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第百二話


お久しぶりですっ。生きてますっ。


「きりが無いのぅ・・・・・・」

 跳びかかってきた四肢の魔獣に赤い魔矢を放つフランが呟く。

 放った魔矢は魔獣の体躯に深々と突き刺さり、絶命した魔獣はそのまま地面に倒れこんだ。

「これで何体目じゃ・・・・・・。おぬし、わしから離れるでないぞ」

 うんざりした表情で自らの腰にしがみつく少女へ視線を向けるフラン。

 少女はフランを見上げ、顔に宿る恐怖の色を見せた。

 かわいそうにのぅ。と心の中で思う。

 緑色の目に、肩で切りそろえられた黄色の髪を持つ少女は、ヴァンと同じくらいの身長と幼さを残す顔つきから見て十二歳程度だろう。

 そんな歳若い少女は今日、大切な者を失う悲しみに襲われた。

 聞けばあの亡くなった小さな女の子はこの少女の妹らしい。恐らく、セレーネはそれに気づいていたのだろう。倒れる女の子と泣き叫ぶ少女に、自分とヴァンを照らし合わせたのかもしれない。

「どうしたものか・・・・・・」

 フランと少女に気づき、こちらに近づいてくる四肢の魔獣たち。リャルトーの弓を構えて魔矢を出現させ、照準を合わせながらフランがまた呟く。

 本当なら今すぐここから少女を連れて立ち去り、この少女の両親なり、避難所なりを探したいところだが。

 それをすれば小さな女の子の体はここに置き去りになってしまう。魔獣に喰い散らかされてしまうかもしれない。

 もしそうなったとして、少女がまた女の子を見たとき、見てしまったとき、どうなるのか。

 もちろん、このまま魔獣に押し切られて少女ともども殺されてしまっては笑い話にもならないが・・・・・・それが分かっていても、フランは少女の亡き妹を置き去りに離れる決断を下せない。

「わし一人では・・・・・・なにも出来んではないか・・・・・・!」

 せめて仲間が、ヴァンたちの誰かが居れば。そう考えて、はっとなった。

 自分はいつから一人で何も出来なくなったのか。

 百年近く、一人で秘宝を探し、一人で遺跡を踏破し、一人で罠を解除し、一人で危険を避けてきた、自分が。

 もう仲間が、ヴァンたちが居なければ、何も出来ないのか。

 ぐらりと、足場が揺れた感覚を覚えた。


 同時に、三匹の魔獣が一斉に跳びかかってくる。

「くっ!?」

 慌てて魔矢を放つ。一本の魔矢は一匹の魔獣に直撃し、爆ぜた。

 あとの二匹には、何も向かわない。

 なんじゃこの様は!

 心の中で自らを罵倒する。戦いの最中、それ以外のことに思考を割き、あまつ隙を見せるとは。

 弓で迎撃・・・・・・間に合わない。せめて、この少女だけは。

 少女を引っ張り、覆いかぶさるように抱きしめてその場でうずくまる。

 少女の悲鳴が聞こえた。すぐ耳元で響いたのに、何と言ったのか分からない。

 やめて、だったか。嫌、だったか。

「安心せい・・・・・・おぬしだけでも生き長らえさせるからのぅ」

 背中から感じる、小さくて鋭い痛み。次いで、水音が響いた。

 さらに聞こえてきたのは、魔獣の断末魔。


「え・・・・・・?」

 少しだけしか感じなかった痛み以上の激痛が襲ってこないことと、襲い掛かってきたほうの魔獣がそんな音を出したこと、二つの疑問を頭に浮かべ、フランが首だけを動かして振り返る。

 そこに居たのは、魔獣を切り裂く一人の男。フランも良く知っている男だ。

 いつもヘラヘラと笑っていて、妙なことばかり考えていて、以前自分も守備範囲だとかぬかして、いつの間にか自分たちと一緒にいて、何を考えてるのか分からなくて・・・・・・そのくせ心にある闇は大きい。

 そんな、自分と同じ半分の者。

 フランに襲い掛かった魔獣を屠ったのは、ウラカーンだった。

「フラン! 大丈夫か!?」

 左右の鉤爪に引っかかっている二体の魔獣を虫でも払うかのように投げ飛ばし、うずくまるフランの背後にしゃがみ、唯一振り返っている顔を覗き込むウラカーン。

 焦った表情ですら珍しいのに、自分のことを普通に呼ぶウラカーンに面食らうフランだったが、なんとか言葉を搾り出す。

「あ、あぁ、助かったぞい、ウラカーン」

 しかし、声が小さかったのか、はたまたウラカーンが動揺しすぎているのか、鉤爪手甲の男は爪を引っ込めてフランの脇に手を入れ、自分の方へ向き合わせて立ち上がらせた。

「本当か? 怪我は? 痛いところは無いのか? さっき少し刺さってただろ?」

 言われて自分の背中に視線を向かわせるフラン。見れば、三つ編みにしていた髪が解かれ、赤く長い髪は波を持って揺らめいていた。

 魔獣の爪が少し刺さった拍子に解けたのだろうか。

 それにしても、どこから見えていたのか分からないが背中に少し刺さったのに良く気づいたものだ。

 しかもこの焦りに焦った口調。まるでヴァンを病院に連れて行ったときのラルウァのようで、少し可笑しい。

「やっぱり少し刺さっていたんだな。フラン、少し後ろ向け」

 これまた珍しく真剣な表情でフランの瞳を見つめるウラカーン。

 普段見られない慌てようと真剣さ、さらに愛称ではなく普通に名前を呼ぶ常時道化だった男に、フランは驚きすぎてつい言うことを素直に聞いてしまう。

「ウ、ウラカーン?」

 戸惑いながらも背を向けるフランに、ウラカーンは無言で、爪を引っ込まさせた手を、解かれた赤髪の間に入れて開かせる。

「これか・・・・・・」

 傷を見たウラカーンがぽつりと呟く。服の上からではどの程度の傷か分からなかったが、染み出る血からして少々深いだろう。

「な、何じゃ? そんなにひどいのかえ?」

 また無言になるウラカーンに、フランが少し怯えるように尋ねた。

 が、ウラカーンはまたそれに返さず、フランの革服を思い切りめくり上げる。

「なっ!? なにすっ、うぁっ!」

 いきなりの行動にフランが慌ててウラカーンから離れようとするが、ウラカーンはめくり上げた革服と両肩をがっしり掴むと、傷口に舌を這わせた。

「はっ、う、くぁっ、ウラ、カーン」

 両肩を掴むウラカーンの手を、胸の前で自分の腕を交差させた状態で掴むフラン。すするような音が耳に入り、痛みと羞恥でフランの血色の良い肌がさらに上気する。

「や、めっ」

 フランが戒めから逃れようと両足に力を込めると同時に、ウラカーンが傷口を強くすすった。

「あっ、あああっ」

 一際大きく頭に響く痛みを感じ、フランの両膝が折れる。後ろへと倒れそうになるフランを、ウラカーンが胸に抱きとめた。

「だいじょうぶー?」

 吸い出した血を地面に吐きつつ、自分に体を預ける赤髪の女性を見下ろすウラカーン。

 荒い息を吐きながら自分を抱きとめる鉤爪手甲の男を睨み上げるフラン。

「こ、んの・・・・・・たわけー!」

 フランはすぐに自分の足で立ち上がると、回転するように振り返り、遠心力をつけた右拳をウラカーンの頬へたたきつける。解かれた赤く長い髪はあまりの勢いに水平に浮かぶほどだ。

「どぅぶっはぁ!!」

 読んで字の如く、抉る拳打を受けたウラカーンは、砂塵を舞わせつつ地面を転がった。

「い、いい、いいいきなり何をするんじゃ!!」

 捲られた革服の背中の部分を下ろしながら赤い顔で怒鳴るフラン。

 ウラカーンは殴られた左頬をさすりつつ、体を起こして唇を尖らせた。

「ええー。魔獣の爪にはやばーい雑菌がいっぱいいるから消毒してあげたのにー。なんで殴るかなー」

 思いがけず論を投げてくるウラカーンに、フランは言葉を詰まらせるが、すぐに反論する。

「そ、それなら、別に消毒液でいいじゃろうが! な、なんで舐める必要があるんじゃ!?」

「決まってるじゃーん」

「な、なんじゃ?」

「オレっちが舐めたかったからー」

「なっ!?」

 さらっと言うウラカーンに、フランの顔が真っ赤に染まった。

 そんなフランを気にせずウラカーンが右手で口を押さえて思い出すように語る。

「ああー、まだフーちんの味が口に残ってるよー。汗でちょっとしょっぱ、どわぁ!?」

 ウラカーンのセリフを最後まで言わせるものかと、一本の魔矢が鉤爪手甲の頬をかすり、赤い液体を一筋垂らさせた。

「お、おお、おぬし、か、かかかくごは出来ておるんじゃよなぁ?」

 かたかたとリャルトーの弓を震わせ、魔矢を何本も出現させるフラン。

「おやー? フーちん、意外と純情ー。顔真っ赤にしちゃってかわいいなー。ていうか、それ、当たったらシャレにならないよね? 手加減、できないよね?」

「や、やかましい! ウラカーンのくせに生意気じゃぞ!!」

 吼えるや否や、フランは一気に魔矢を射った。

「え、ちょ、マジで!?」

 まさか本当に撃つとは思ってなかったのか、ウラカーンは慌てて射線上から転がるように飛びのく。

 六本の魔矢は高速でウラカーンが座っていたところを通過し、射線の延長線上にいた地面から飛び出した胴体だけの魔獣を貫いていった。

「あらまー、ナイスショットー」

 いつの間に戻したのかヘラヘラとした顔でフランを見るウラカーン。

 視線をぶつけ合わせたフランはふんと鼻を鳴らし、そっぽをむく。

「おぬしは油断しすぎなんじゃ」

 横目で睨むフランに、ウラカーンは「あははー」と笑いを返した。



「でー、この子はー?」

 ウラカーンがフランの影に隠れる少女を指差し、隠れ家にされている赤髪のハーフエルフに訪ねる。

「あぁ・・・・・・この子はのぅ」

 悲しげな顔を浮かべ、ここで起こったことを話すフラン。

 ウラカーンも最初はヘラヘラ顔のままだったが、話を聞いていくごとに笑みを消していき、最後には綺麗に寝かされている小さな女の子に目を向けていた。

「・・・・・・そ、っかー・・・・・・」

 それだけ返し、ウラカーンは小さな遺体へ近づく。少女はそこに視線を向かわせることが出来ず、フランの革服に顔を埋めた。

「ねー、君ー」

 遺体の側まで来たウラカーンは、振り返り少女に声をかける。

「ここが、いいかなー?」

 聞かれた少女は顔を上げてウラカーンの瞳を見つめた。最初は何を言っているのか分からなかったのだろう。

 しかし、言葉の意味を理解していくうちに、緑色の目からは涙があふれてきた。

 それでも一度だけ、しっかりと、頷く。

 頷きは小さなものだったが、ウラカーンは見逃さずに同じく頷きを返した。

「じゃ、フーちん。ちょっと周囲見張っててねー。もうほとんど居ないみたいだけどー」

 フランのほうを見ずに言い、ウラカーンは両手から爪を飛び出させる。

「・・・・・・うむ」

 弓を携えて、フランは弱い声で返し、空を見上げた。少しだけ赤くなりつつある空。涙を流す雲も無い空。

 もう、悲鳴も断末魔も、聞こえてこない。


読んで頂きありがとうございます。

今回ウラカーンがちょっとかっこよさげ?これはいけませんね(←

そして何気にヴァンたちがどうなったかを書いてないコヅツミ・・・。フランと違って嘘ばっかりつきます。

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