第百話
とうとう三桁に・・・!
黒煙を立ち上らせる場所にたどり着いたヴァンとアリア、セレーネ、フランの四人は、今まさに形成されつつある地獄を目の当たりにして立ち止まる。
町を囲む防壁は砕け落ち、いくつかの家屋は燃え上がっていて、魔獣の叫び声と人の悲鳴、両者の怒声に続き二種族の断末魔も聞こえてきた。
以前、ヴァンとアリアは『戦場』を体験したが、目の前で繰り広げられる『戦場』はそれの比ではない。
逃げ惑う人々、戦い向かう冒険者、力無き者を守ろうとする国の兵士。
それらを蹂躙し、襲い、殺し、屠られる数多の魔獣。
その光景に圧倒されていたヴァンだが、金髪の少女の行動で我に返った。
「お母さんっ!」
目に見えない所で危機に陥っているかもしれない大切な人のことを叫びながら、アリアが走る。
「アリア!?」
戦場へと駆けていくアリアに、ヴァンが慌てて後を追う。その時。
「た、たすけてぇ!」
悲鳴が上がり、ヴァンは反射的に立ち止まり悲鳴の方へと顔を向けた。
視界に入るのは、四肢の魔獣に命を刈り取られようとしている少女の姿。
助けないと・・・・・・!
当然のように答えを出し、両足に魔力を込めた。
「『スコルピオス』!!」
しかし、魔獣の躯体はヴァンが走り出す前に一本の赤い魔矢で貫かれ、さらに二柱の魔力の柱で叩き潰される。
「ヴァン! ここはわしらに任せておぬしはアリアを追うんじゃ!」
振り返れば秘宝『リャルトーの弓』を構えているフランと、少女に駆け足で向かうセレーネが見えた。
妹の瞳を見返し、少女に手をそえるセレーネが頷く。
「ありがとう、二人とも!」
すでにヴァンは二人に目を向けておらず、少しだけ遠くなったアリアの揺れる金髪を見据えて再度駆け出した。
走り去っていく妹から視線を外し、助けた少女を柔らかな瞳で見るセレーネ。
「怪我はありませんか?」
死の恐怖を味わった少女を安心させるように優しい声で尋ねる。少女は呆然としながらセレーネを緑の瞳で見返す。
そこで少女は、何かを思い出したように息を呑み慌てた様子で周りをキョロキョロと見始めた。
「・・・・・・何か探しものですか?」
黄色の髪を振り乱し周囲に視線を動かしつつ悲痛な面持ちをする少女を見て、セレーネは静かな声で聞く。
「・・・・・・セレーネ・・・・・・」
いつの間に背後まで来ていたのかフランが、少女の横でしゃがみ込むセレーネの肩に手を置き、燃え上がり崩れ落ちている家屋に指を指す。
そこには瓦礫に挟まれている小さな腕があった。
セレーネとフランの視線に気づいた少女もそこに目を動かす。
「あ、あぁ・・・・・・ミシャ・・・・・・ミシャ!」
少女は弾かれたように走り出すと、瓦礫に挟まれている小さな腕の前に倒れこみ、爪が割れるのも気にせず小さな腕にのしかかる瓦礫を引っかいた。
「こ、こら、やめんか! 血が出とるぞい!」
自らを傷つける少女を、秘宝を放り出したフランが両腕を掴んで止める。
「はな、はなして! ミシャが、ミシャが!」
それでも少女は暴れ、フランの拘束から逃れようともがく。
「・・・・・・・・・・・・」
「セレーネ! 見とらんで手伝わんか!」
必死な少女の力は強く、一人では抑え切れそうに無い。俯いているセレーネにフランは荒い声を投げた。
セレーネがゆっくり顔を上げる。その表情は普段の優しげなものとはかけ離れていて、なんの感情も見出せず、ただ赤いだけの瞳がそこにあった。
「・・・・・・少し、下がってください」
微塵も感情を込めていない無機質な声で暴れる少女とフランに告げる。その声に少女も暴れるのをやめ、その隙にフランが引っ張った。
二人が自分より後ろへ下がったのを確認したセレーネは、胸の前に開いた左手を突き出し左へ薙ぐ。瓦礫が少しだけゆれた。
次にだらりと垂らしていた右腕を高く上へ振り上げる。瞬間、小さな腕を中心にして白の光が半球状に広がり、圧し掛かっていた瓦礫を持ち上げていった。
徐々に大きくなる半球状の光は持ち上げた瓦礫を周囲にずり落としていき、小さな腕の持ち主の姿を中心に添え置く。
「ミシャ!」
少女が走り出したのに合わせて白の半球も消え、同時にセレーネが深く息を吐く。表情と瞳には色は無い。
視線は小さな腕の持ち主、小さな女の子を抱き上げる少女に向けたままだ。
「・・・・・・ミシャ?」
少女がその体に触れて呟く。とてもとても、冷たいその体に触れて。
少女は何度も名前を呼ぶ。小さく弱い声で何度も繰り返し、それは段々と大きくなり、最後にはただ泣き叫ぶだけのものとなった。
小さな亡骸を涙でぬらす少女を、フランは悲しみの瞳で見つめ、セレーネは今だ赤いだけの目で眺めている。
「フラン」
「・・・・・・なんじゃ?」
無機質な音を出す魔族に返すフラン。
「この子をお願いします」
言いたいことはそれだけだとばかりに、セレーネはフランからの返事を待たず町の中心へと足を向ける。
「待たんか、どこへいくんじゃ?」
問われ、セレーネは足を止め、振り返った。赤いだけの瞳には一つの感情がある。
「・・・・・・滅しに」
ぽつりと呟く声はフランの知るセレーネが発したとは思えないものだった。
人々の悲鳴と怒声、魔獣の叫び声と断末魔を背景曲にセレーネは歩き続ける。
「・・・・・・我の力は護るために。我の力は戦うために」
詠唱をはじめ、ぼんやりとした魔力の揺らめきで体を包む。
「我が身に巡る魔の力よ、想いを力にかえたまへ」
歩くごとに魔力が少量地に残り、大気に残留する。
「愛する者に仇なす者を、滅する力、我が身に宿せ」
腰まで伸ばした光を受ける銀髪は波をもち、風になびくように揺れ動く。
「我求むは、護る力」
数体の魔獣が悠然と歩くセレーネに気づき、跳びかかった。
「・・・・・・テアー・フィスティニア」
魔獣たちがセレーネの体にまとわりついた瞬間。
激光と衝撃が魔獣を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた四体の魔獣を襲ったのは、光と衝撃だけではなかった。
光を中心として四方に吹き飛んだ魔獣はどこから現れたのか巨大な白く輝く槍に串刺しにされ、一瞬で絶命し、槍を支えに宙に浮く結末をたどる。
光の奔流が収まり、現れたのは超鎧に身を包んだセレーネ。
輝くティアラを頭に乗せ、漆黒のドレスは黄金のものへと変わり、胸元とドレススカートの前方を大きく開かせていて、両肩とスカートの左右に白銀の鎧で固められていた。
さらに体の周りには大きく薄い魔布が漂っており、両端はセレーネの左右の手首に巻きついている。
その姿はまさに、戦乙女。
超鎧魔術を使ったセレーネが右腕をゆっくり胸の前へ持ち上げ、何かを掴むように開いた手を軽く握った。
それを合図に、魔獣を磔にしていた槍がそれぞれ貫いている魔獣を包み、音を立てて四散する。
魔力の残骸が光を受けて散りばめられる中、魔族の女は周囲を見回した。
逃げ惑っていた力無き人々も、勇猛に戦っていた冒険者も、義務を果たしていた兵士も、蹂躙していた魔獣も、今起こった圧倒的な『駆除』に呆然としている。
背景曲はもはや燃え上がる家屋だけしか発していない。
セレーネはその場の全ての視線を受けつつ、ドレススカートをつまみ優雅にお辞儀をすると、普段通りの微笑みを顔に貼り付ける。
「・・・・・・人の皆様、今からお助けいたします。獣の皆様、さようなら」
言葉だけを投げかけられたのは人々のみで、魔獣たちにはそれに無数の魔矢と大量の魔槍が加えられていた。
「くっ、あっ、んた、たちっ、邪魔、よっ!」
肺の酸素を出し切らんばかりに息が乱れているアリアが、焦りと怒りを声に乗せて右手を突き出し、炎の矢を前に立ちはだかる壁に撃ち出す。前方で壁となっていたのは四肢で走る魔獣だったが、今はもうただの炭化した何かになってしまっている。
「アリア!」
結果としてそれは足止めになり、ヴァンはアリアに追いつくことが出来た。
アリアの左手を右手で掴み、少しだけ呼吸を乱しながら声を発する。
「はぁ、はぁ、アリア、一人で、行くのは、危険だ」
「だ、って・・・・・・!」
空いている右手で強調されている胸を押さえ、苦しげに荒い息を繰り返すアリア。
アリアの焦燥はヴァンも痛いほど良く分かる。しかし、だからこそ焦ってはいけないのだ。急ぐことと焦ることではまるで違う。
「分かってる。冷静になれ、アリア」
言われ、アリアは押し黙り深呼吸をして呼吸を整えた。数度目の息吐きを終え、ヴァンの瞳を見つめて頷く。
「落ち着いたか、よし、行こう」
握っていた手を離し、アリアを促して自らも走ろうとしたその時。
「っ!? アリア!」
突然ヴァンがアリアの左手をまた握り締め、今度は体に引き寄せた。
アリアの肢体を自分に密着させると両足から魔力を放出させて後方へ跳躍する。
いきなりの事に抱きかかえられた金髪の魔女は目を丸くさせるが、次の周囲の変化に碧眼を鋭くさせた。
地響きが大気を揺らし、ヴァンたちが立っていた地面がひび割れていく。
ヴァンとアリアがそこから離れた場所に降り立つと同時に、地は完全に砕かれ、地中から胴体だけの巨大な魔獣が現れた。
「こいつは・・・・・・!」
「リモニウム共和国の!?」
二人の表情が驚きに塗られるが、すぐに真剣な顔に戻してお互い巨蟲を軸に距離をとる。
相対する巨大な魔獣は『リモの街』を襲ったやつより幾分か小さいが、それでも近くで燃える家屋より高い。
倒すとなれば相当時間がかかりそうだ。
「アリアッ、こいつは俺に任せて『お母さん』を探せ!」
先ほど言った言葉と正反対のものを投げてくるヴァンに、アリアが目だけを動かして見やる。
「な、何言ってるの! 魔装しか使えないヴァンで相手出来るわけないじゃない!」
アリアの反論は正しい。『サラマンダーイグニッション』と『フレア・ソード』しか使えないヴァンにとって、巨躯をもつ魔獣とは相性が悪い。
接近戦に持ち込んだとしても、胴体をくねらせればそれだけでヴァンを潰せるだろう。
「大丈夫だ。囮になるだけだから」
しかし、ヴァンは引かない。碧眼で見つめる紅い瞳には負の感情が一切見られない。
そのあまりにも強い光を持つ瞳に、アリアは一瞬だけ、甘えたくなった。本当なら今すぐにでも魔獣の脇を駆け抜け、自分が育った家に行き、母の安否を確かめたい。
危機に陥っていたなら、助けたい。最悪の事態など想像もしたくない。
だけど。
「・・・・・・だめ、だめよ。絶対駄目!!」
アリアが叫び、ヴァンに顔を向けた。妖精のような少女の顔は驚きが入っている。
「ヴァンほっといたら、絶対に無茶するんだから! 一人になんか絶対にしない! 決めたわ、私、決めたわよ」
今度は胴体だけの巨躯を地面から突き出している魔獣を睨み、勢い良く指差した。
「こいつをっ、ヴァンと一緒にさくっと倒してっ、先に進むわ! いいわねっ、ヴァン!!」
またヴァンをきっと睨んで怒声をあげる。
ヴァンは目をぱちくりとさせていたが、ぷっ、と吹きだすと鋭い瞳に笑みをそえながらアリアを見返した。
「そうだな。さくっと倒すか」
「えぇ!」
同じく笑みを浮かべたアリアと、二人で魔獣を見据える。
「と、いうわけだ」
「覚悟しなさい!」
それを合図に、ヴァンとアリアの体から魔力が湧き上がった。
読んで頂きありがとうございます。
きましたよ、とうとう百話。気持ち的にはなにかおまけや外伝などを書きたいところなのですが・・・時間の都合で本編でイッパイイッパイなのが残念です・・・非常に。
それにしても、セレーネさんを魅せよう魅せようとしすぎた感がありますね、今回。
・・・・・・親馬鹿ですが、何か?(←開き直るな