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イキシア祭の前夜祭では、毎年あるイベントが恒例となっている。
「お兄様こちらですわ!」
学園の正門前へやって来たお兄様に手を振ると、お兄様は笑いながら歩み寄って来て、しげしげと私の姿を見つめる。もっと正確に言えば、金色の飾り紐で装飾されたモスグリーンの詰襟のジャケット、細身の白いパンツに黒のブーツという、男装した私の姿を。
「クロード。兄上にそっくりだね。胸が無ければ、だけど」
「メリーにも言われました。本当は、メリーのように完璧な男装を目指したかったのですが、うまくいかないものですね。この時ばかりは、大きく成長してしまった事が悔やまれますわ」
「そういうのは言わなくていいんだよ。ところで、今日は何をするんだい?」
「ふふふ。ずばり、恋人捜しですわ!」
高らかに宣言した私に、お兄様が不思議そうに首を傾げる。それはそうだろう。私だって最初は驚いた。けれど同時に、なんて楽しそうなイベントなのかしら、と思ったのだ。反対に、殿下やシャルルは絶対にやりたくない、と頭を抱えていたけれど。
なぜなら。
「女装した男性は皆さん仮面をつけております。私たち女性は、婚約者がいればお相手を、いない場合は、くじ引きで決められた相手を捜します。行ける場所は、大広間、講堂、食堂、噴水広場の四ヶ所。見つけたら名前を尋ね、当たっていれば、相手が身につけている花をもらえます。前日に与えられたヒントを頼りにするのですが、セドリック様は、青いドレスに赤い靴、だそうですわ。誰かと被らなければ、簡単に見つけられます」
「なるほどね。楽しそうだ」
そう言ってお兄様は言葉通り楽しそうに笑う。本当はお兄様にも女装してもらうつもりだったけれど、断られてしまった。残念。きっとすごく綺麗なお姫様になるだろうに。
もちろん本人を前にそう言ったのだけれど、『僕はお姫様じゃなくて誰かのナイトになりたいな』と宣った。まったくしょうがないお兄様だ。
そんなこんなで、お兄様を引き連れて学園内を歩く。最初に一番近い食堂に行ってみたけれど、セドリック様らしき人はいなかった。
女装した男性陣は、早く見つけてもらいたそうにみんなそわそわしている。中には筋骨逞しい者たちもいて、明らかにおかしいけれど。もとより可愛らしい顔立ちならば、女装も似合っているようで、実は女子生徒なんじゃないかしら、と疑ったりもする。
婚約者がいれば、こっそり示し合わせてすぐに見つけて貰える事もあった。狡い、と言われるかもしれないが、これも手の一つではある。けれど、遊び心が無いから私は嫌いだ。だからセドリック様にはいつも、ヒントは最小限にと強要している。
すれ違った男装令嬢と情報を交換しつつ、食堂から講堂、噴水広場へ来たところで、お兄様がその姿を最初に見つけた。噴水の淵に腰かけて、何やら物思いに耽っているような令嬢(男)が一人。
「あれじゃないかい?」
「そうですわねぇ。ですがここからだと足元が見えませんわ。それに金髪ですし。それだと分かりやすいから、あえて教えなかったのかもしれませんが……。悩みどころですわね」
確かに遠目から見れば、そうだと言えるかもしれないのだけど。
「間違えたら何かあるのかい?」
「特に何もありませんわ。これはただのお遊びですから。見つけるまで続きます。ですが、婚約者であれば、一度で見つけたいでしょう?」
「それはそうだね。どうする?」
「……行ってみましょう」
少し考えて、私はその人物に近づく。足音に気づき顔を上げたその人は、すっくと立ち上がった。背筋をまっすぐにして立つ姿は優雅で、気品に溢れていて、女装だとはとても思えない。
セドリック様であろうとなかろうと、それを今本人に言ったら、きっと怒るだろうけれど。私は少し笑って膝をつき、その手を取った。立場が逆転するだけで、何とも楽しい。
「麗しの姫君。お名前をお伺いしても?」
「……お前にしては時間がかかったな。セドリックだ。ほら、受けとれ」
密かにほっとしたのも束の間、セドリック様は髪に差していた花をぞんざいに私に手渡し、ため息を吐く。
「セドリック様。せっかくですし、もう少し女性らしくしてはいかがでしょう」
「嫌だ。着替えてくる。アレクシス殿下、少し失礼します」
そう言い残し、セドリック様はさっさと寮の方へと歩いていく。素が出ていたけれど、あれくらいは許容範囲内でしょう。お兄様も、気持ちは分かると言いたげに頷いている。
「不機嫌ですわね。もう少し見せて頂きたかったのですが。何はともあれ、お兄様のおかげで見つけられました。セドリック様が戻るまで、他の方たちの手助けに参りましょう!」
苦笑しながらその後ろ姿を見送った私は、お兄様にそう告げるのだった。
ちなみに後日、嫌がる殿下とシャルルに女装させて、ついでにミラベルと私も男装して、立場逆転のお茶会をしたのは、いい思い出になっている。




