかし、今度のレリアは驚きの表情ではなく、相反する感情で顔を歪ませていた。

「本当に・・・・・・バカな人・・・・・・」

 俯いて、リシャの頭を撫でる。


 再度沈黙が続くが、先のとは違って今回は短く、またもレリアによってに破られた。

「悔しいから、アリアの父親は教えてあげない」

 楽しげな表情でべーっと舌を出す一児の母をみて、同じく一人の子を持つ父が呆れの溜息をついた。

「なんだそれは。・・・・・・全く、お前はいつまでも変わらんな」

「おかげさまで。あなたも全く変わってないわ」

 小さく笑って、小さく呟く。

「・・・・・・・・・・・・全然気づかない、鈍感で残酷なところとか、ね」

 その呟きは小さすぎてラルウァの耳には音としてしか届かなかった。

「ん? 何か言ったか?」

 思わず聞き返すラルウァに、レリアはくすくすと笑って返す。

「えぇ、言ったわ。バカな人って」

 返ってきた答えを受けて、ラルウァは今日何度目かの嫌そうな表情と共に、聞いたことを後悔した。




 魔道具の光が無い町の空は、星の一つ一つの煌きが見え月の光は柔らかに世界を包んでいて、まるで生まれ故郷で空を見上げているようだ。

 板張りのテラスで胡坐をかいているフランは、酒瓶を共にして一人ぼんやりとそんなことを思っていた。

「綺麗じゃのぅ・・・・・・」

 手に持つコップを軽く揺らし、カランと氷をぶつけさせながら呟く。

 ヴァンとアリアもあの瓦礫の上でこの夜空を眺めているのか、それともこの家への帰路についているのか。

 どちらにしろ先に戻ってきた自分たちは、ヴァンとアリアが戻ってくるのを待つしかないのだが。

 溜息をついて視線を空からコップに移す。琥珀色の液体は氷と混ざり合い薄い色になっていた。

 手から感じる冷たさは、これを飲んだときの爽快感を予想させる。そう思ったとき、喉は渇きを訴えコップを無意識に口へと運ばせた。


 いざ飲もうと唇とコップをくっつけたのと同時に、背後からコンコンと壁を叩く音が聞こえる。

 コップを元の位置に戻して振り返ったフランは、目を細めて音を出した人物を見た。

「なんじゃ、わしは一人で飲みたいんじゃがのぅ」

「まーまー、いいじゃんかー。オレっちも一緒させてくれよー」

 ヘラヘラ顔をしたウラカーンが、右手に持つ何も入っていないコップをわざとらしく胸の前で左右に振ってフランの下へと歩み寄る。

 そのまま胡坐をかき、お互いの間にある酒瓶を掴んで自分のコップの上で傾けた。

「誰も良いとは言っておらんぞ・・・・・・セレーネとヘリオスはどうしたんじゃ?」

「二人は玄関先に居るよー。ヴァンちゃんたちを迎えるんだってさー」

 また溜息をつくフランの問いをウラカーンは酒瓶を床に戻しながら答える。返ってきた返答にフランは「そうかえ」とだけ言って喉に酒を流し込んだ。

 それに倣ってウラカーンもコップを口につけ、一気に飲み干す。

 が、喉に流した瞬間、慌てて飲むのをやめて思い切り咳き込んだ。

「げっほっ、ごほっ! なんだこれっ。すっげ強いじゃん! さっきレリアねーさんが出したのじゃないじゃん!」

 焼け付くような感触が続いているのか、かすれた声で騒ぐウラカーンを見て、隣でフランが楽しげな顔で笑った。

「あっはっはっ、氷も入れんで飲むからそうなるんじゃ。どれ、わしのを少しくれてやろう」

 そう言ってフランが自身のコップを差し出し、ウラカーンも咳をしつつコップを少し下に出す。

 カランカランと小気味良い音を出しながら、フランのコップからウラカーンのコップに一つ二つ氷が落ちていった。

 ウラカーンが礼を言い、二つのコップへ琥珀色の液体を注ぐ。


 二人で空を見上げ、時たま冷たい液体を喉に流し込む。

 そんな静かな時間は、ウラカーンの声で終わりを告げた。

「なんかさー・・・・・・」

「む?」

 首だけを動かしてフランのほうを向くウラカーンだが、交差する紅い瞳を見て、開いていた口を閉じる。

「・・・・・・・・・・・・やー、やっぱなんでもないー」

 そう言って俯く酒盛り相手に、赤い三つ編みのハーフエルフは怪訝な表情で返した。

「なんじゃ、気になるじゃろ、途中でやめるでない」

 しかし、ウラカーンはヘラヘラを浅くした顔でコップをいじるだけで続きを言わない。

「なにか悩み事でもあるのかえ? わしはこの一行の中で相談役のような立ち位置になっとるようじゃし、聞いてやってもええぞい?」

 口調では親身な雰囲気を出しているが、意地の悪い笑みを浮かべてウラカーンに顔を近づけていてはやはり台無しだ。

 対してウラカーンはヘラヘラを消した半目でフランを見返し、諦念の溜息をついて話し始めた。

「・・・・・・オレっちってさー、なんていうのー、男として全然ダメなんじゃないかなーってさー。っていうか、近いから」

 自嘲気味の笑いを落とし、空いている手でフランを押し返すウラカーン。

 フランは素直にそれに従って離れると、カランと氷を鳴らして続きを待った。

「ヘリオスが倒れたときとかさぁ、全然先のこと考えてなくて慌てるだけでさぁ・・・・・・ラルウァはすごいよねー。この町のことすらも考えて動いてるもんねー」

 要領を得ない話だったが、その落ち込みようは分かったフランは、ふむ、と一言漏らして続きを出した。


「ま、あれは名が売れとるラルウァにしか出来んかったことじゃがな。それに、おぬしはおぬしで、わしを助けたじゃろうが。おぬしが急いで来てくれんかったら、わしはおろかリシャも死んでおったかもしれん。一人で出来ることなどたかが知れてお」

 そこまで言って、フランは気づいた。


 あぁ、それが仲間なのかと。わしは一人で何も出来んわけではなかった。わしはわしにしか出来ん事をしていたのか、と。


 突然言葉を切って呆然とするフランの顔に、ウラカーンは手に持つコップを引っ付けた。

「なひゃぁ!? なにをするんじゃ!?」

 いきなり押し付けられた冷たさにフランが座ったまま飛び上がり、キッとウラカーンを睨む。

「いやー、寝たのかと思ってー」

 ヘラヘラ顔に戻っているウラカーンを睨みつつ、ブツブツと呟きながらコップを口につけるフラン。

「で、わしが何を言いたいのか分かったかの?」

「うんー。オレはオレが出来ること、オレにしか出来ないことをすればいいだけなんだってのは、わかったよー」

 憮然と睨んでいたフランの表情が、ウラカーンの返答を受けて緩む。

「ま、そういうことじゃ」

「そういうことだねー」

 お互い笑みを浮かべて、手に持つコップを軽くぶつけ合い、一気に飲み干す。

 世界を包む淡い月光の中、二つの大きな咳が夜空に響いた。


読んで頂きありがとうございます。

セレーネとヘリオスがはまりませんでした、まる。二人はいつにしましょうか・・・。

レリア母さんとシッショさんの過去話も書きたいです。一応設定としてはありますです。ご要望があれば遅い進みの本編の片手間にでも(待て

ウラカーンとフランのは書いてて楽しかったでする。ああいう、お酒の交し合い結構好きです。

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