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第九話

あと少しで二桁・・・・・・うひゃ。

こほん、失礼しました。

 ギルドの窓口に計四十匹の魚が入ったお手製葉枝かごをおく。

「・・・・・・私は長年ここで働いておりますが、こんな魚を見るのは初めてです」

 受付嬢が一匹の魚をかごから持ち上げる。大きさこそ普通だが、額から一本の触手が伸び、先に丸い玉が引っ付いている。かごに戻し、別の魚を持ち上げる。こっちは普通・・・・・・と思いきや、人間のような足が生えていた。

「きしょくわるっ!」

 受付嬢が言葉遣いも忘れて魚をかごの中にたたきつけた。

「あははー・・・・・・」

 アリアは笑うしかないと判断した。

「とりあえず、依頼に書いてあった『魚』二十匹。二人合わせて計四十匹。完了したぞ。確認してくれ」

 慣れた様子でヴァンが促す。衝撃的な魚の数々を眺めていた受付嬢がその言葉に我に返る。

「あ、失礼いたしました。それでは、確認させていただきます。それと・・・・・・」

 窓口の奥から男が二人出てくる。そのままかごを持つと、また奥へと消えていった。

「時間が少々かかりますので、二階奥の宿泊室でお体を清められてはいかがですか? お美しいのに、泥だらけでは勿体無いですわ」

「あら、いいんですか? それじゃぁお言葉に甘えて」

「えぇどうぞ、こちら、部屋の鍵になります」

 アリアが礼を言いながら鍵を受け取り、ヴァンの腕を引っ張る。

「え、お、俺もか?」

 蚊帳の外かと思っていれば、ばっちり当事者だったようだ。

「当たり前でしょ、ずっと泥だらけでいるつもりなの?」

「いや、俺は別に気にしないんだが・・・・・・」

 事実、男だったころはローブの下は汚れまくりということは多々あった。

「いいからいいから」

 何がいいのかわからないが、見た目通りの力しかないヴァンは、ずるずると引きずられていく。と、遠巻きにこちらを窺っていた何人かの冒険者がひそひそと話している。

「狼殺し・・・・・・」

「狼殺しだ・・・・・・は確か・・・・・・で・・・・・・したと」

「そ・・・・・・噂はほん・・・・・・」

 ところどころ、自分が引きずられる音で掻き消えて聞こえない。

「(・・・・・・噂?)」

 聴覚に神経を集め、内容を聞き取ろうとするが、階段の段差にぶつかり結局断念させられた。

「あだっ、いだっ、アリア! 自分で歩くから!」


 宿泊室の風呂場にて、ヴァンは受難を受けていた。風呂イスに座りながら体を縮こませ、目をぎゅっとつぶっている。もちろん、すっぽんぽん。

「・・・・・・なぜこんなことになったのか」

「え? なにかいった?」

 すぐ後ろで金髪の少女が聞き返す。もちろん、すっぽ以下略。

 最初、一緒に入ろうなんて言いだしたときは、断固拒否した。アリアが目の前にしゃがんで首をかしげ、両手を合わせて潤んだ瞳で見上げて、お願い、と言ってきても即答で拒否した。

 その結果がこれだ。実力行使はひどいとおもう。嫌がるヴァンを風呂場に押し込み、何度もしてきたかのように手早く服を脱がせ、自らも一糸纏わぬ姿になると、ヴァンに抱きつき動きを封じてきた。

「(こいつ、実は接近戦得意だろ・・・・・・)」

 と本職のヴァンにさえそう思わせるほどの手際の良さだった。むろんそんなことを考えるのは現実逃避であって。

「どう、ヴァン、かゆいところはない?」

 そういうアリアは、座っているヴァンの髪を洗っている。蒼く長い髪は泥だらけじゃなく泡だらけになっていた。

「・・・・・・へいきだ」

 無理矢理引っ張ってきたのに、聞いたらちゃんと答えてくれる律儀なヴァンに、アリアはくすっと笑う。それにしても、目の前でガチガチにガードを固めている背中をみると、悪戯したくなってくる。つつーっと指で背中を撫でる。

「ふあぁ〜っ」

 嬌声をあげ、背中を弓なりに反らせた。きっと後ろを振り向くヴァン。

「お前は! なんでそういうことをする・・・・・・んだ・・・・・・」

 語尾が弱くなっていく。開いてしまった目。すぐ後ろには裸のアリア。滑らかな白い肌と、細い体、それに合わない強調されたふくよかな胸。ヴァンの体が一瞬で真っ赤になる。すばやく前に向きなおす。

「あのな・・・・・・俺も一応男だったんだぞ。なのに、こんな、恥ずかしいと思わないのか?」

 消え入りそうな声でヴァンが問う。アリアはそんなヴァンを後ろから抱きしめた。柔らかな感触で背中が押される。

「今は女の子でしょ。それに、私、言ったじゃない。あなたのことが好きだって」

 その声音は真剣だった。女になったときに言われた言葉。ずっと冗談だと思っていた。魂が綺麗だとかいうちょっと信じられない理由のせいでもあったが。

「俺なんかの、どこが」

 ヴァンの言葉を遮るように、抱きしめてくる腕に力がこもる。

「本当の意味で、私を心配してくれたの、ヴァンだけだもの」

 この少女は、今までどんな世界で生きてきたのか。他人がどんな目的で自分に接してくるのか、分かってしまう世界で。

 ヴァンは初めて、アリアのことが知りたくなった。

「ごめんなさい、続き、するわ」

 すっと背中から熱が離れる。ヴァンは何も言わない。頭からお湯がかけられる。先ほどまで体を包んでた熱より、ずっとずっと冷たかった。

 それから一度も話さず、二人は風呂からあがった。浄化魔道具を開くと、すでに洗浄は終わっている。


「もうそろそろ、終わってるはずだ。一階に戻ろう」

 ふくらはぎまで伸びる蒼髪を揺らしながら、ヴァンは部屋の扉に手をかける。

「待って」

 アリアの言葉に振り返り、まわしかけたドアノブから手を離す。

「どうした?」

 視線の先にはうつむいているアリア。

「私、決めたわ」

「なにをだ?」

 すっと顔を上げ、ためらうように口を開き、閉じる。意を決したようにヴァンを見据えるとしっかりと口を開いた。

「ヴァン、あなたを元に戻す」

 それに対し、ヴァンは怪訝な顔をした。

「は? それは嬉しいが・・・・・・なんで急に。まだ秘宝を探し始めてすらいないぞ」

「だって・・・・・・私が、私のせいで、ヴァン怪我して、うっ、もしかしたら死んでっ、たかもっ、うっく」

 アリアの肩が震え、新緑の碧眼から涙があふれ出て、ぐずりながら両手の甲で目をこする。その姿はただの女の子だった。どうやら、さきほどのことをまだ気にしていたようだ。心配してくれるのは嬉しいが、ヴァンは本当に、アリアのせいだとは微塵にも思っていない。軽く苦笑すると、アリアに歩み寄る。

「お前のせいじゃないって、言っただろう。泣くな」

 すっと手を伸ばし、アリアの頭を撫でた。湿っていてもふんわりとした感触が手のひらに伝わる。今のヴァンはアリアの胸辺りまでしかないので、見上げる形になった。

「うん・・・・・・ぐすっ、でも、男のままだったら、あんな魔獣、簡単に倒せたんでしょ? 」

「まぁ、な。だがあれは、自分の力を過信して、今の姿でもいつものように戦えるなんて思い上がった、俺の未熟さが招いた結果だ。お前は本当に、悪くないんだよ」

 なでなでと頭を撫で続ける。アリアは、濡れる瞳でヴァンを見つめ、こくんとうなずいた。ん、と声を出すとアリアの頭から手を引く。

「ありがとう、ヴァン」

「礼を言われることはしてないぞ。それに元の姿に戻してくれるんなら、礼をいうのは俺だ」

 そんなことをいうヴァンに、アリアはくすっと笑った。

「ここでヴァンがお礼をいうのは、変よ」

「ふむ・・・・・・それもそうだな」

 笑いあう。アリアがすっとヴァンから少し離れた。

「ねぇ、ヴァン。男に戻っても、一緒にいてくれる?」

「あぁ、かまわない。だけど、お前、男嫌いじゃなかったのか?」

「えぇ、大嫌い。でも、ヴァンは好きだから」

「複雑な気分だ」

 苦笑するヴァンに、アリアが右手を向けた。

「それじゃぁ、はじめるわね」

 アリアは目を閉じると、凛とした声で詠唱を始めた。

「我は願う、魂の姿。我は願う、真の姿。彼の者の陰を払え。彼の者の陽を与え。我望むは我の願い」

 聞いたことの無い呪文。ヴァンが知っているどの系統にも属さない魔術。

「アリシア・アイオーニオス・フィリア」

 アリアの右手から黄金の光が発せられる。あまりの強い光に、ヴァンが目を閉じる。体が温かい何かに包まれていくのが分かる。目を閉じても分かるほどの強烈な光が徐々に弱まり、視界は闇に包まれた。

「・・・・・・あれ?」

 その場にそぐわない素っ頓狂なアリアの声に、ヴァンが目を開く。違和感がある。アリアが変わらず自分を見下ろしている。おかしい。男に戻ったのなら、アリアは自分を見上げているはず! 慌てて体を見渡した。

「なっ、どういうことだ!」

 ヴァンが叫ぶ。何も変わっていない。明らかにサイズの合っていない革服に、ダボダボなズボン。服の隙間から見えるふくらみは、透き通るような白い肌で覆われている。

「戻ってないじゃないか! はっ、まさか、最初から戻す気なんてなかったのか!?」

「ち、ちがうわよ! 戻す気満々だったわよ! 私だってわけわかんないんだから!」

 おろおろとする二人。

「ていうか、さっきまでのシリアスはなんだったんだ? あの流れから失敗? あり得ないだろう! ボケたのか? ボケたんだな? あの時にも言ったが、ボケるなら時と場所と場合を考えてやれ! 主に今は、時と場合だ!」

「失礼ね! ボケてないわよ! 大真面目だったんだから! それをいうなら、ヴァンこそ、元に戻りたくないとか思ったんじゃないの!?」

「なんだそれは! 俺のせいだっていうのか? 自分で編み出した魔術っていってただろ! 責任持てよ!」

「なんですってー!!」

「なんだよ!!」



 二人の言い合いは一階まで届いている。冒険者たちと受付嬢たちが眉をひそめながら、騒音響く二階を見上げていた。

 それでは二番の受付嬢様、お言葉をどうぞ。

「仲がおよろしいことで」

 いや全く。




読んで頂きありがとうございます。なにやら最終回っぽい流れでしたが、別に最終回ではありません。まだまだ続いちゃったりします。

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