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王子と王女の別居計画  作者: リラ
第二幕
68/75

3-11

アストラの王宮には、東西南北に星見の為の塔がある。日夜天文学者たちが研究に励み、私はそんな彼らの話を聞くのが好きだった。それにこの場所は、一人になりたい時に丁度良い。


真夜中であろうと学者の誰かがいるとはいえ、彼らは基本的に声をかけて来る事は無いし、危ない行動をしない限り見なかった事にしてくれる。私がここに来る時は大抵、眠れない時かお姉様たちに叱られた時くらいで、メリーは常に側に控えていた。


さすがに今日は何か言われるかしら、と思ったのに結局何も言われず、思わ事拍子抜けしたほどだ。隣にいるシャルルも同じような心境のようだった。研究熱心なのか無関心なのか、少しだけ判断に困る。


でも、ガルムステットへの帰還を明日に控えた今夜はありがたい。もしかしたらアストラで星を眺めるのは、今日が最後かもしれない。別居を言い渡されたと知った時、お父様はわたしの帰郷を許してくれるだろうか。


「……ね、シャルル。アストラはどうだった?」


学者は盗み聞きなどしないだろうし距離もあるけれど、ついこそこそとした声で口を開く。そんな私が珍しいのか、ただここに来てからの事を振り返っただけなのか、シャルルが小さく笑った。


「思いのほか楽しかったですよ。てっきり外に出てはいけないと言われるかと思いましたが、城内や城下町もアレクシス殿下が案内してくれました。やはりアストラは、ガルムステットよりも強固な造りをしています。城壁は、砲弾を受けてもちょっとやそっとじゃ崩れないでしょうね」

「あら。あなたの着眼点はそこなの? シャルルったら、アストラを攻める気かしら。あなた一人じゃ無理よ」

「それはもちろん。けれど、攻める側に立って守りを考えるのも大事でしょう。……ただ、城下町では少し大変でしたけど」


苦笑しながら付け加えたシャルルに、その様子を想像して私も笑う。メリーを介して聞いた所によると、アレクシスお兄様は身分を隠しもせず、積極的に人々に声をかけていたらしい。昔からお兄様には、お忍びという概念が無いのかもしれない。


ただそれは、お兄様なりに考えた行動なのだろう。側妃腹とはいえ、れっきとした第三王子。しかも麗しの。そんなお兄様が街へ降りて言葉を交わすという事は、王族への印象を悪いものにはしない筈。


アレクシスお兄様は、私たち家族を愛してくれている。それと同じように、国民たちも愛している。現国王一家と国民を繋ぐために、アレクシスお兄様は行動しているのだ。


「でしょうね。お兄様は人目を引くし、女の子には笑いかけないと気が済まないもの。もみくちゃにされてしまいそう」

「侍従の方が促さなければ、一人ずつ声をかけそうな勢いでした」

「困ったお兄様だわ。でもああ見えて、一番頼りになるのよ。アーロンお兄様でさえ、時々助言を求めているみたい。それに何より、いつだって家族の味方をしてくれるから」

「クロードがよく遊んでいたという場所も、案内してくれましたよ。お忍びで広場へ出かけ、下町の子たちに混ざって遊んでいたとか」

「あら懐かしいこと」


くすくすと笑って、その当時の事を思い出す。幼く無邪気だったころはもう戻らないけれど、楽しい思い出には違いない。これから先も、そういった思い出を積み重ねながら、生きていきたい。たとえ、不義の王妃と語り継がれようとも。


ガルムステットへ戻れば、セドリック殿下とミラベルが待っている。ようやく、終わりと始まりがやって来るのだ。


「いよいよね、シャルル。逃げるのなら今のうちにしておいた方がいいわよ?」

「逃げるなんてとんでもない。地の果てまでも、共に参りましょう。貴女を愛しているのですから」


真っ直ぐに見つめながら言われて、私は嬉しくなった。学院時代の、少し距離を詰めるだけで赤くなっていたシャルルが懐かしい。すっかり耐性が出来たのかと思うと、少し寂しい。


――まぁ、これからもからかうのは止めないけれどね。だって楽しいもの。


「シャルルったら。もうすっかり、そういう台詞を易々と言えるようになったわね。じゃあ今度、もっと難易度の高い台詞もお願いしてみようかしら」

「それは止めて下さい。何を言わせる気ですか」

「むくれないの。ふふ。そう言ってくれてありがとう。私も愛しているわ。一緒に、悪役になりましょうね」

「はい、クロード」


柔らかく微笑んだシャルルに笑みを返し、その肩に寄り添う。空を見上げれば、満天の星。私たちを祝福してくれる人は少ないけれど、星々は輝いている。自分勝手な願いを叶える事に罪悪感を覚えていた心が、少しだけ慰められるようだった。


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