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よく晴れた午後。黒で統一されたお仕着せの私には、少し暑いくらいの日差しが降り注ぐ中。目にも鮮やかな若草色の芝生が敷かれた王宮の裏庭では、月に一度の姫様主催のお茶会が開かれていた。
このお茶会だけが、唯一妃殿下自ら行う事の出来る物。王妃様のお茶会では一度に数十人が呼ばれているが、姫様はなるべく全員と話をしたいからと大勢を呼ぶ事はしない。だからだろうか、招待状を貰う事が、令嬢たちの間では一種のステータスとなっているようだ。
ただ、姫様に選ばれた、と歓喜したであろう令嬢たちには残念な事に、呼ぶ客は姫様が籤引きで決めているのだけれど。今回は確か、令嬢の名が書かれた紙を飛ばして、遠くまで飛んだ順で選んだはず。他にも毎回違った方法で、姫様は招待客を決めてきた。
――今回はこの方法で決めましょう! さあ、強運の持ち主は誰かしら?
そう言って、いつも楽しそうに笑うのだ。
わたしの覚えている限りでは、この人を呼びたい、と姫様が口にした事は一度も無い。立場上、というのもあるが、一番はあれこれ考えるのが面倒なだけだと推測している。
姫様も人間だから、苦手なタイプというものが存在する。その人物を引き当てた時の姫様の、苦虫を噛み潰したような顔を見たら、果たして彼女たちはどんな反応をするのだろう。給仕としてテーブルの端に付きながら、そんな事を思った。
今日の招待客は5名。身分はまちまちだけれど、年齢はほぼ同じ。大きな楕円形のテーブルを囲んで、楽しげに言葉を交わしている。それぞれに工夫を凝らしたドレスの色合いが、目にも楽しい。
けれど、最上位の席は空席のままだった。
そこに座るはずの主役たる姫様の、体調不良で来られないが、せっかくだから楽しんで帰って欲しい、という伝言を伝えて数十分。始めは落胆していた令嬢たちのお喋りは、今は止まる事を知らない。姫様の選んだ紅茶とお菓子を楽しみながらも、口を動かしている。
始めは天気の話しから入り、家族の話題、恋人からの贈り物の話、思い出話……。そして興が乗って来た彼女たちの話題は、宮廷でのゴシップへと。
「そう言えばお聞きになって?」
誰かがそう口を開けば、誰もが興味津々。何々、と聞き耳を立て、口を開いた本人はもったいぶって口を開く。私と、そして残る二人の給仕がいる事など視界にも入っていない様子で。
「さる伯爵夫人がまた愛人を作ったそうよ。ほら例の……」
「まぁ。もう若くないでしょうによくやるわね」
「本当にねぇ。昔は綺麗だったようだけれど、今じゃ、ね」
「年甲斐もなく若い男にうつつを抜かして。伯爵もそろそろ堪忍袋の緒が切れるのではないかしら」
「離縁でもされればいい気味なのだけれど」
「世間体の為にそこまではなさらないでしょうね。あの伯爵は、ほら、プライドだけは高いから」
「だけだなんて、そんな事を言ってはいけないわ」
そう言いつつ目を細めている一人の令嬢を、まるで狐のようだ、と密かに思う。そんな中、別の令嬢が周囲を確かめてから、おずおずと口を開いた。
「愛人と言えば。殿下の話を聞きましたか? あの話は本当なのでしょうか? 妃殿下を差し置いて、あるご令嬢にご執心だとか」
「どうやら本当のようですわよ。お可哀想な妃殿下。しかもその令嬢というのが何と、妃殿下が学院時代によくしていた娘なのですって」
「まぁ! それは初耳ですわ。お気の毒に」
「それに最近では、王妃様にも嫌味を言われているそうね。それで気持ちも塞ぎがちだと、部屋からあまり出て来られないと聞いたわ」
「それはそうでしょうね。あんなに仲が良かったのに、裏切られたような気持ちでしょう」
「まぁでも、殿下もやっぱり自国の娘がよくなったのかもしれませんね。妃殿下はアストラからいらした方だから、殿下も色々と思うところがおありなのでしょう」
「妃殿下に非があると?」
「そうは言ってませんけれど……」
「何はともあれ、王族の方々に私たちが口だし出来る事はありません。お二人とも大人で、頭の良い方たちなのだから、この国を悪い方向にはしないと信じるのみです。妃殿下もきっと、そう考えている筈ですから」
冷静な口調でそう言った令嬢を、私は密かに称賛する。どうやらその令嬢は、簡単に流されてしまう周りと違い、自分の意思と考えをきちんと持ち合わせているようだ。
まさかその令嬢が、以前婚約お披露目のお茶会で、姫様に無礼を働いた令嬢だとは思いもよらなかった。後日その発言の意図をこっそりと聞いたところ、少しだけ眉を顰めて、あの方には勝てないと悟ったのよ、という答えになっているようななっていないような、そんな回答をいただいた。
「ま、まぁ、ここにいない人の事を話してもしょうがないわね」
「そうですね。主役もいらっしゃらない事だし、今日はお開きにしましょう」
「それがいいですわね」
「ではそうしましょうか。ごめんあそばせ」
勢いを削がれたのか怖気づいたのか、口々にそう言いながら他の4人が席を立つ。その姿は、お尻をふりふり逃げるアヒルのようで、柄にもなく笑ってしまったのは姫様にも内緒である。
 




