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その日は、雲ひとつない快晴だった。
宮殿内の礼拝堂には、盛装した王族が顔を揃えている。そこへ、まず最初にガルムステット国王夫妻が足を踏み入れ、その次にアストラ国王夫妻、それから、大司教に先導されながら俺が続く。
ここにいるのはお互いの親族だけ。だからこそ、より一層気を引き締めなければならない。俺は彼らに、どのように見えているだろうか。ミラベルとの結婚式だと思え、とクロードには言われたが、笑えているかは分からない。
祭壇の脇の席に着いても、そわそわと落ち着かない。先ほどの成人の儀では、緊張する事も無かったというのに。おそらく、見られている、という意識が高いからかもしれない。
やがて、クロードの到着を告げる鐘が鳴り、俺も含めて全員が立ち上がった。正面の扉が開かれ、クロードが姿を現す。
長いベールの裾を持つのは、俺の弟と妹。まだ八歳と十歳の幼いその顔はどこか誇らしげで、少し胸は痛むが微笑ましい。
中央の通路をしずしずと進むクロードは、確かに美しいのだろう。ステンドグラスから降り注ぐ光を浴び、まるで輝いているかのように見えた。
途中でアストラ国王が進み出て、クロードの手を取る。実は今日初めてアストラ国王と会ったのだが、金色の髪を後ろに撫でつけ、口髭はたっぷりと生やし、厳つい顔つきをしているから、クロードとは瞳の色以外似ている所はない。
クロードと並んで歩いていても、唇を引き結んでいるが、それとは対照的にクロードは、ベールの下で微笑んでいるのが見えた。
アストラの花と讃えるに相応しい、優雅な微笑みとでも言おうか。ただ、祭壇にたどり着いて、差し出した俺の手を取った時には、いつものように悪戯っぽく笑ったのだが。気がついたのは、きっと俺だけだろう。
「汝は、クローディーヌ・エヴァ・アストラを妻とし、苦楽を共にすることを誓いますか?」
大司教が、宣誓の言葉を述べる。俺はこの時、本当の意味で笑ったと思う。この時を待ち望んでいたのは、本当の事だからだ。
「はい」
なるべく若々しく聞こえるように、はっきりと答える。
「汝は、セドリック・ユリウス・ルーベルを夫とし、真心を尽くすことを誓いますか?」
ちらりと見ると、クロードもまた微笑みを浮かべている。そして涼やかな声で、はい、と答えた。
この瞬間に、俺たちは夫婦となった。たとえこれが偽りだと分かりきっていても、もう誰にも引き裂くことの出来ない誓約。
指輪を交換し、誓いの口づけを交わす。高らかに祝いの鐘が鳴り響き、偽りの夫婦を祝福する。これから始まるのは、仲睦まじい夫婦の生活ではなく、次第に険悪になっていく夫婦の生活である。
俺を見上げて微笑むクロードも、同じ事を考えているはずだ。そんなクロードにつられて笑い、手を取りながら、礼拝堂を後にする。
騎兵隊に守られながら、四頭立ての屋根のない馬車に乗れば、王都をぐるりと一周するパレードの始まりだ。
道沿いには溢れんばかりの人だかりが出来ていて、俺たちに向けて笑顔で手を振ってくれている。誰もが、アストラとガルムステットとの結び付きが強くなったことを、祝福してくれていると良いのだが。
俺たちの個人的な夫婦仲はどうあれ、この同盟は何としてでも守り抜かなければならない。俺は、愚かな王になるつもりはないのだから。
隣を見ると、クロードは相変わらず優雅な微笑みを浮かべながら、沿道の人々に手を振っていた。俺が見ているのに気がつくと僅かに身を寄せて、笑顔が引きつっていますわよ、と囁いた。
やはり、クロードはクロードだ。ついつい、人の多さに圧倒されてしまっていた俺と違い、冷静に猫を被っている。
その後一時間に及ぶパレードを終え、王宮へ戻った俺たちは、衣装替えの為にそれぞれの部屋へと引き上げた。この後は晩餐会が始まる。
今日はまだまだ長い一日が続くと考えると、少しだけ憂鬱だった。