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「殿下に大まかな事は聞いていたとはいえ、帰って早々のあの展開は少し驚きましたわ」
と言いながら、つい顔が緩んでしまうのはしょうがないと思う。ようやく私たちは、長年の望みを果たしたのだから。あの場にいた貴族たちは、帰ってすぐにこの話しを広めてくれる事だろう。
町中に流布するゴシップ記事を書く記者にでも売れば、あっという間に国中の人が知る事になる。今まで私に好意的だった人たちが、手のひらを返したように悪意を向けてくるかもしれない。
それは寂しくて悲しい事だけれど、それでも私はこの道を選んだ。殿下に背中を押されて、シャルルの手を取った。自分の生きる道に、後悔を残さないように。
「私たちのわがままを許して下さった事、感謝してもしきれませんわ。本当にありがとうございました、王妃様」
私の目の前に座り、美しい所作でカップを傾けていた王妃様も、にっこりと楽しそうに笑ってくれる。
「王妃としては喜ぶ事は出来ませんが、私個人としては嬉しい限りです。まさかこんなにも上手く行くなんて、思っていませんでした。明日からしばらくは、今日の出来事で持ちきりでしょう」
「私とシャルルは明日ここを離れるので、後の事は任せっきりになってしまうのが申し訳無いですわ」
本当ならもう一週間くらいはここにいて、貴族たちがどんな風に私たちの事を話すのか聞いてみたかった。ここに来る前に殿下と話して『あまり長くいたら、浮気したくせに未練があるのか、と思われるんじゃないのか』という言葉により、出立は明日となったのだ。
必要な物は既に緑の館に用意されているので、何も問題は無いとはいえ、楽しみを一つ奪われた気分である。殿下にそう告げたら、お前は気楽でいいな、とため息を吐かれた。
舞台を終えて優雅に王妃様と最後のお茶会をしている私と違って、殿下は今頃陛下と会見中である。胃が痛くなっていないといいけれど。
「それは仕方ありません。後は殿下の仕事です」
「今頃、陛下にすべて話してしまっていないといいですわね」
「クロード。自らの友を信じるのですよ。あの子も、するべき事はきちんとする子ですから。まぁ少し、演技力には欠けますが」
やれやれ、という風に首を振る王妃様に、私は笑みが零れる。王妃様は王妃様で楽しんでいたようで、私は嬉しい。
「そうですわね。ですが今日は中々良かったと思いますわ。ミラベルが居たからかもしれませんけれど。愛する者の前では格好つけたいものですもの。それが私を責めるという行為であれ、殿下は王太子らしく凛々しいお姿でしたわ」
「あら。クロードが殿下を褒めるなんて珍しい事もありますね」
「こう見えましても、私は殿下に感謝しているのです。シャルルと出会わせてくれた事はもちろん、私の恋を後押ししてくれた事を。殿下の手助けが無ければ今頃、シャルルはきっと殿下の従者をやめて、何処かに行っていたかもしれませんもの。実際、そうしようと思っていたらしいですわ。そういうわけで、殿下は私とシャルルの恩人なのです」
あのダンスパーティーの夜、殿下がシャルルに本当の事を話さなければ、シャルルはきっと追いかけて来なかった。それより前から私を好きだったというから、後で悔んだりはしたかもしれないけれど。
そうなってしまっていたら、私は涙をのんで諦めていたと思う。殿下とミラベルの恋を応援しながら、自分の恋を諦める。それが最善だと言い聞かせて。
「私とシャルルは宮殿を離れる事になりますが、いつでも殿下とミラベルの味方であるという事に変わりはありません。友としてあの二人を愛しているのです。王妃様もどうか、あの二人をよろしくお願いします」
「もちろんそうするつもりですよ。ミラベルは聞き分けが良さそうなので、私の言葉も素直に聞いてくれることでしょうね」
「あら王妃様。それは私が素直では無いと?」
「さて、どうでしょう」
私の言葉に楽しそうに笑った王妃様に、不満顔を装おうとした私も堪えきれずに笑ってしまった。優しくおおらかな王妃様の協力あってこそ、今回の別居計画は成功したと言える。
万感の思いを込めてお礼を言うと、王妃様は聖女のごとき微笑みを湛えて言った。
「こちらに嫁いできたからには、あなたも私の娘。自分の選んだ道に、後悔の無いように生きるのですよ、愛するクロード」
それが、私が王妃様に貰った最後の言葉である。




