5-3
がっくりと肩を落とした殿下の背を、苦笑しながら撫でる。クロード様は満足そうに笑みを深め、優雅に紅茶を口に運ぶ。
クロード様に、殿下のからかいの種は尽きる事がないらしい。私の知らない殿下を知ってると思うと、少し悔しいような、羨ましいような気にもなる。
いつかクロード様がそんな私に気が付いて、これからはあなたの方が長くなるわ、と言ってくれたのは嬉しかったのだけど。
それでも、殿下の小さい頃を見てみたかった、と思ってしまうのは仕方がないと思う。殿下に知らなくていい、と言われてしまっては尚更に。
「殿下は懲りないですね。クロードに勝てるはずがないじゃないですか」
「お前があっさり引きすぎなんだよ、シャルル。いつかは勝てるかもしれないだろ」
「そういうの、無駄な努力って言うんですよ」
「お前な。そんなんじゃクロードの尻に敷かれるぞ」
「一緒にいられるのなら、何だって構いません。それに、クロードにならそれもよいかと」
「ああ……。昔はそんな事言える奴じゃ無かったのに。クロードに染められ過ぎだ」
「本望です。私にとっては褒め言葉ですよ」
「ああ言えばこう言う!お前は俺の従者だぞ!」
「もちろんそのつもりです」
珍しい殿下とシャルル様の言い合いに驚きつつ、ふとクロード様に目を向けると、クロード様はとても優しい目で二人の様子を眺めていた。
いつもなら、ここぞとばかりにシャルル様に加勢するだろうに。この部屋で言い合いをする二人も見納め、と思っているのかもしれない。
殿下は、クロード様には自分に対する尊敬が足りないと、よく冗談めかして言うけれど、殿下はきっと知らない。
クロード様は、誰よりも殿下を気遣っている。まるで姉のように。本人がそう言っていたから、間違いない。弟がいたら、きっとこんな感じね、と。
殿下が悪し様に噂されれば、すぐにでも犯人を突き止め、その芽を摘んでしまう。何故かクロード様の耳には、そういった情報がすぐに入るのだ。
私のクロード様の友人という立場に、嫉妬した人たちからの嫌がらせを受けていた時もそうだった。私は誰にも言っていなかったのに。
それに、殿下が落ち込んだり、元気がなかったりすると、すぐに気がついて、からかう風を装って元気付けることもしばしば。
いつもの様子からは見えないけれど、クロード様は殿下の事をちゃんと考えているのだ。たぶん殿下も、近いうちにそれに気がつくのだろう。
(本当に、クロード様が卒業してしまったら、寂しくなるわね)
なんて思うと、ちょうどクロード様と目が合って、どうかして、と首を傾げられた。
「あ、いえ。こんな光景も今日で最後だな、と」
さらに二人で言い合いを続ける様子をちらっと見ると、クロード様はしょうがなさそうに肩を竦める。
「そうね。こうなると長いわ。それにしても、あなたには色々背負わせてしまって心苦しいのだけど。これからは、堪えてもらう事が多くなるでしょう。殿下とも話せなくなってしまうし……」
クロード様はそう言って、困ったように眉を下げる。どんな表情でも、クロード様は綺麗だと思うのは、私だけかしら。
「そう決めたのは私ですよ、クロード様。クロード様がいないのに殿下と話しているところを見られでもしたら、大変な事になってしまいます」
「私たちが結婚するまで2年、それからさらに2、3年は仲の良さを演出するつもりだけれど。辛くなったら言ってちょうだいね。予定を早めてもいいわ」
「ありがとうございます。あ、そうだ。私からも贈り物があります」
「あら。何かしら」
クロード様はにっこり笑って、私が用意するのを待っている。部屋の隅に置いていた紙袋を取って戻り手渡すと、私に確認してから中身を取り出した。
期待と緊張をもってその動作を見つめていると、クロード様の顔に柔らかな笑みが浮かび、ほっとする。私が贈ったのは、ピンク色の花がモチーフのネックレスだ。
「この花は何かしら。可愛らしい」
「ローダンセです。花言葉は、変わらぬ思い、終わりのない友情。それを聞いたとき、一番ふさわしいと思ったんです」
「殿下への思いも、私への友情も変わらない、ということね。嬉しいわ。ありがとう、ミラベル」
私の思いが正確に伝わったようで、私も自然と笑みが浮かぶ。
クロード様は私の憧れの人だ。これから先も、決して変わらない。だから私は、この先何が待ち受けていようと、クロード様の笑顔を思い出せば、きっと頑張れる。
何の根拠もないけれど、この時確かに、そう思ったのだった。