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二日目の今日行われるのは、剣術の模擬戦だ。従者をしている者や、将来は騎士団に入る予定の者たちが、日頃の鍛練の成果を披露する場。この学園祭の花形とも言えるだろう。
芝生の緑が鮮やかな四角形の競技場は、四方を観客席に囲まれている。この時間は全校生徒が競技場に集まっていて、それに学園祭の招待客を含めれば、賑やかなものだ。
試合は一組ずつ行われ、三本勝負だから、先に二勝した方が勝ち。勝った者たちには後程、学園長から勝利を意味するナスタチウムの花が贈られる。
俺の従者であるシャルルももちろん、参加者に名を連ねていた。
「頑張ってね、シャルル」
「俺の従者として恥ずかしくないようにな」
試合は順調に進み、シャルルの出番が近づくと、それまで一緒に観戦していたシャルルをクロードと二人で送り出す。
「はい。お二方に勝利を捧げましょう」
昨日の様子とは打って変わって、勇ましく頷いてシャルルは控えの間へ向かった。なんとも頼もしい姿で、主人としても誇らしい。
それを見送り、現在の試合に目を移そうとしたところで、俺にだけ聞こえるような声でクロードが小さく呟いた。
「……大丈夫かしら」
最近分かった事だが、クロードはシャルルの事に関しては心配症のきらいがある。俺の事は、心配の欠片も無いというのに。
いやでも、クロードに心配されたら、それはそれで怖いな。何を考えているか分かったものではない。
「ただの模擬戦だ。心配する事はない。それに、あいつも腕を上げたぞ。俺はもう勝てないからな」
「セドリック殿の従者殿は、それほど腕がいいのかい?」
と、後ろからアレクシス殿下が言う。昨日は自由に見て回っていたのだが、今日は他にイベントはない為、一緒に観戦しているのだ。
俺はアレクシス殿下に頷きながら、言葉を探す。クロードがシャルルに、俺の従者という以上の感情を抱いているとは、思わせてはいけない。
「はい。私はそう思っています。私の従者として、クロードの事も守ってくれるでしょう。残念ながら、私もずっとクロードの側にいるわけではありませんし。もしも私に何かあっても、シャルルが支えてくれます」
「まぁセドリック様。そんな寂しい事を言わないでください。ただでさえ、私が卒業したら休暇でしか会えませんのに」
「もしもの話だから、それほど心配しなくていい。ただ、シャルルならば、と」
「シャルルでは、セドリック様の代わりにはなり得ませんわ。あなたが私の唯一の人ですもの」
「クロード……」
感じ入ったように手をとると、クロードは嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「お二人さん。仲がいいのは結構だけど、そろそろ始まるみたいだよ」
苦笑しながらのアレクシス殿下の声でさっと手を離し、観戦に戻る事にする。
対戦相手はその日の朝くじ引きで決められ、シャルルの相手は上級生。だから、クロードは心配していたのである。
けれども、背格好だけで見るなら同じくらいで、特に心配はいらなさそうだ。後は本人たちの力次第。
多くの観客が見守る中。始め、という合図とともに、試合が開始された。
最初はどちらも様子見で、相手の出方を窺いながら剣を打ち合わせている。踏み込んでは離れ、離れては踏み込み、その繰り返し。剣が合わさる度に、観客の熱も上がった。
ちらっとクロードを盗み見ると、両手を祈るように握りしめ、真剣な顔で試合を見つめていた。その姿に、少し昔を思い出す。
俺とシャルルが稽古をする度に、どこからか聞き付けて、いつの間にかそこにいるのだ。自分を見ているわけではないと分かっていても、俺はそれが気になり、シャルルに負けた事もあった。
それに、時たま的確なアドバイスを口にするものだから、付き従っていた騎士にも驚かれていたものである。
クロードは、シャルルが一本取るとほっとした顔をして、一本取られると泣きそうな顔になった。その顔を見て、シャルルは幸せものだな、と思う。
相手がクロードでなければ、羨ましく思えたかもしれない。
やがて、試合はシャルルの勝利で終わり、俺もクロードと一緒に胸を撫で下ろした。相手が上級生だからと言って、勝ちを譲る訳もないのだが。
「ハラハラしてしまいましたが、素晴らしい試合でしたわね」
「だから腕をあげたと言っただろう」
苦笑しながら、俺がそう言った時だ。
「……しょうがない子だなぁ」
と、そんな声が聞こえて、俺は思わず振り返ってしまった。
振り返った先にいたアレクシス殿下は、客席に向けて一礼したシャルルを見つめているクロードの背を、微笑みながら見ている。
つまり、今の台詞は明らかにクロードに向けられたものだろう。
(しまった。試合に集中し過ぎていたな)
アレクシス殿下の声に、おそらくクロードは気がついていない。俺が何か言わないと、と口を開きかけたところで、アレクシス殿下と目が合う。
アレクシス殿下は、人差し指を口に当てて、何故かウィンクをする。そのお陰で俺はなにも言えず、俺はその後はずっと、もやもやとした気持ちを抱える事になってしまった。
 




