1-4
なんだ、とセドリック様が私を見上げる。王太子を見下ろすなんて不敬、こんな時でもないと出来ない。ただ、いつもの事であるから、シャルルは苦笑を浮かべるだけで、メリーも慣れっこであるから何も言わない。
「ここは誰の部屋ですか?」
「……クロードの部屋だな」
「それで?何故殿下は、この部屋にいらっしゃるのですか?」
放課後は大抵この部屋に足を運ぶセドリック様だけれど、私に会いに来るためでは無い。今日は一緒に帰って来たけれど、それも別に私と仲良くしたいからでは無い。仲の良さを演出する目的以外に、別の理由もある。
「そんな態度でよろしいんですの?これから来る彼女に、恥ずかしい過去を教えてもよろしいんですわね?」
ふふふ、と笑うと、セドリック様はそんなものは無い、と強気な姿勢を見せた。あらあら。
では、とっておきの秘密を。
「実は十歳頃までおねしょを……」
「何故知っている!」
即座にそう言ってからセドリック様は、しまったという顔をした。私に勝とうなんて、二年早い。そしてこの二年は、決して埋まらない。
「王妃様が教えて下さいました。他にもたくさん。私がうっかり口を滑らせないように、ここではもう少しお客様らしい態度をしてくださいませ」
「……母上め」
恨みがましく言って、がっくりと肩を落としたセドリック様に笑い、私はシャルルに顔を向ける。
「それより、シャルル。書斎で一緒にメリーのクッキーでも食べましょう。いつものように用意してくれているはずよ。ね、メリー?」
「はい。どうぞごゆっくり。あとのお世話はお任せください」
「よろしくね。シャルル、早くこっちへいらっしゃい」
手招きしながら言った私の言葉に、微笑みながらシャルルが頷いた。「絶対に言うなよ!」と吠えるセドリック様を残し、私たちは書斎の扉を潜って、まだ何か言っている声を締め出すように扉を閉める。
そして私は、シャルルに抱き付いた。
「シャルル、会いたかったわ!」
「……く、クロード」
少し驚いた声を発するシャルルの胸に、頬を摺り寄せる。背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。あぁ、私の癒し。私の恋人。
そう、私とシャルルは恋人同士なのだ。婚約者セドリック様公認の。
私とセドリック様が仲の良さを取り繕うのは、この関係を隠すため。そして私が、早く別居したい理由がこれだ。
結婚前に恋人を作るなんて、故郷のお父様に知られたら大変な事になる。最悪、シャルルと引き離されてしまうかもしれない。けれど結婚してしまえばこっちのもの。愛人がいる事を知られようと、アストラもガルムステットも、王族に離婚は無いのだから。
結婚後の行動は、私たちの自由。結婚の数年後、私は子供が出来ない事、そして愛人がいる事を理由に、セドリック様に別居を言い渡されることになる。それまでは、セドリック様と仲睦まじい所をアピールして、本当の事は隠さなければならないのだ。
だから外では、シャルルを空気のように扱わなければいけない事が寂しい。そう思いながらさらにぎゅうっと抱き締めると、シャルルに肩を押された。どうやら、私を引き離そうとしているみたい。
「あの、クロード?もう少し離れてくれると、大変助かるのですが……」
「あらどうして?今日は学園では会っていないのに?それとも、私に抱き締められるのが嫌?」
「そうではなくて、その……。胸が……」
「胸が?」
うふふ、と笑って、そのままシャルルを見上げる。
「胸がなぁに?」
首を傾げてみせると、シャルルは言葉に詰まったように言い淀む。真っ赤になっちゃって、なんて可愛いのかしら。だけど、これ以上いたいけな青少年をいじめたらかわいそうなので、一歩下がって私の抱擁から解放してあげた。
目に見えてホッとしたシャルルに思わず笑ってしまうと、そうやってからかうのはやめてください、と言われてしまう。
身をもってからかえるのは、恋人であるシャルルだけだから、やめる事は無いけれど、今のところ満足した私は素直に分かったわと頷いて、クッキーを食べながらおしゃべりを楽しむことにしたのである。