2-1
灰色の髪をした少年が、茶色の髪をした少年と、剣術の稽古をしている。私はそれを、食い入るように見つめていた。
金属の触れ合う音があたりに響く。アストラにいた頃、お兄様たちが稽古をしている様子を、よく眺めていたものだ。危ないからあっちへ行っておいで、部屋で刺繍でもしていなさい、と言われても。
ここ、ガルムステットに来て一か月。私は退屈していた。
学園への手続きはもう全て終わってしまったし、王宮でする事と言えば勉強や刺繍、読書、セドリック様との細やかなお茶会、王妃様の話し相手。まだお披露目のお茶会は開かれていないから、同じ年頃の子たちに会う事も出来ない。
外に出られるとしてもせいぜい庭園で、もう何度も散策して回った。さすがに十四歳になっても、泥だらけになって遊びまわれるほど子供じゃない。毎日同じことの繰り返しで、たまには何か変わった事を、と思いたってここに来たというわけだ。
姫様が来る場所ではありません、と訓練を見ている騎士に言われたけれど、ダメ?と可愛らしくお願いしたら、少しだけですよ、と渋々受け入れてくれた。
隣にいるメリーが何か言いたげな顔をしたのには、笑って誤魔化しておいた。メリーは口煩く私の行動を嗜めたりすることはないものの、怒ったら怖い。
剣で打ち合う二人は、真剣な表情をしていた。汗だくになりながらも一生懸命なその姿は、素直にかっこいいと思う。
ただし、私が見ていたのはセドリック様ではなく、灰色の髪の少年の方だった。彼は少し小柄なものの、自分より少し背の高いセドリック様に、果敢に立ち向かっていく。
時に地面に転がってもすぐに立ち上がり、セドリック様を追い詰めたりもする。私は、その少年から目が離せなかった。
(名前は何て言うのかしら。同じ年くらいかしら。ここにいるという事は貴族よね。婚約者はいるのかしら)
ぼんやりそんな事を考えていると、やがて稽古は終了した。彼はセドリック様に頭を下げ、私にもペコリと頭を下げて帰っていく。
私がその後ろ姿を見送っていると、後ろから声をかけられた。
「……クロード?」
不安そうなその声が、私を現実へ引き戻す。顔を向けると、セドリック様が私の様子を伺っていた。
十二歳になって、立太子も決まり、王子としての風格のようなものが出てきたようだが、私への怖れが少しあるらしい。そして身長も、私の方が高い。
だけど今はそれをからかうよりも、もっと重要なことがある。
「セドリック様。さっきの彼はどなた?」
「え?」
急に聞かれたせいか、セドリック様はきょとんとしてしまった。もうじれったいわね!
「だからさっきの!一緒に稽古をしていたでしょう?」
「ああ、シャルルだ。アディンセル侯爵の三男で……」
「シャルルって言うの?年は?」
「俺、いや私と同じだ」
「そうなのね!」
たぶん私は、とてもはしゃいでいたに違いない。そのせいか、セドリック様にしては珍しく、気の利いた事を口にした。
「従者を選ぶ事になっているのだが、よかったらシャルルを」
「本当ですか?」
「あ、ああ。気に入ったのか?」
あえて気に入ったといったのは、後ろに騎士たちがいるからだろう。もしくはただの偶然か。鈍感なのか。
私はこの気持ちが何なのか、知っている。セドリック様がそれに気がついたかは分からないけれど。
「初めてあなたに感謝しますわ」
「クロードはいつも一言余計だな」
セドリック様が私に言い返せるようになったのは、ちょっとした進歩かもしれない。だけど私がにっこりと笑うと、着替えてくる、と逃げていった。