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「これでようやく、心置きなく浮気が出来るというもですわね」
そう言って、クロード様は楽しそうに笑う。その隣にいるシャルル様も、嬉しそうに笑っている。まだ日も昇らぬうちの出発は、本当に宮殿から追い出されているかのようで悲しい。
私たちは本当の事を知っているのだから、それでいいじゃないの、とクロード様には言われたけれど。やっぱり、クロード様が悪く言われるようになるのは嫌だ。
「これから、仲良く一緒に暮らしましょうね、シャルル?」
「はい。クロード。いつまでも、側にいます」
二人の仲睦まじい会話に、殿下がため息を吐いた。そんな事より早く行け、とでも言いたそうに。最近になって、殿下のそういう態度が分かるようになった気がする。
それでクロード様にからかわれる羽目になる事が、これまで何度もあった。ほら、今も。殿下のため息にクロード様が、口の端を吊り上げている。
「あら殿下。かつては愛した妻の去り際に、そのため息は何ですの。やはり行くな、と引き止めたら舞台としては面白いかもしれませんのに」
「ハッ。誰がそんな真似するか。出て行ってせいせいする。そもそも、お前を愛した事などない」
「まぁ酷い! やっぱり私にはあなただけよ、シャルル」
なんて言って縋りついてくるクロード様に、シャルル様は苦笑した。そんな二人を追いたてるように殿下が手ぶりをして、顔を上げたクロード様が舌を出す。いつまでも変わらぬやり取りが楽しく、けれどもう見る機会が少なくなってしまうと思うと、やっぱり寂しくなってしまった。
だけど、これは私たちで決めた事だ。
「クロード様」
私が声をかけると、クロード様はシャルル様から離れて、微笑みながら私を抱きしめた。いつもと同じ華やかな香りに包まれて、胸が締め付けられる。永遠の別れでも無いのに、どうしてかしら。
「可愛いミラベル。殿下をしっかりと支える、立派な妃になってね。私がする事になる公務を、ほとんどあなたに押し付けてしまうのは心苦しいけれど、見かけによらず強い貴女なら大丈夫よね。困った事があったら、いつでも相談に乗ってあげる。どうか忘れないでね。私は貴女が大好きよ」
「……っ、わ、私も、大好きです!」
私を離したクロード様が、やっぱり泣いてしまった私を見て微笑む。そしてメリーさんを呼んでハンカチを受け取ってから、私の涙を拭ってくれた。
「泣かないで。また会うんだから。それとも、私の指導が怖そうで泣いているのかしら?」
「そんな事は、ありませんけど……」
「だったら泣いちゃ駄目。常に美しく華やかに、笑ってなさい。少なくとも、他人の前ではね。笑顔が貴女の武器よ。負けないで」
「はい……っ、頑張ります」
涙声で言った私に笑って、クロード様はシャルル様の隣へ戻る。ではそろそろ、と促された二人が馬車に乗り込んだ。私は涙を拭って、何とか笑顔を作ろうと試みる。最後に手を振ってくれるクロード様に手を振り返しながらも、やっぱり私は泣いていた。
「ミラベル。そんなに泣いていたら、次に会った時クロードにからかわれるぞ」
馬車が去った後も泣いている私に、殿下が笑いながら言って私の肩を抱く。しかし何かに気が付いたかのように、いや待てよ、と呟いた。
「これでは俺が泣かせたように見えてしまう。泣き腫らしたミラベルを見て、一体どんな憶測が飛び交うか、考えるだけで頭が痛い。よし、クロードに恰好の餌を与える前に戻るぞ。それも冷やさないとな」
そう考えてしまう時点で、殿下はクロード様に敵う事は無いのだろう。そう考えたら可笑しくて、思わず笑みが零れた。
「セドリック様」
「何だ?」
「クロード様のように、とはいかないと思いますが、少しでも近づけるように頑張りますね」
「あー、あぁ……。ほどほどにな」
苦笑しながら言った殿下に手を引かれ、宮殿へと戻る。クロード様のいなくなった宮殿で、私はどんな風に見えるだろう。王太子に見初められた幸運な女か、妻から夫を奪った女か。
最初から好意的なはずもない。それを分かっているから、私はただひたむきに努力するのみ。そして私はたった今、決意した事がある。
「私、いつか本当の事を、話せる日が来ればいいと思っています。その時は手伝ってくれますか?」
「ミラベルの頼みなら断れないな。だが、クロードは拒否すると思うが」
「その時はこっそりやりますので、セドリック様も内緒にしてくださいませ」
「……うむ。善処する」
自信なさげな返答に私は笑った。
こうして私の新しい始まりの日は、別れから始まったのである。




