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『クロードの美貌に惹かれないのは、殿下くらいのものだと思います』
いつか、大真面目にそう言った僕を、殿下は大笑いしたものだ。
それは確か、クロードが卒業して間もなくの頃だっただろうか。卒業してからも、いや、むしろ卒業してからの方が、クロードの人気は高かった。
街でも売られている絵姿を、お守りのように持ち歩くのが女生徒の間で流行っていたし、ある男子生徒が、実はクロードに淡い想いを抱いていた、と漏らすのを聞いた。
その度に殿下は楽しげに笑い、僕は何度も胸を痛めたのだけれど。ありえない、と思っていても、ついつい想像してしまうのだ。もしも、クロードの隣にいるのが僕で無かったら、と。
殿下と並んで笑っている時でさえ、胸は苦しくなる。昔よりましにはなったものの、今でも少しだけ。
先日、久しぶりに家に帰ったら、妃殿下に懸想しているのではないでしょうね、と母に聞かれて冷や汗をかいた。
悟られてしまうほど、顔に出しているつもりは無かったのに。さすがは生みの親、というべきか。それとも、僕が分かりやすいのか。
それをふと思い出して、殿下の昼食後に聞いてみたら、一言。
「まぁいいんじゃないか?」
と、カップを手に取りながら、軽くそう言われた。僕が思わず拍子抜けしたのも、無理は無いと思う。
「……いいのですか?」
「ああ。母上からもそういうお達しが出た。そろそろシャルルに出番を与えるとさ」
「つまり……?」
「傷ついた姫を慰める騎士の如く、クロードを陥落させろ、ということだ。母上としては、大げさなくらいに甘い言葉でクロードを誘惑して欲しいそうだ。ま、陥落も何も、すでに落ちているがな」
殿下は楽しそうに口角を釣り上げたけれど、僕としてはため息を吐きたい。
「王妃様がお味方してくれるのは良いのですが、その、楽しんでいるのは気のせいでしょうか?」
「母上も色々と鬱憤が溜まっているのだろう。好きにさせた方が身のためだ。それにな、よく考えてもみろ。クロードだぞ。アストラの花と称賛される娘だ。性格はあれだが、見目麗しいのは残念ながら否定できない。弱ったクロードは格好の餌だ。分かるか?」
「……ええ、はい」
想像したくもないが、取り入ろうとする者たちが大勢出てくる。それを避ける為に、殿下とクロードはあらゆる可能性を考えて来たのだ。
例えクロードの意志が固くても、本人の望まない形に転がる事も考えられる。
「俺たちの望みは円満に別居する事だ。余計な面倒が増える前に、クロードに愛人が出来たと言われなければ困る。つまり、頑張れ」
真面目な顔で言われても。そもそも、円満な別居とは。当事者でなければ、このまま眠って夢だという事にしてしまうかもしれない。
「……まぁ、クロードと一緒に暮らせるようになるためにも頑張りますけど」
「まぁそう苦い顔をするな。物語の登場人物になったと思って、精一杯やって来いよ。後でどんな言葉を吐いたか教えてくれ」
「他人事だと思ってますね。殿下は浮気をされる当事者ですよ」
「うむ。だからこそなるべく印象に残るようにな。その方が面白い」
「本当に、あなたとクロードは似ていますね」
「だからこそ気に入らんのかもしれないな。だから俺が求めたのは、ミラベルのような心優しく思いやりに溢れる娘なのだ」
「クロードも優しいですよ」
「お前にだけな。ほら、早く行ってこい」
しっしっ、と追い払われて殿下の部屋を後にする。しかし足は重い。クロードに会えると思えば嬉しいのだけれど。
部屋にいるのがクロードだけなら、これほど何度もため息を吐いたりしない。今日は確実に第三者がいる。そして、クロードをその気にさせる言葉を言わなければならない。それが憂鬱なのだ。
何度もため息を吐きながら廊下を歩く僕の姿は、後々、妃殿下への想いに思い悩んでいたのだろう、と噂されるようになる。




