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クロードとシャルルが書斎へ消えた後、俺は思いっきりため息を吐いた。
性悪女め。シャルルもあれのどこがいいのか。まぁ、色々と手伝ってやったのは俺なのだが。正直、上手くいくとは思わなかった。
四年前、学園への留学準備と、婚約の披露目の為にこちらへ移ってきたクロードは、王宮で俺と剣術の手合わせをしていたシャルルに一目惚れをしたらしい。
ちょうど、立太子された俺は従者を選ぶ事になっていたから、それはいい事を聞いた、とシャルルを従者に選んだ。もちろん、頭がいい事も知っていたし、剣術も中々の腕だったという理由もあったのだが。
その後は色々あって、二人が恋人同士となったのは、去年の事である。そして、俺も……。
コンコン、と控えめに扉がノックされて、メリーが応対に出る。そしてすぐに、一人の可憐な少女を伴って戻って来た。そう、まさに可憐という言葉がぴったりの、可愛らしい女子生徒だ。
肩で切り揃えられた艶やかな黒髪と、深い碧色の瞳をしている。すらっとして細く、小麦色の肌は健康的で、大切に育てられ日焼けも知らないクロードとは真逆と言えた。本人はクロードの体形を羨ましがっているようだが、願わくばそのままでいてほしい。
「ミラベル」
俺が名前を呼ぶと少しはにかんで、辺りを見渡す。部屋の主であるクロードを捜しているのだろう。いつもの事だが、その仕草が小動物のようで可愛いものだ。
ミラベルは、ブランシュ伯爵家の令嬢である。伯爵家と言ってもさまざまで、彼女の家は中流のさらに真ん中、と言ったところか。本人はそれを気にしているが、俺にはどうだっていい事だ。
俺が、ミラベルを選んだのだから。
ゆくゆくは、ミラベルを側妃として召し上げる。もちろん合意の上だ。信頼のおける彼女の父親である伯爵にも、話しは通してあった。一つ年下のミラベルは卒業後、行儀見習いとして宮廷に上がる。そして俺がそんな彼女に目を留めた、という筋書きだ。
最初は恐縮し、クロードに遠慮していたが、クロードと立てた今後の計画を聞いて、少し戸惑いながらも頷いてくれた。
今では、クロードの部屋を尋ねるというのを隠れ蓑に、お互いに親睦を深めていると言ったところだろうか。それはクロードも同じなのだから、少しくらい感謝してくれてもいいと思うのだが。
「あの、クロード様は?」
「シャルルと書斎にいる。ああ、行かない方がいいぞ。胸焼けするからな」
挨拶に行こうとするミラベルを引き留めると、ミラベルは目を丸くして、くすくすと笑った。鈴を転がすよう、とはまさに彼女の笑顔を言うのだろう。
俺が手招きすると、隣にちょこんと腰を下ろす。すぐにメリーが紅茶を置き、頭を下げて部屋を出て行った。主人と違い、よく出来た侍女だといつも思う。アストラからどうしてもと一緒に連れて来たというから、クロードも絶大の信頼を置いているのだろう。
見習ってほしいものだ。誰に、とは言わない。あとが怖いからな。
「……本当に不思議ですよね」
ポツリと言った彼女の髪を撫でると、恥ずかしそうに俯いてしまう。それをさらに覗き込もうとすると、ぷいっとそっぽを向かれた。それが可笑しくて笑えば、笑わないで聞いて下さい、と返って来る。
「それで、何が不思議だと?」
ミラベルが拗ねてしまわないように話題を戻すと、ミラベルは小さく笑った。
「こんな風に、セドリック様と一緒にいる事や、クロード様が私を友人だと呼んでくれる事。それに、理想の恋人像であるお二人が、もう別居なんて考えている事」
「ああ、それか。仕方がないだろう。俺たちは最初から馬が合わなかった」
最初の出会いから最悪で。その後も何度か訪問したり、されたりもしたが、あの時の恐怖、いや、印象は決して覆らなかった。だからクロードがシャルルに惚れたのは好都合で、少ししてから別居計画を思いついたのだ。
その為に今こうやって、お互いに外面を取り繕い、秘密の恋人たちを守っているのである。
「そんな事より、ミラベルの話を聞かせてくれ」
俺の言葉に、ミラベルは花のように可憐に笑って、頷いたのだった。