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「さっきのあれは、本当に良かったわ!物語が書けそうなくらいだったのよ、ミラベル。あなたにも見せてあげられたら良かったのに」
ふふふ、とクロード様が嬉々とした様子で笑いながら言う。対してその隣に座るシャルル様はげっそりというか、疲れ切った表情をしていたけれど。
「ぜひ見てみたかったです。きっと素敵だったのでしょうね。想像するだけでドキドキしてしまいます」
「でしょ。主君の妻への許されぬ恋。駄目だと分かっていながら惹かれてしまった。ありがちな展開だけれど、それでこそロマンスよね。王道は外せないわ」
「まぁ実際、事実ではあるしな。今回は立場を変えているが」
私の隣で苦笑する殿下に、同じくシャルル様も苦笑する。二人とも、学院時代の事を思い出したのかもしれない。『シャルルを落とそうとしているクロードは、まさしく狩人のようだった』と殿下が言っていた事をまだ覚えている。
目線で会話する二人を、クロード様はにっこりと笑って黙殺し、話題を変えた。
「殿下はいかがですの。ちゃんと、ミラベルを連れ込むのを見られましたか?」
「ああ、まあ」
と、少し照れたように頭を掻くものだから、私も照れくさくなってしまう。昼間から連れ込んでいた、と今頃噂されている事だろう。そのまま隠し通路を通って、いつも集まっているという寝室で、お芝居を終えたばかりのクロード様とシャルル様と合流しただけなのだけれど。
お茶の時間という事で、メリーさんがお茶の支度をしてくれて、のんびりとしたものだ。まるで学院の頃に戻ったようで楽しい。懐かしいな。
「このまま殿下とミラベルがそういう仲だと認識され、ついに私は耐えられなくなる、という筋書きですわね。ところで、シャルルの台詞は王妃様が?」
「……ちゃんと自分で考えましたよ」
「まぁ嬉しい。必死で考えたのかしらって、つい笑ってしまったから、少し反省していたところなの」
「私もつられて笑ってしまったのですが、概ねうまくいったのではないでしょうか」
「そうね。メリーもありがとう。始めるタイミングはばっちりだったわ」
「恐れ入ります、姫様」
私と殿下はいつも通りに過ごしていればいいけれど、クロード様とシャルル様は大変だと思う。特にクロード様は、二人の侍女に対しても演技をしていなければならないのだから。
それでも楽しそうなクロード様は、やっぱりすごい。私が同じ立場だったら、きっとすぐにぼろを出していたに違いない。というか、別居を計画している時点で破天荒なお姫様なのだけれど。
過去にそういう例はない。側妃がいる王は過去に多くあれど、王妃は宮殿から離れる事なんて無かった。クロード様が言うには、『別居なんて恥でしか無いもの』だそうだ。
王族はプライドが高いのではなく、それが当たり前。容易に他者に屈する事は無い。別居は負けを認める事だ、とクロード様は言った。それなのにクロード様は、それをこそ選んだ。王族としてではなく自分の愛に忠実に生きる、その潔さが私は好きだったりする。
「顔を真っ青にしたアンジェリカは可哀想だったけれどね。本当に、悪い事をするわ」
「その割には、毎日楽しそうで結構な事だな」
「だって本当に悪いのは故郷に対してですもの。私はアストラの王族としての誇りを捨て、侮辱的な道をこれから歩むのですよ? きっとお父様は一生許してくれないでしょう。それでもやっぱり、シャルルと居られない方が辛いですもの。こそこそ会うしかないなんて真っ平ですわ。そもそも、殿下こそ毎日楽しそうでしてよ」
「それは当然というものだ。ミラベルと会いやすくなった。もっと言いふらしたくてしょうがない」
「もう、殿下ったら」
ついつい笑ってしまうのは、きっと私もそれが嬉しいから。そんな私を見て、クロード様が優しく笑ってくれるのも嬉しい。
これから先どんな悪意に晒されようと、私は大丈夫。最強の味方が、私にはついていてくれるのだから。




