第百四話
「ヘリオス、大丈夫か?」
「あ、あぁ。問題ない」
日は傾き橙色の光が森の木々から漏れ、それに照らされる街道を歩く中、ラルウァがヘリオスに声を投げ、ヘリオスは苦しげに息を吐きながらもはっきりとした口調で返した。
そんな二人を、かなりの数の人間が付き従っている。
全員が同じような服装をし、大きめの手提げ鞄をそれぞれ手に持っていた。
「・・・・・・あの町か?」
ヘリオスが遠くを見つめるように目を細めてラルウァに聞く。
同じくラルウァも視線を向けて返しながら頷いた。
「あぁ・・・・・・どうやら、襲撃は終わっているようだが」
先ほど戦闘を繰り広げた獣人によれば、今向かっている目的地でありアリアの故郷でもある『レライアの町』は魔獣に襲われているはずだが、ここまで近くに来ても狂騒の音が聞こえていないところを考えると、もう魔獣はあの町の中には居ないのだろう。
耳で情報を得るには十分な距離だが、目で確認するには遠すぎる。
だが、遠目からでも形を保っている家屋や外壁は見えるので、全滅という最悪の状況ではないことは確かだ。
「ん?」
そこで町の入り口近くに二つの人影が見えた。向こうもこちらに気づいたらしく、その場で立ち止まって待っているようだ。
近づくにつれてその人影が誰だか分かってきた。共に過ごした時間は短いながらも信頼にたる仲間の二人。
「遅かったのぅ」
二つの人影は、いつもの三つ編ではなく腰まで届く赤い髪をばらけさせているフランと、いつもどおりのヘラヘラ顔をした鉤爪手甲のウラカーンだった。
「すまんな。少し手間取ってしまった」
特に怪我もなく無事な様子の二人に、ラルウァが少し笑みを浮かべて答えると、後ろからついて来た人々に振り向いて指示を出す。
「各自、この町のギルド支部に行って状況確認と指示をもらってくれ。私たちは他に魔獣が居ないか巡回する」
「了解!」
まるで軍隊のように声と動作をあわせ、一人一人町に入っていく。
「・・・・・・彼らは?」
去っていく人々を見ながらフランが疑問を呟く。
「彼らはギルドと契約している魔具師たちだ。王都のギルドのエリアに頼んで手配してもらった」
そう答えて町の外壁に間隔を置いて建っている大きい魔獣除けに目をやるラルウァ。
「ほぉ、手際がいいのぅ」
「・・・・・・そうだねー」
感心した声を漏らすフランに、ウラカーンは表情を微妙に暗くして僅かに俯いた。
「む? どうしたんじゃ、ヘリオス。かなぁり疲れておるようじゃが・・・・・・どこか怪我でもしとるのか?」
フランが話す余力もなさそうなヘリオスに気づき、心配そうに顔を覗き込む。
「いや・・・・・・疲れてる、だけだ・・・・・・」
話すのも億劫といったヘリオスに、フランがウラカーンに顔を向けた。
ウラカーンはフランの視線をぶつけた後、一度首肯してヘリオスに尋ねる。
「ヘリオスー、さっきセっちゃんが同じように熱出してぶっ倒れたんだけどー・・・・・・」
その言葉にラルウァとヘリオスが目を見開いた。
「姉さんが? ・・・・・・姉さんも使ったのか、超鎧魔術を・・・・・・」
ヘリオスは苦い顔で大きく息を吐き、ラルウァは眉をひそめて口を開く。
「・・・・・・その超鎧魔術のことは後で聞くとして、セレーネは無事なのか? ここには居ないようだが」
「うむ。怪我も無く、体には問題なさそうじゃったぞ。今はヴァンとアリア、それにアリアの母君とわしらが助けた少女と一緒に町を見回っておる」
「アリアの母親?」
フランから返ってきた返事の中の単語を一つ拾って、ラルウァが聞き返した。
「あぁ、アリアと同じ魔術師での、名前は」
再びのラルウァの疑問に答えようとフランが話し出すが、それは少女の声で中断させられる。
「師匠ー!」
その場にいる全員が、目を向けなくとも声の主が誰か分かった。フランが振り返ることなく、ラルウァたちに声を投げる。
「っと、来たようじゃな。・・・・・・のぅ、ライカニクスが魔獣除けを壊したことなんじゃが・・・・・・」
フランが憂いの色を浮かべた表情で言い、ラルウァが最後まで聞かずに頷いた。
「分かっている。今はヴァンには黙っておこう」
もしライカニクスのことを話せば、ヴァンはその時の会話を全て知ろうとするだろう。
そして、ライカニクスの悪行とその動機を知ったとしたら・・・・・・。ヘリオスとウラカーンも同じ思いだったようで、すぐに頷いた。
お互いの了承を確認した後、ラルウァたちは初めて声のしたほうに顔を向けた。
見た瞬間、全員の視界に巨大な土人形が入る。
「・・・・・・なんだあれは」
驚愕の言葉を落とすのは、一度見て少しの説明を受けているフランとウラカーンではなく、ヘリオスただ一人だった。
「・・・・・・・・・・・・」
ラルウァはといえば、青ざめた顔で嫌そうに表情を歪めていたが、土人形のほうに気を取られていた三人の仲間は気づくことは無かった。
常人ならば足を踏み入れない大陸中心を穿つ大空洞、その外殻。住むことなどできそうに無い一つの遺跡の広い部屋に、少女たちは居た。
壁の高い位置にある窓の役割を持っているだろう四角い穴から、月の光が漏れ出して少女たちを照らしている。
三人の少女はそれぞれ三色のドレスではなく、自身に合った色の下着だけを身に纏っていた。
一人は固い地面に座り、一人は座る少女の太腿を枕にして眠り、一人は同じく座る少女の手を握って横になっている。
「んんー・・・・・・」
身をよじる眠る少女アペレースに、座る少女はくすりと笑いながら真っ白な髪を手で梳いてやった。
「・・・・・・眠れねぇのか?」
眠る少女の反対側、座る少女の左手を握って横になる少女が尋ねる。
「いえ、少し考え事を・・・・・・」
座る少女、エーピオスは自分の手を握るドラステーリオスに視線を落とす。
「考え事? ライのおっちゃんのことかよ?」
ドラステーリオスはエーピオスの手を強く握りながら、目だけを動かして姉を見上げる。
「・・・・・・えぇ、まぁ」
困ったような微笑みを浮かべるエーピオスに、激情の妹は溜息をついて続けた。
「別に人間どもの村がどうなろうと関係ねーだろ。むしろ数が減ってちょうどいいんじゃねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんだよ?」
横になるドラステーリオスは目だけでなく顔全体を座るエーピオスに向け、返事を促す。
「・・・・・・あの方は・・・・・・いえ、お姉様と、お仲間の皆様はやっぱりお怒りになったんだな、と思って」
激情の少女から視線を外して俯き、ぽつりと呟く静かな少女。
ドラステーリオスは驚いたような表情を作るが、それは一瞬ですぐに顔をエーピオスの腰の左側あたりに埋めると、固く目を瞑りぶっきらぼうな口調で返した。
「・・・・・・寝る」
「はい、おやすみなさい」
そんな妹に、エーピオスは静かな微笑みを向けて言う。
もう一人の妹の頭を梳く手を止めず、天井を見上げる。
先ほどライカニクスからここに戻ってくると連絡があった。一つの村を滅ぼしたということも聞いた。
さらに別の町も滅ぼすつもりだったらしいが、邪魔が入ったらしい。
それを聞いたとき、エーピオスにはすぐに分かった。お姉様たちだ、と。続けて聞いたライカニクスの話は予想通りのものだった。
その時、吐き捨てるように並べられる罵詈雑言も、また予想通りだった。
ヤツラは滅ぶべきだ。ヤツラは邪魔なのだ。ヤツラは世界にとっても害だ。
ニンゲンは、塵だ。
思い出し、エーピオスは深く溜息をつく。正直、どうでもいいことだった。
最初から創られた存在であるエーピオスにとって、ライカニクスの憎悪の言葉は、人間が言うそれと全く変わらない。
全くつまらない。結局のところ、姿形が違うだけで憎悪の対象にし、終わることの無い憎しみの連鎖遊戯をしているだけだろう。
ゆえに、エーピオスは『イノチ』に対してあまり重要性を見出していなかった。
憎しみの遊戯に放り出せる『イノチ』に、一体どれだけの価値があるのだろうか?
だから、『イノチ』は軽く見える。無くなったとしても、全く問題ない。
目を閉じて考えてみる。『イノチ』の『有無』が自分に何の『カンジョウ』を与えるか。
例えば、以前襲った商人。あの男がもしあのまま妹に殺されたとしても、なんとも思わない。
例えば、ライカニクス。彼がもし、さきほど行ったという戦闘で滅されたとしても、やはり何の『カンジョウ』も浮かばない。
例えば、『カタチ』と『キオク』を与えてくれた父、テリオス。これは、どうだろう。エーピオスだけでなく、アペレースやドラステーリオスにとって、とても重要な人物ではないだろうか。
しかし、それはやはり『創造者』としてテリオスを見ているからこそだろう。テリオスも恐らく、自分たちを『道具』程度にしか見ていないと思う。与えられた『キオク』から探しても、父に向ける『カンジョウ』は『アイ』や『スキ』や『タイセツ』や『ダイジ』は当てはまりそうに無い。
アペレースはよくテリオスに『ダイスキ』だと言っているが、『カンジョウ』がこもっていないと、『キオク』が訴えている。妹自身、それに気づいている。
とりあえず、父の『イノチ』が無くなった場合、自分たちは『困る』かもしれない。有ったほうがいいはずだ。
最後・・・・・・自分自身。これも他の二つとは違うだろうか。与えられた『キオク』を元に、『イノチ』や『カンジョウ』がある振りをして、『人間の真似事』をしているのだから、無くなっても問題ないという点では、先にあげた二つと変わらないはずだ。
そう、ずっと思えていれば、楽だったのに。
また俯いて溜息をつく。
右足の太腿から、左手から、伝わる温かい感触。
二人の妹。
自分を慕ってくれて、夜は体も交じらせることもある、無邪気で可愛いアペレース。
普段は憎まれ口ばかり叩くくせに、常に誰かを心配していて、無意識に甘えてくる可愛いドラステーリオス。
この二人の『イノチ』が無くなったら?
父は直してくれるのだろうか。もし直してくれたとして、その妹たちは本当に『妹たち』なのだろうか。
夜の情事は覚えているのか? 共に力をつけたのを覚えているのか?
『イノチ』が無くなれば『キオク』も無くなる。父にも、もう自分たちが持つ『キオク』は無い。
私の『キオク』はこう言う。妹たちとの別れは『イヤダ』と。
創られた『カンジョウ』は言う。妹たちを『アイシテル』と。
それだけじゃない。
『イノチ』が無くなってしまったら、もうあの方と会えなくなる。
あの方の『イノチ』が無くなったら、もうあの方と会えなくなる。
私に『ヨロコビ』をくれた、鉤爪のお方。
敵なのに、私の『カンジョウ』を壊したくないといった、鉤爪のお方。
敵なのに、私の『イノチ』を守る為に自分を抑えてくれた、鉤爪のお方。
だけれど、それは、きっと。
「・・・・・・私が・・・・・・お姉様に似ていた、から、ですよね・・・・・・」
静かで弱弱しい小さな声でぽつりと落とす。
「・・・・・・私たちは・・・・・・代わりにしか、ならないんでしょうか・・・・・・」
その『カンジョウ』が鎖となって、『イノチ』を『タイセツ』に思う一歩を踏み出させてくれない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
悲しげに呟く姉の声を、二人の妹は寝る真似事をして聞くだけで、何も言わなかった。
読んでいただきありがとうございます。
オートマータのところはちょっと意味不明だったかも・・・何も考えずに筆もといタイピングをしていました。
次はヴァンたちのシーンです。