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先ほど起こった出来事を父上に話すと、どこか疲れたようなため息を吐かれてしまった。父上もこの宮殿に暮らしている以上、俺とクロードの噂くらい宰相辺りから聞いていただろう。
それでも今まで何も言わなかったのは、些細な痴話喧嘩だとでも思っていたからか、俺たちに任せるという意思表示か。国王としては、次代を担うべき二人が不仲というのは、不安を禁じ得ないと思うのだが。
「まったくもって、信じ難い話しだ。まさかお前たちの仲が、それほどまで険悪だったとは思わなんだ」
「ええ。もはや修復は難しいかと。しかし陛下、クロードが過ちを犯すほど追い詰められたのは、私の責任でもあります。精神的に病んでいたクロードから逃げてしまったがゆえに、クロードは私を信用出来なくなったのでしょう」
反省を示すように目を伏せる。クロードばかりを悪く言うのは悪手だ。俺の不甲斐なさからクロードは失望し、過ちを犯した。そう匂わせておけば、まだ少し同情の余地があると思って、父上もクロードを責めて同盟を破棄する事にはならない筈である。
それは淡い期待なのかもしれない。クロードとシャルルは既に出立の準備が出来ているが、そんなもの国王の命であれば連れ戻すも幽閉するのも意のままである。それを阻止するのが、残される俺の役目だ。
「今さら言っても、詮無い事ではありますが……」
「だがな、セドリック。お前たちの結婚は同盟の証であった。あのアストラ国王の娘が、それを理解してない筈が無かろう。彼女はそれを軽く見ていたという事か? 同盟が破棄されようがどうでもよいと?」
「いいえ、陛下。そちらに気を回せないほどに、クロードは参っていたのだと思われます。それに結婚生活はあくまでも私的なもの。であれば、別居したからといって、即座に破棄とはならないのでは無いでしょうか」
そう言いながら顔を上げると、黙って口髭を撫でる父上が見て取れた。何かを考え込む時の父上の癖である。次に何を言うのかを予想しながら、父上の言葉を待つ。親子と言っても父上と話す時はいつも緊張してしまうし、今日はいつも以上に緊張感があって正直吐きそうだ。
早く自室に戻って、ミラベルに労って貰いたい。早朝にここを発つクロードとシャルルも、最後の挨拶と称して訪れるだろう。定期的に緑の館へは行くつもりなので、永遠の別れでは無いのだが。
クロードが学んだ王妃としての教育は、そのままミラベルへ引き継がれる。クロードが厳しく指導すると言っていたが、ミラベルならば乗り越えられるはずだ。彼女は可愛らしい人ではあるが、決して弱くはないのだから。
そんな思考を飛ばしている間に、父上がようやく口を開いた。
「……そうさな。アストラがこの件をどう見るかだが。お前の新しい妃の話しを、あちらも近いうちに知るだろう」
「クロードを蔑ろにした事は気に入らないでしょうが、聞いた所によると、アストラ国王陛下もアーロン王太子殿下も、クロードが愛人を作った事の方に非があると思っているようです。それに、クロードとの間に子が出来ない以上、私が新しい妃を迎えるのは自然な流れかと」
「自棄になっていた訳では無かったのだな。彼女以外目に入っていないかのようだったお前が、別の女性に手を出していると聞いた時は、正直驚いたのだが」
「私が、クロードを一方的に責められないのはその為です。だからこそ色々と考え、別居という事にしたのです。別居しても私とクロードは夫婦ですから、もしクロードが考えを改めて戻って来るのなら、歓迎するつもりです」
もちろん、そんな展開にはならないのだが。ひとまず、父上は納得してくれたようだ。
「なるほど。では何故、シャルルも共に行かせたのだ。二度と会わぬようにするべきだったのではないか?」
「それは……。クロードはああ見えて頑固なので、無理に引き離すのは逆効果だと思ったからです。ならば一緒にさせておいた方が、私としては助かります。同盟の方も、私たちが夫婦であれば問題ないのではないでしょうか。アストラもクロードが過ちを犯してしまった以上、何も言えないと思われます」
「ではもしも、こちらから破棄を宣言したらどうなるか?」
「それは我が国に、アストラが攻めてくる可能性を増やすだけではありませんか。私とクロードも、それを考慮に入れないほど子供ではありません。別居したとしても、同盟の存続には夫婦として力を貸し合うと約束しました」
「ほう。その口振りでは、以前から別居について話していたかのようだな」
「……もしもそうなったら、と、そうですね」
「お前は嘘が下手だな」
苦笑しながら言われて、思わずハッとする。何とか取り繕おうとしたものの、父上が手を上げた事で防がれてしまった。
「もうよい。その件に関して、余は口を挟めぬからな。同盟の問題と夫婦の問題を、切り離して考えるのは正しい。セドリックよ。我が息子として、我が国の王太子として、ますます励むがよいぞ」
そう告げると父上は席を立ち、部屋を出て行く。それを見送り一人残された俺は、深いため息を零してしまう。
「やはり、まだまだ敵わないな、父上には」