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真っ赤な篝火が、夜闇を美しく照らしている。火の爆ぜる音と笑い声。後夜祭はステージの設けられた中央広場で、これまでの努力を労い語り合う。
軽食も用意されていて、野外の立食パーティーのようだ。ただ、夜というのもあってか、どこか落ち着いた雰囲気で、楽しかったイキシア祭も今日で終わってしまうという、もの悲しさを感じてしまう。
そんな感傷に浸りながら、用意された椅子に座って、ぼんやり他の生徒たちを眺めていると、隣に座るお兄様が口を開いた。
「結構楽しかったな。アストラの学園は厳しいからね。そもそも、アストラは女生徒というものがいないし、新鮮だったよ」
「私はここに入れて良かったですわ。国にいたままでは、体験出来なかった事ですもの」
「もうすぐ卒業だね。寂しいだろう?」
「そうですわね。でも、卒業したら、本格的に忙しくなりますから、そんなものは吹き飛んでしまうでしょうけれど」
クスッと笑った私に、お兄様はゆったりと笑う。
そう。私の本番はここから始まるのだ。学院はただの地固め。私と殿下の仲の良さを見せつけて、そして、殿下に愛想を尽かされた王女になるために。
最初から不仲説が流れていては、勘違い令嬢に蔓延られる可能性がある。例えば、私に紅茶をかけてきた令嬢とか。その場合、お父様は殿下を責めるだろう。
そうなって困るのはこの国。シャルルの故郷であるこの国を傾かせるのを、私は望まない。意外と優秀な殿下ならば、妃と別居したところで問題はないはずだし、私も影では殿下を、そしてミラベルを支えるつもり。
責められるのは私でなければ。あくまでも、義務を果たさないのは私。
私が王妃教育で学んだ事は、すべてそのままミラベルに受け継がれる。学院から時々来てもらう事にはなるけれど本人は、頑張ります、と前向きだ。
「聞いてもいいかな」
不意に、お兄様がそう言ったので顔を向けると、お兄様はこちらを見てはいなかった。真っ直ぐ前を見ていて、炎に照らされた横顔は静かだ。
それで私は、何を言われるのか察した。本当は、私から言うはずだったのに。
「……何ですか?」
「セドリック殿を愛しているかい?」
「好きですわ」
「じゃあ、シャルル殿の事は好きかい?」
「愛していますわ」
私の返事に、お兄様は楽しそうに笑った。その横顔を見上げていれば、こちらを見たお兄様に頭をぐしゃぐしゃ、と撫でられる。抗議の声をあげたらすんなり解放されたけれど。
もう、と思いながら髪を整える。小さい頃、お兄様たちにはよくこうやって撫でられたものだ。そう思った時、一番の懸念が頭に浮かんだ。
「……アーロンお兄様に報告しますか?」
今現在王太子であるアーロンお兄様は、ゆくゆく殿下とのやり取りも増えてくるだろうけれど、今はまだ早い。
殿下は十六歳になったばかりで、対するアーロンお兄様は二十八歳。殿下なんて簡単に丸め込まれてしまうわ。結婚前に知られるのは困る。
そんな私の心を読んだように微笑みながら、お兄様は首を振った。
「しないよ。僕は、クロードが幸せならそれでいい。それにしても、確かに可愛い猫だったんだろうね。家の家系の男たちは、僕を除いては大概厳つい顔立ちだし。惹かれるのも無理はない」
「どうして気がついたんです?」
「伊達に恋多き王子とは呼ばれていないよ。見ればわかる。第一に、目が違う。クロードの彼を見る目は輝いていたよ。剣術の時なんて、食い入るように見ていたし。まぁでも、クロードとセドリック殿の仲良さげなとこを見れば、気にも留めない程度だと思うから、安心していい。恋愛に疎い兄上は特に」
「お兄様が聞いたら怒りますよ」
「帰ったら兄上たちには、こう言うよ。あまりの仲睦まじい姿に、早く帰りたかったと。だから僕は新しい恋を探しに行くよ」
お兄様はそう言って、ウィンクをひとつ。本当にお兄様は、お茶目で優しい最高のお兄様だ。
「それではもうひとつ。お願いがあります」
「何かな?」
「セレスお姉様を不幸にしたら許さないと伝えておいてください」
「自分で言えばいいのに」
「絶対に嫌です。天地がひっくり返ったって絶対に」
「しょうがない子だ」
そう言ってお兄様はもう一度、今度は優しく、私の頭を撫でた。




