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ガルムステットを出て二日。ようやくそれが見えて来た。向かいに座るシャルルに、見て、と窓の向こうを示す。
「そろそろ国境の森に入るわ」
アストラとガルムステットは、森を流れる川を国境としている。交易の道でもある為舗装された道が敷かれ、故郷へ帰るには最も安全な経路なのだ。川に架けられた橋には検問所があるが、王家の紋章を見せれば悠々と通る事が出来る。
本来、王妃もしくは王太子妃が旅に出るとなれば大所帯になってしまうものだけれど、今回は一応お忍びという形での帰郷であるから、普段王族の使う馬車では無く一般貴族の使う馬車で、護衛兵や侍女も連れていない。
馭者席に騎士服姿のメリー、馬車の中に軽装のシャルルと私。ふりをしなくていいというのは、何とも素晴らしい。道中、男装姿のメリーが村娘たちに熱い眼差しを浴びていたり、シャルルとはその辺りを一緒に散策したり、新婚夫婦のように振る舞ったりして、中々に楽しい旅となった。
これで、国境を越えた後も何とか頑張れるでしょう。ずっと殿下に付き従ってきたシャルルは、もちろん国境の森を見るのも初めてらしく、あれがそうなのですね、と興味深そうにしている。かくいう私も、まだこれで二回目なのだけれど。
「来る時もここを通ったのでしたね。懐かしいのではありませんか?」
「そうね。色んな事を考えながら通ったわ。まだあなたと出会っていなかったから、ちゃんといい婚約者に、そしていい妻になろうって思っていたのよ」
「本当ですか?」
シャルルにちょっと疑わしそうに言われて、私は膨れてみせる。いつからかは忘れてしまったけれど、シャルルは私に対して遠慮なく物を言うようになった。言った後から後悔する殿下と違って、言わなくてもいい事は言わないから私は嬉しい。
「失礼ね。本当に決まっているでしょう。私はアストラの運命を背負って来たのだから」
にも拘らず、違う人に恋をして、あまつさえ、別居などを考えている私は罪深いのかもしれない。アストラの恥さらしもいい所。それでも、どんなに後ろ指さされても、絶対にシャルルを諦めたりしないと決めた。
それが、アストラの王女としての私の意地のようなものだった。何と言っても、アストラの王族は諦めが悪いのだから。
「私だってね、愛国心くらいあるわ。だから今、殿下と色々考えてるのだもの。そもそも、別居したとしても、同盟を破棄して困るのは両国とも同じなのよ。アストラは背後のガルムステットの後ろ盾を失くしては、国の存続はおそらく難しい。ガルムステットも、アストラを敵に回して、万が一にでもかの国と手を組まれては終わりだもの」
「確かにそうですね。アストラは侵略者に屈する事など無いでしょうけど」
「もちろんよ。だからこそこうして、私を殿下と結婚させる事でガルムステットとの同盟の証とした。今だって、前線では両国の兵士たちが睨みを利かせているわけでしょう?」
「ええ。ですが万が一、ガルムステットが同盟を破棄するなどとは……」
「そこは殿下の腕の見せ所ね。別居は極々私的な事、政治とは関係が無い、と主張してもらわないと」
殿下の言が、どこまで受け入れて貰えるかは分からない。それでも、国王陛下といえど夫婦の問題までは口を挟めないから、侮辱を受けたからと突然破棄するとはならないはずなのだ。
お父様とお兄様の方は、私がいかに愚かな女でしかなかったのかを見せれば、問題はない。ガルムステットに謝罪する事はあっても、その逆はないのだから。
「私はね、シャルル。あなたと幸せになりたい。あなたは?」
「もちろん、永久に貴女と共にありたい」
即答してくれたシャルルににっこり笑う。
「その台詞いいわね、好きよ。そう言ってくれてありがとう。つまり何が言いたいかというと、あなたとこの先一緒にいるためにも、同盟の存続は私の責務でもある、という事よ。そもそも、私と殿下は別居を考えた共犯者でもあるし。そこだけはきちんと助け合うわ」
そこだけは、ね。強調する私に、シャルルが苦笑しながら言った。
「そうですね、ぜひとも。私も力になりましょう。クロード一人を悪役にはさせません」
その一言がどれほど私に勇気を与えるか、きっとシャルルは知らない。これは教えてあげなくちゃ、と使命感と悪戯心が顔を出す。国境を越えてアストラに入れば、こんな自由は利かないのだから。
目一杯シャルルに触れておこう、と隣に移動して、ぎゅっと抱きしめたら途端に慌て出したので、まだまだ慣れないわね、と私はくすっと笑ったのだった。




