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学園の朝は、優雅なティータイムから始まる。
──わけもなく、生徒たちは学園内の食堂で朝食を取るから、起きたらすぐに支度をして向かわなければならない。
私はいつも混雑する前に向かって、静かな時間を楽しむのが好きだ。だいたい一時間くらいは、こうやって過ごしても苦にならなくなった。
朝食は、パンが数種類とスープ、サラダ、ちょっとした料理が並ぶ。自分が食べたいものを選び、自分の侍女か従者、もしくは学園専属の侍女に取り分けてもらう。
私はメリーから朝食を受けとると、窓際の席に腰を下ろした。朝の日差しに照らされた湖が見えるその席が、私のお気に入りの席だった。
学園の敷地は広く、慣れるまでは迷ったりもした。アストラの王宮はもちろん、ガルムステットの王宮も広いが、ここは少し複雑だ。
増改築を繰り返したせいか、変なところに階段があったり、壁があって行き止まりだったりする。講義室の棟が離れていて移動が大変な事もあった。今となってはいい思い出だけれど。
ちょっとだけ笑って、紅茶を口に含む。ちらほらとやって来る生徒たちは私に挨拶をして、思い思いの席に座る。
学園で穏やかな時間と言えば、この時だけだ。日中は勉学や、婚約者としてのふりも忙しい。寮に帰るまで、気は抜けない。
お母様やお兄様は、こんな私を叱るだろうか。それとも、笑って許してくれるだろうか……。
「おはようございます」
明るいその声に顔を向けると、ミラベルが立っていた。お隣失礼します、と笑って腰を下ろす。私がミラベルを可愛がっているのは周知の事実だから、それは自然な行動だ。
そのせいか、一時期はいじめられていたようだけれど、私が犯人を突き止めちょっとだけ凝らしめてやってからは、ぱったりとなくなった。
さすがに私を怒らせてはまずい事くらい、貴族の子どもなら理解して当然だ。卒業後は少し心配だけど、おそらく大丈夫だろう。ミラベルはその見た目に反して、強い女の子だ。
「おはよう、ミラベル。今日は早いのね」
「あ、クロード様?その言い方だと、私がいつも遅く来るみたいに聞こえます」
唇を尖らせるミラベルは可愛らしい。私の作った可愛さではなく、自然な可愛さだ。少し羨ましい。
幼い頃から私は、自分の容姿が良いことを知っていた。お父様は厳しい顔をしているが精悍な顔立ちだし、優しいお母様は金の髪の女神のようだ。
その血を受け継ぐ三人のお兄様たちも、舞踏会に行けばいつも女性たちの視線を一心に集めていた。そんな家族の中にあって、自分が醜いと思うはずもない。
それでも、セドリック様のお陰で、容姿が良いだけじゃ駄目なことも知った。初めて会って私を褒めなかったのは、セドリック様だけだったから。
だからつい調子にのって、トラウマを植え付けてしまった。後悔はしていないけれど。
それにシャルルを好きになったのも、容姿だけではない。一目惚れとはいっても、私は、一生懸命なシャルルに心を捕まれたのだ。
お兄様たちにはきっと、地味だ、やめておけ、お前には似合わないよ、と言われるに決まっているシャルルに。
「クロード様。少し、聞いてもいいですか?」
「何かしら。今度の試験の内容とか?」
「違います。さすがのクロード様もそれは知らないでしょう」
「そうね。私は優等生ですもの。狡い事は嫌いよ。それで何を聞きたいの?」
「あのですね、シャルル様との馴れ初めとか、思い出とか」
声を潜めてミラベルは言う。今日早く来たのは、それを聞きたかったからだろう。私はもうすぐ卒業するし、寮ではそれぞれの恋人と過ごすのだから。
「そういえば、話した事はなかったわね」
「殿下には、少し手を貸しただけで、詳しくは本人たちにしか分からないと言われましたし。クロード様は私と殿下のお話しをご存じなのに。……あ、狡い事は嫌いってさっき言いましたよね?」
期待に満ちた瞳で見つめられては、私は観念するしかない。少しだけね、と前置きをして話し始めた。