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『お聞きになりましたかな、例の噂』
『もしや、王太子殿下の……?』
『妃殿下はお可哀想に。結婚してまだようやく三年か、という時に』
『殿下も男だったというわけですな』
『まぁしかし、三年で子が出来ないからもしや、とは思っていたのだが』
『これで、未来の王が不能では無いと証明されれば……』
『問題は妃殿下の方か? 何よりまずは子を生む事が仕事だろうに。それが無ければ、人質としての価値しかないではないか』
『おやおや。それを言ってはなりませんぞ』
「──とまぁ、うんざりする話を聞いた」
ある夕暮れ時、その日聞いてしまった会話の事を話すと、その場にいた全員が不快そうに眉を顰める。
俺、クロード、シャルル、メリーのいつもの四人は、あの初夜の寝室にいた。何故この部屋かというと、定期的に清掃が入る以外は誰も近づかないからこそ、密談をするには最適だからだ。
使用人の通路を使えば、誰に見咎められる事も無い。俺やクロードがその通路を使っていると知られたらさすがに不味いが、知られなければいいのだ。そう考えられるようになった俺は、だいぶ悪巧みに慣れて来たのかもしれない。
残念ながらミラベルは、宮殿の門限がある為に、正式に妃となるまでここには加わる事が出来ず、それだけが残念で仕方がない。
「殿下の目の前でですの?」
「まさか。話してるのが聞こえただけだ。俺がまだ二十歳とはいえ、面と向かって言えるわけがない。出来れば王族の機嫌は損ねたくないだろう。それでも構わない、というのなら話は別だがな」
苦々し気に言ったクロードにそう答えると、クロードは少し表情を和らげる。さすがのクロードも、俺の事を心配してくれたようだ。
「その点は弁えているようですわね。それにしても、私はもう二十二になりましたわ。そして、ミラベルは十九。……やっぱり若い子の方がいいんですのね!」
「……っ!」
突然声を張り上げたクロードに、体がびくっとなってしまった。そんな俺を見て、クロードがにっこり笑う。その横でシャルルが顔を反らしたのは、たぶん笑わないようにだろう。が、肩が震えているのは隠せていない。
クロードはいつもの事だからいいが、シャルルのそんな態度には少し腹が立つ。昔、剣の稽古で負ける度に食い下がっていたように、シャルルに負けたくないという気持ちがあるからかもしれない。
「そういえば、クロード。この間はシャルルに何を言ったんだ?本気で落ち込んでいたぞ。なぁ?」
咳払いをしてから、シャルルに向かってそう口を開く。シャルルは少し困った顔で笑い、言わないでくださいって言ったでしょう、とブツブツと呟いている。ただ、そんなものは無視だ。
「従者が謝っても意味がない、みたいな事を。確かにびっくりしていましたわね。つい慰めてあげたくなってしまいました」
「だから避けたんですよ、クロード。あそこで私に触れたらおかしいでしょう」
「あらそうなの?私はてっきり、怖がっていたのかと」
「……それも少しあります」
「素直ね。そういうとこ、好きよ」
くすっと笑って、クロードはシャルルの腕に自分の腕を絡める。シャルルは何とか逃れようとしていたが、その分クロードがすり寄るから、無駄な努力だった。
まったく。見せられるこっちの身にもなってくれ、というものだ。
「まぁ、なんだ。クロードの演技が真に迫っていたということだな」
「それもありますが、私が怖くなったのは、もしこれが本当なら、と思ってしまったからです。クロードにとって私はただの殿下の従者で、とるに足らない存在で、何の価値もないのだと。戻ってからもずっとそれを考えてしまって、胸が痛んでしまったのです。実際、クロードが私を好きになってくれていなかったら、あれが現実ですからね」
「まぁシャルル。私はあなたのものよ。だから大丈夫。そんな事は考えなくていいのよ」
「そうだぞ。俺にはクロードは手に負えないからな」
「ありがとうございます。お二人はそう言うだろうと思ったので、気を引き締めないと、と反省した次第です」
微笑みながらも生真面目に言うシャルルに、クロードが口角を上げる。あの、何か悪戯でも思いついた時の顔だ。
「あら。いつも余裕そうにされても困るわ。苛めたくなっちゃう」
なんて言いながら、シャルルにべったりと寄り添う。もはや、そのまま床に倒れこみそうな勢いである。
「や、やめてください! それ以上くっつかれると色々困ります!」
シャルルは顔を赤くして言っているが、クロードを振り払う事など到底できない。これは間違いなくシャルルの負け。それはそれで楽しくていいのだが。
「いちゃつくならよそでやってくれ」
深い深いため息を吐いた俺をよそに、二人の攻防はそれから数分続く事になる。




