第百一話
両腕と両足に揺らめく透明な魔装を身に纏うヴァンが、自らの何倍もある巨蟲へ駆け向かう。黒のドレススカートは風に押され、走るごとに暴れる真っ白で長い髪は炎の光を受けてうっすらと赤く輝いている。
その後方ではアリアが左右に両手を広げて魔術を発動すべく謳っており、波打つ金髪を魔力でざわめかせ、所々柔らかく強調された肢体からは周囲で燃え上がるものとは別の火の粉を撒き散らさせていた。
対する魔獣は地面から胴体だけの巨体を完全に抜き出すため、空高く体を伸ばす。次いで高く昇らせた躯体の先、大量の牙が並ぶ大きな空洞をヴァン目掛けて突撃させた。
が、ヴァンの小柄な体がその空洞に入ることは無く、巨蟲の頭部は地面にめり込むだけとなる。
両足の魔力を放出させて左へと跳躍することでその攻撃を避けたヴァンは、比較的原形をとどめている家屋の屋根に着地し、今度は地面を頭で抉っている魔獣に向かって跳んだ。
放たれた魔力の衝撃で、蹴った部分の屋根瓦が砕ける。
「てぇいっ!」
ヴァンが気合と共に魔獣の巨躯、その中間あたりに右足の跳び蹴りを突き入れた。
しかし、魔獣の体は見た目通り弾力性があり、ヴァンの右足は抵抗少なく魔獣の体に入り込んでいく。微塵もダメージを与えていないのは、蹴りを入れられた魔獣がゆっくり地面から頭を起こすのを見て良く分かった。
「ちっ」
重力に従う体を止めるべく、めり込む右足を軸に両手で魔獣の体を掴む。魔獣の皮膚の手触りは最悪で、硬い毛のようなものが手のひらに当たる上に、何かが這うような感触が。
「・・・・・・は、う・・・・・・?」
そこでヴァンは気づき、自らの右手に視線を向ける。
白くきめ細やかな肌の甲には、今しがみついている魔獣の小さい、ヴァンの指ほどの太さの蟲たちが蠢いていた。
数はそれほど多くは無かったが、それでも自分の手に異変が起きていると感じるのは十分な光景で、ヴァンは妖精のような可憐な顔を嫌悪の色にゆがめる。
だが、嫌悪の出来事はそれだけで終わらなかった。
「ひ、ぅ・・・・・・!?」
自分の右足の、脛、ふくらはぎ、太ももから伝わる撫でるような感触にヴァンの背中に寒気が走る。
慌てて両手に力を込めて右足を引き抜き、左手でドレススカートを捲し上げた。
見れば手に這うのと同じ小さな蟲たちがヴァンの細い足にまとわりついているではないか。目で確認したヴァンの背中にさらに悪寒が走る。
感触が気持ち悪いとか、見た目が嫌だとか、胸中にあるのはそんな次元の話ではない。頭の中ではありとあらゆる『嫌』が響きまわっていた。
「・・・・・・!!」
もはや声にならない叫びを上げて両手と両足の先から魔力を一気に放つ。必死のあまり、大量の魔力を放出してしまい、その威力は巨大な魔蟲の体を横倒しに叩きつけるほどだった。
魔獣を挟んでヴァンの反対側にある並ぶ家屋を崩壊させながら、胴体だけの巨躯が倒れ伏し、轟音と魔蟲の金切り声が響く。
小柄な少女が、自身の十倍以上の魔獣を押し飛ばすという光景を見たアリアは、まさに開いた口が塞がらない状態だ。
そんなアリアに、ヴァンが怒声を上げる。
「アリア! ぼさっとしてないでさっさとその気持ちの悪い魔獣を燃やし尽くせ!!」
珍しく怒りで声を荒げるヴァンに視線を向ければ、ドレススカートの下から中に両手を突っ込み何やらまさぐっていた。
その妄想を掻き立てすぎる行動に危うく熱い情熱が鼻から飛び出そうになったが、ヴァンの周りで落とされる蟲の姿が目に入り、アリアの頬が引き攣る。
崩れた家屋を下敷きにして体を持ち上げようと、ウネウネ動く巨蟲に視線を戻すアリア。
「・・・・・・正直、そのプレイは無いわ」
ぼそっと呟いて左右に伸ばした両腕の先、開いた両手の前に炎の槍を出現させる。アリアと同じほどある大きな槍はその手に密着しておらず、少しの距離を持って水平に浮かんでいた。
開いた両の手のひらを上にして浮いている炎槍の下にそえ、両腕を伸ばしたまま頭上に動かしていく。
それに合わせて槍も水平のまま位置だけを変えていき、最後には炎槍同士ぶつかり、混ざり合った。
二つの炎槍を一つの巨大な炎槍にしたアリアは、持ち上げた両腕の内、左手を落として右手の平だけを頭上に浮かぶ炎巨槍へ向ける。
やっと体を立たせることが出来た魔獣を見据えて、少し後方へ下がった。
魔獣は今自分を吹き飛ばしたヴァンより、炎を携えるアリアを危険だと感じたのか、胴体だけの上半分を後ろへと仰け反らせる。
「真っ向勝負? 受けて立つわよ」
アリアが不敵な笑みを浮かべ、たたんと拍子を取って前へと足を動かし、炎の巨槍を浮かばせる右腕を思い切り振り下ろした。
同時に魔槍がかなりの速度で魔獣へと飛来し、大気を貫く衝撃は家屋の炎を吹き飛ばしてうねる風は砂塵を舞わせる。
大きな空洞に向かって一直線に飛ぶ炎の巨槍に対し、魔蟲は上体を横に揺らすことで射線上から逃れた。
しかし、動かした方向が悪い。魔蟲が上体を向かわせた方、そこにはヴァンが居る。
地面に魔力を叩き出し跳躍し、今度は突き入れるのではなく魔装を纏う左足の脛を魔蟲の空洞近くの皮膚に向かわせた。
「遠慮するなっ、しっかりもらっておけっ!!」
左足のふくらはぎから魔力を放出する形象。ズドン、という鈍い音と、先ほどとは比べ物にならない衝撃が魔蟲を襲う。
ヴァンの蹴りが振り抜かれ、魔蟲の上体は定位置に戻った。
瞬間。
巨大な炎槍が魔獣に直撃し、爆音と猛火を周囲に爆ぜらせる。燃え上がる魔蟲は断末魔の叫びを上げ、爆発によって抉られ幾分短くなった胴体だけの巨躯を地にたたきつけた。
「や、った・・・・・・。やったわよ、ヴァン!」
巨大な魔獣を倒した喜びに飛び跳ねつつ、この勝利を共に掴んだ愛しい少女へ目を向けるアリア。
だが、ヴァンは喜んでいるでも油断なく警戒しているでもなく。
「はらほろひれはれ〜」
目をくるくると回しながら覚束ない足取りでふらふらと揺れていた。アリアは二度目の頬の引き攣りを起こしつつ、支えとなるためにヴァンへ駆け寄る。
「ど、どうしたの、ヴァン」
差し出されたアリアの両腕に掴み、体に寄りかかったヴァンが口を開く。
「それ、が・・・・・・放出、止まらなくて・・・・・・ぐるぐる回っ、うっぷ」
言って左手で口を押さえるヴァン。
アリアからは爆発と炎で見えなかったが、どうやら魔力放出による蹴りを放った後、勢いが止まらずにコマの様にクルクルと回ってしまったらしい。
正直、かなり見たかった気もする。
「そ、んなこと、は、どうでも、いいから、はやく、アリアの、お母さん、を」
意図しない回転で気分を悪くしたようで、ヴァンは時折「うっぷ」と口を押さえていた。
アリアとしては少し気分を落ち着かせたいところだが、今はそんな悠長にしていられる状況ではない。
「ごめんね、ヴァン。急ぐわよ!」
まるで返事のように「うっぷ」と声をもらすヴァン。アリアもそれを返事とみたのか、ヴァンの空いているほうの手を握り締め、走り出した。
しかし、その駆ける足はすぐに止まらせる事となる。
ヴァンとアリアのすぐ目の前の地面が陥没し、中から今倒し終わった魔獣と同じ姿をしながらも、一回り大きな魔蟲が飛び出してきたからだ。
しかも動きまで俊敏で、姿を現したと同時に二人目掛けて空洞を向かわせてきた。ヴァンが避けようと両足に魔力を込め、アリアも必死に魔術の形象をはじめる。
だが、間に合わない。
轟音が響き、砂塵が舞い、二人の姿は見えなくなった。
「おあぁ!」
鉤爪手甲が四肢の魔獣の顎を蹴り上げ、躯体を浮かせる。
「トドメだぁ!」
五度目になる同じ箇所への鉤爪刺突は魔獣の皮膚を裂き、水音を鳴らして肉を抉った。
そのウラカーンの背後ではラルウァも戦闘の終幕を行っている。
「ふんっ」
魔獣の突き出した口を左手で握って持ち上げ、現れた喉に向かって炎の魔装を纏う右拳を突き入れた。
燃え上がる拳はいとも容易く喉の中へと侵入し、無理矢理閉じられている口からくぐもったうめき声が漏れる。
「ぬぅんっ!!」
ラルウァはそこで止めず、さらに拳を魔獣の首へと侵入させていき、思い切り上へと突き上げた。
掴まれた口と共にあった頭はラルウァによって持ち上げられたまま、首から上が無くなった胴体は地へと倒れる。
四肢から離れた魔獣の頭を投げ捨てるラルウァの体は、噴き上げられた血飛沫によって赤く染まっていた。
「そっちも終わったみたいだねー」
同じく返り血によって革服を黒ずませるウラカーンが声をかける。両者とも血を浴びたことは全く気にも留めていない。
「あぁ。あとは奴だけだ」
顔についた魔獣の血を手でふき取りつつ、最後の敵の方へ視線を向けるラルウァ。撫でるように取った血は手を払うことで地面に落とした。
ウラカーンも口に入った血を吐き捨てると同じく、もう一人の仲間の方へ目を向ける。
数えるのが馬鹿らしくなるほどのぶつけ合いをし、軽鎧の剣士と人狼が距離をとった。
「グルルルゥ・・・・・・」
「余裕がなくなったか? 言葉を忘れてるぞ」
もはや流暢な人語の欠片も発しないライカニクスに巨剣を向け、ヘリオスが言葉を投げる。
お互いの身に纏う鎧は所々ひび割れ、輝きも弱くなり、外気に触れている肌からは赤い雫が流れていた。
軽傷は負っているものの、どちらも致命傷は無く、決定打も無い。むしろ、傷の度合いで言えば周囲の森のほうが重傷といえる。木々はほとんどへし折られ、森ではなく荒野になろうとしているのだから。
それほどヘリオスとライカニクスの戦闘が激しかった証拠だ。
「・・・・・・」
「どうした、来ないのか?」
ただ睨むだけで向かってこないライカニクスに、ヘリオスが巨剣を握る左手の人差し指をちょいちょいと動かす。
「・・・・・・やめだ」
前かがみで両手を軽く突き出すという構えを解くライカニクス。
怪訝な表情をするヘリオスだったが、理由はすぐに分かった。
「やめるのー? 別に一対一でもいいんだよー?」
ヘラヘラと笑いながらヘリオスの左に立つウラカーンと、
「・・・・・・」
無言で右に立つラルウァ。
「ふん、混ざり者の言うことなど。・・・・・・とはいえ、我とて貴様ら三人では負けはせずとも分が悪い。こうして足止めは成功しているのだから、よしとするか」
「足止めだと?」
聞き返すヘリオスに、ライカニクスは笑いながら返した。
「時に貴様ら、美しき者は一緒ではないようだが、どこに置いてきたのだ?」
そんな会った瞬間に分かることを何故今更聞くのか。三人の表情が険しくなる。
「くく、ニンゲンが集まる場所なら、貴様らのほうが詳しいと思うのだがなぁ」
その言葉にラルウァがはっとなり、怒りのこもった声で落とした。
「・・・・・・貴様、まさか他の町も・・・・・・」
そこでウラカーンとヘリオスも気づく。ライカニクスはそんな三人を見て、裂けている口をさらに大きく横に裂いて嗤う。
「クカカ・・・・・・さぁてなぁ。我の相手など、している暇があるのか? クハハ、クハハハ!」
嗤い声を森に響かせながら、ライカニクスは日の当たらぬ場所へと消えていく。
「待て! ・・・・・・くそっ。ラルウァ、グラウクス、急いでアリスたちの後をお」
ヘリオスが焦燥の声で叫ぶが、焦りの言葉は最後まで続けられなかった。
超鎧が霧散し、ヘリオスが膝をつく。
「ヘリオス!」
鉤爪を引っ込ませた手で倒れこむヘリオスを支えるウラカーンが、その体温の高さに目を見張る。ラルウァもしゃがんでヘリオスに触れ、顔をしかめた。
「・・・・・・これは・・・・・・魔力がつきかけているな」
「なっ、つい最近最大まで吸収をしたのに、なんで・・・・・・!」
ラルウァの言葉に反論するウラカーンだが、先ほど見たヘリオスの鎧のような魔術を思い出し、口を紡ぐ。
あれを使ったヘリオスの強さは異常だった。いや、それを言うならあのライカニクスも・・・・・・。
これがあの強さを行使した代償なのだろうか。
「ウラカーン、一先ず私はヘリオスを連れて王都のギルドへ報告に戻る。お前はヴァンたちを追ってくれ」
すでに意識を保っていないヘリオスを背負いながら、ラルウァが言った。
ヘリオスの様子を見て顔を歪めるウラカーンに、ラルウァは焦りを滲ませた声を出す。
「早く行けっ。お前の足が一番速いんだ!」
少し荒くなった声音で、ウラカーンはラルウァの胸中を悟った。
本当なら今すぐにでも駆け出して、ヴァンの元へ行きたいはず。だが、それではウラカーンがヘリオスを担いでギルドに報告へ行くことを意味する。
登録もしていないウラカーンがたった一人で戻ったとして、どれだけ説得力のある報告が出来るだろうか。
それにラルウァのことだ。恐らく今襲われているはずの町のために、自らの異名を利用したり、あの好意を寄せてくれる受付嬢に頼んで何らかの手を打つだろう。
どちらも、自分には出来ない。ただ戦うことしか出来ない自分と、先のことを考えられずヘリオスの心配だけをしていた自分。
悔しい。
そんな気持ちを振り払うかのように、ウラカーンは、ラルウァと、ラルウァに担がれるヘリオスに背を向けて走り出した。
悔しいが、腐ってる場合じゃない。否、悔しいからこそ、出来る事は全力で成したい。
「・・・・・・だりゃあああああ!」
雄たけびを上げ、ウラカーンは全力を持って走った。
読んで頂きありがとうございます。
今回は物を投げられそうです、主にヴァンとアリアの所の切り方で。てへ☆(←
最近ウラカーンの心理描写ばっかりやってるような気が・・・。あるぇ?
それはさておき、この度『世界に生きる人々』を、別連載として扱うことにしました。
連載名はずばり『狼殺しの外伝』!(まんま
狼殺し で検索していただければ出てくると思います。といっても更新したのは一話だけで、あとはここから移動させただけですが・・・お時間があればどうぞ、読んでやってくださいまし。