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アストラ王国の王都は、二重の城壁に囲まれた城塞都市である。城壁も住居も重厚な造りをしているから、さぞや住まう人々も厳めしいのだろう、と初めて来た人は思うかもしれない。
けれど、通りを行き交う人々は皆笑顔で、立ち話をしている紳士やご婦人、駆け回って遊ぶ子供たちの姿が見えた。北側には貧民街があるけれど、大通り周辺だけを見れば、明るく活気のある街といえる。
騎士団の兵舎や訓練場、団長たちの屋敷がある区域はさすがに物々しいけれど、今回は行く事は無いだろう。懐かしい景色に自然と頬を緩ませている間に、馬車は王城へと辿り着く。これまた重厚で堅牢な造りをしている城の正面に、懐かしい姿が見えた。
「クロード。いらっしゃい。よく来たわね」
そう言って出迎えてくれたのは、結婚式以来のお母様。そしてその少し後ろに側妃ジョアンナ様。客人などが来る際、二人はいつも揃って出迎えをしている。これは、二人の間に確執も格差もないと表すため、らしい。実際その通りだけれど、周囲はなかなかそうは思ってくれないようだった。
何にせよ、まさか自分が迎えられる立場になるなんて思ってもいなかった。ガルムステットに旅立った日から、こうなる事は決まっていたのに。私がただいまという場所は、もうここでは無いと言われているようで、少しだけ寂しい。
「お久しぶりです、お母様。そしてジョアンナ様におかれましては、ご機嫌麗しく。相変わらずお綺麗でいらっしゃいますね」
アレクシスお兄様を真似た私の物言いにお母様は肩を竦め、ジョアンナ様は口元に手を当ててくすくすと笑った。豊かな淡金色の髪にサファイアブルーの瞳。すらりとしていながらも女性らしい体形で、紺色のドレスが肌の白さを引き立てている。
小さい頃、アレクシスお兄様と悪戯をしていて、しょっちゅう叱られていたものだけれど。さすがお母様自ら選んだだけあって、しっかりとした女性だった。
「すっかり大人の女性になられましたね、クロード様。あのお転婆だったお姫様が嘘のようです」
「まぁジョアンナ様。私だって成長くらいしますのよ」
「ええ、そのようですね」
「ところでクロード。そちらの方を紹介してくれるかしら」
お母様に促され、後ろに控えていたシャルルに目を向ける。見るからに緊張していたけれど、私と目が合えばすっとその場に膝をついたのは褒めてあげたい。ここでまごまごするのもそれはそれで可愛いけれど、シャルルを低く見られるのは嫌だった。
「はい。殿下の従者のシャルルですわ。護衛にと、殿下が付けてくださいましたの。シャルル、正妃様とお妃様にご挨拶を」
「正妃様、並びに準妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。この度は私の滞在も快く引き受けていただき、ありがたく存じます」
「アレクシス殿下から話を聞いたわ。とても頼りになる方だとか。あの子が言うのだから間違いないわね」
お母様の言葉に、私は素直に笑って頷く。アレクシスお兄様がそう言ってくれたのなら、私が頼りにしていたとしてもおかしくはない。そもそもシャルルは、護衛役としての腕も立つから、主人の身の回りの世話から雑務、その妻を守るのも職務に含まれている。
殿下の次に、私に一番近い異性はシャルルなのだ。私がうっかり恋に落ちたとしても、それは何ら不思議な事では無い。
手を差し伸べてシャルルを立たせてから、お母様とジョアンナ様を見る。二人とも、私の行動に少し目を丸くしていた。それはそうだろう。アストラでは通常、既婚女性は夫や家族以外に手であろうが触れさせたりはしないものだ。
舞踏会でも、既婚女性は夫と一回踊ればそれで終わり。後は仲良くお喋りをする。情報収集の場でもあるので、既婚女性にとってはそちらの方がメインだ。必然的に、売れ残り、と揶揄される人たちが目立ってしまうのだけれど……。
それはともかくとして、私がとった行動の意味するところを、察しのいい二人ならすぐに気が付くだろう。というより、気が付いてくれないと困る。
「もちろんですわ。殿下も信頼できるからこそ、選んでくださいましたのよ。ね、シャルル」
「恐れ多い事ですが」
「滞在中、何か不便があったら言って下さいね。今回はクロード様の療養が目的なのでしょうが、どうぞ我が家のように寛いでくださると、わたくしたちも嬉しいですわ」
「お気遣い感謝いたします」
「それでは中に入りましょう。いつまでも立ち話をしていたら、すっかり干からびてしまうわ」
「そうですね。さぁ、どうぞ」
二人に促され、城へと足を踏み入れる。ここから先はもう、敵地だという気分で。
お母様とジョアンナ様とは玄関ホールで別れ、シャルルは使用人たちに客室へと案内される。私はメリーと一緒に、かつて自分が使っていた部屋へと向かった。
これから、きっとお父様やお兄様、お姉様に怒られる事だろう。けれど、それすらも楽しみでワクワクする私がいる。そんな私にメリーがため息を吐いていた気がするけれど、きっと気のせいに違いない。