第百三話
崩れている家屋と燃え上がる音を背景に、ウラカーンとフラン、そして黄色の髪の少女の三人は大通りを歩いていた。
「誰も、いないねー」
先頭のウラカーンが周囲を見回しながら言う。
「そうじゃな・・・・・・魔獣も見当たらんが」
左手で少女の手を握り、右手には秘宝を持ったままフランが同意の声を落とした。
「・・・・・・・・・・・・」
少女は俯きながら、フランに手を引かれている。
崩壊している民家や、所々にある魔獣の死体と人の死を見ないようにしているのだろう。
「それでー、セっちゃんやヴァンちゃんたちは先に行っちゃったわけねー?」
「うむ。ヴァンはアリアを追って行ったのじゃが・・・・・セレーネは・・・・・・」
そこでフランは言葉を切った。途切れた声にウラカーンが足を止めて振り返る。
不思議そうな表情を作る赤髪の男に、同じく赤い髪をしたハーフエルフはばらけた長い髪を左右に振った。
「・・・・・・セレーネは、一人のはずじゃ。はよう探さんとな」
そう言うとまた少女の手を引いて歩き出す。
ウラカーンは、自分を通り過ぎて先を歩くハーフエルフの後を追いながら言葉を返した。
「ま、セっちゃんだったら平気そうだけどねー。怒ったら怖いしー」
「・・・・・・う・・・・・・む・・・・・・そう、かもしれんのぅ」
口調も内容も軽いものだったが、普段のヘラヘラとしたをしていないウラカーン。
背後から飛んでくる軽口に対しての返答は、歯切れの悪いものだった。
「これで・・・・・・最後、ですね」
呟きながらセレーネは視界に入る最後の魔獣に向けて、手を振り下ろす。
同時に、何も無い空間に魔力の槍が出現し、魔獣の背と腹を突き破って地面に深々と刺さった。
一呼吸間をおいて、浮いている自分の体をゆっくりと回転させる。腰まで伸びる真っ白だった髪には赤い斑点がついていて、美しかった黄金のドレスと白銀の鎧は輝きを失いつつあり、無粋な黒い赤が上塗りされていた。
少しずつ視線を動かしていくセレーネの瞳に映るのは、微妙に違う崩れた家屋たちと、たった一つだけ普遍なもの。
それは、大量の魔獣の残骸。
「一体どれだけの数・・・・・・私は・・・・・・」
セレーネを中心に土で出来た道の上には魔獣の足、首、頭、胴体、肉塊、肉塊、血、血、血。
それ以外何も無い。
自身がここで行った殺戮を思い、目を伏せる。しかし、一つの事実が、セレーネの心を軽くしていた。
「どうやら、皆様は無事避難できたようですね・・・・・・」
そう、殺した魔獣と同等の、あるいはそれ以上の数、ここに居たはずの沢山の人々の姿が誰一人として居なくなっていたのだ。
自分が魔獣の相手をしている間に逃げてくれたのだろう。
「よかった・・・・・・」
今度は別の感情で目を伏せながら、血塗られた右手を胸に当てる。
瞬間、乾いた金属音と共にセレーネの鈍く光る鎧のドレスが砕け散り、身に纏う物を赤いフリルの縫われた黒いドレスへ変貌させた。
そして、凄まじい疲労感がセレーネを襲う。
「うっ・・・・・・あ・・・・・・」
世界が反転したかのような眩暈に、額を左手で押さえてしまう。
今自分が前のめりに倒れそうになっているのか、背中を地面に向かわせているのか、はたまたまっすぐ立っているのか、それすら分からない。
今まで気にしていなかった血の匂いが、その眩暈をさらに強烈なものへと変えていく。
とうとう目をかたく瞑ってしまったセレーネは、眩暈に身をゆだねて浮遊感を味わう。
しかし、次に味わえた感触は魔獣の赤い液体でぬかるんだ地面のそれではなく、温かく柔らかいものだった。
力を抜いて幾分弱まった眩暈を感じつつ目を開く。
「大丈夫ー? セッちゃんー」
目に飛び込んできたのは少し長めの赤い髪をボサボサにして、青い目を丸くさせたウラカーンの顔。
倒れそうになった自分を抱きとめてくれたのだと、背中に回された腕の温かさで分かった。
「・・・・・・う、眩暈がまた強くなりました・・・・・・」
「おい、どういう意味だよ」
セレーネの言葉にウラカーンの瞼が半分閉じられる。眩暈が強くなったのは本当なのだが、鉤爪手甲は自分の顔を見たからだと勘違いしたらしい。
完全にウラカーンに体を預けているせいか、頭に霧がかかっていくかのようにぼんやりとしてくる。
「セレーネッ」
焦った声で名前を呼ばれ、セレーネは声のほうを向く。見れば、フランが助けた少女の腕を引っ張りながらこちらに走ってきていた。
本当は、もうはっきりとは見えていない。ただ、赤い髪を振り乱した長身の女性の声が、フランのものだったことと、引っ張れている少女の髪が黄色で、女性の腰辺りまでの身長だったから分かっただけだ。
「あぁ・・・・・・駄目、ですよ。フラン・・・・・・こんな場所、に、子供をつれて・・・・・・きて、は」
悲しげに呟いて、セレーネは意識を手放した。
「セレーネ!?」
苦しそうな表情のまま目を閉じていくセレーネに、フランが悲鳴に似た声を上げる。
「大丈夫だよー、気絶しただけみたいだからー。怪我はー・・・・・・無いようだしねー」
取り乱しそうになるフランに目を向けて、ウラカーンが落ち着いた声で言った。
「そ、そうかえ・・・・・・。じゃあ、その血は・・・・・・」
「それはー・・・・・・周りを見たら分かるんじゃないのー?」
言われてフランは自分たちの周りを見渡す。そこで、一緒に連れている少女が目に入った。
少女はフランの腰に顔を押し付けて肩を震わせている。
「あ・・・・・・!」
しまった、と思った。
フランとウラカーンは魔獣の死体など慣れていたからいい。それこそ、セレーネが倒れそうになるという状況に遭って、そこら辺に大量に転がる肉塊を無視できるほどには慣れていた。
しかし、この少女はそうではないだろう。
セレーネの事だけに目を向けて、死臭漂う中をフランに無理矢理引っ張られたこの少女は。
フランは慌てて少女を抱き上げると、その顔を自分の首筋にうずめさせる。
「すまぬ、すまぬ・・・・・・」
少女の体はヴァンほどあったので、小さな子のように軽く抱くことはできなかったが、それでもフランは少女を懸命に抱き上げた。
この死が転がる場所に連れてきてしまった、せめてもの償いのつもりで。
「フラン、とりあえずここから離れよう」
ウラカーンがセレーネの膝の下と背中を持ち上げて歩き出す。
フランは少女の背中を撫でながら、鉤爪手甲のあとを追った。
「平気かえ?」
ある程度死が詰まる場所から離れると、フランは少女を下ろし膝を折って正面から顔を覗く。
「・・・・・・はい」
俯きながら弱弱しい声で返す少女の頭に手を置いて、フランが申し訳なさそうに言った。
「本当にすまんかった・・・・・・怖い思いをさせてしもうたの」
「いえ・・・・・・あの・・・・・・その人は、だいじょうぶ、なんですか?」
少女に聞かれたフランは、立ち上がって振り返り、セレーネを抱いたままのウラカーンに近づく。黄色の髪の少女もフランの後ろを小走りでついてきた。
「怪我は・・・・・・ないんじゃよな?」
セレーネに視線を落としつつ、汗で髪を張り付かせた額に触れる。そこで、体温の熱さに気づいた。
「な、なんじゃこの熱さは!? ウラカーン、おぬし、怪我はないと・・・・・・!」
「うんー、怪我はしてないよー」
「この熱でか!?」
怒鳴るフランを横目で一度見たウラカーンはセレーネを日陰に座らせて、荒い呼吸を繰り返す魔族の女を見下ろす。
「ウラカーン!」
返事を返さない鉤爪手甲に、またも赤髪のハーフエルフが怒鳴った。合わせて、すぐ後ろに立っていた少女の肩が震える。
ウラカーンは再度フランに顔を向けてゆっくり口を開いた。
「・・・・・・実はさっきヘリオスも高熱をだして倒れたんだー」
「なん、じゃと?」
目を見張るフランから視線を外し、またセレーネを見ながらウラカーンはこの村に来る前の事を話し始めた。
「そんなことが・・・・・・それに、ライカニクスじゃと・・・・・・?」
話を聞き終えたフランが腕を組んで黙り込む。
「・・・・・・」
黄色髪の少女がセレーネの横に座り、ハンカチを取り出して額の汗をふき取り、ウラカーンはそんな少女とセレーネを見下ろしていた。
「ひとまずーヴァンちゃんたちと合流しないとねー」
溜息交じりで言うウラカーンに、フランは頷きを返し、少女は振り返って鉤爪手甲を見上げる。
「ひっ!?」
そして少女の表情が恐怖に彩られ、その異様な反応にウラカーンと即座に振り返り両手から爪を飛び出させ、フランは体ごと向きを変えてリャルトーの弓を構えた。
「な・・・・・・」
「ちょ、っとー・・・・・・冗談だろー?」
少女の視線の先を確認したウラカーンとフランも、少女と同じように顔の筋肉が引きつる。
そこに居たのは、崩れ落ちる前の家屋よりも大きく巨大であろう、人の形をした山。
赤い双ぼうを持つ頭と思われる部分は胴体と同じほどの太さで、胴体の上部分の左右からは両腕がだらりと垂らされていて、それも両方あわせたら胴体ほどあるのではと思うほど太い。
胴体から突き出る両足は両腕より少しだけ太いが、長さは腕の半分ほどで、全体でみればかなりバランスの悪い不恰好な人形に見えた。
魔獣にしては生物の雰囲気が全く感じられない。理由はおそらく、体の全てが土のようなもので出来ているからだろう。
とにかく巨大で不恰好な土人形は、赤い双ぼうで四人を見下ろしている。
「くっ・・・・・・」
「まずい、かなー・・・・・・」
フランが苦い顔でリャルトーの弓に魔矢を出現させ、ウラカーンはじりじりと後退してセレーネと少女へ近づいていく。
こんなにも巨大な土人形がここまで接近していたのに、何故気づかなかったのか。
いや、今はそれを考えている場合ではない。何とか切り抜けなければ。二人が次の行動に出ようとした、その時。
「フラン! ウラカーン!」
高く甘えるような声が二人を呼んだ。フランとウラカーンはすぐにその声の主に気づく。
「ヴァン!?」
フランの驚きの叫びに合わせて、真っ白で長い髪と紅い瞳を持つ妖精と見間違えるような少女が、土人形の左足から飛び出してきた。
さらに、ヴァンの後から豊満な胸と流れる波打つ金髪をもつ少女も姿を現す。
「アリアも・・・・・・二人とも無事じゃったか」
駆け寄ってくるヴァンとアリアを見て、フランが安堵の溜息をつく。
「あぁ、まぁな・・・・・・って、セレーネ!? どうしたんだっ、血まみれじゃないか!」
微笑みを浮かべてフランに返していたヴァンだったが、気絶するセレーネを見て声をあげた。
アリアも目を見開いてヴァンと共にセレーネに走る。
「大丈夫だよー、命に別状は無いからー。怪我もないしねー」
「そ、そうなの・・・・・・ふぅ、驚かせないでよね」
セレーネの側でしゃがむヴァンとアリアが、ウラカーンの言葉にほっと息を吐いた。
「あ、君、無事だったんだな。良かった」
そこでヴァンがセレーネを挟んで反対側に座り込む黄色の髪をした少女に気づき、笑みを浮かべる。
少女は少し面食らうが、おずおずと頷きを返した。
「でー、こいつはー?」
巨大な土人形を見上げてウラカーンが尋ね、その答えは意外な所からすぐさま飛んできた。
「この子はゴーレムといって、土魔術の一種ですよ」
呆気に取られるウラカーンとフランだったが、その声が土人形の頭の部分から発せられるのに気づくと驚愕の顔になる。
「しゃ、しゃべっ!?」
しかし、その驚きは長く続かなかった。
一人の人影が土人形の肩から飛び降りてきたからだ。
ウラカーンの前で華麗に着地した人物は、黄金の髪と瞳を持つ、若い女性だった。
「はじめまして、レリア・エキーアと申しますわ。積もる話もあるでしょうけれど、一先ず街を見回ってもよろしいかしら?」
そう言って優雅に微笑むレリアと名乗った女性に、フランとウラカーンが呆然としつつも返す。
「こ、これはどうもー、ご丁寧にー」
「う、うむ。・・・・・・ん? エキーア?」
そこでフランが気づいた。ウラカーンも同じく気がついたようで、二人同時にアリアに顔を向ける。
アリアが二人の視線を受けて、レリアの側に立つと笑みを浮かべて口を開いた。
「紹介するわ、私の、お母さんよ」
あっさりな上に簡潔な紹介だったが、フランとウラカーンに衝撃を与えるのは容易だったようだ。
呆然とする二人は、またも先ほどと同じ驚きの表情をする羽目になった。
読んで頂きありがとうございます。
セレーネも大変なことに・・・そして最後に出てきたのは何とアリアのお母さんでした!
はい、調子にのってお母さんも魔術師にしました、まる