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アレクシス殿下は滞在期間、学園の近くにある迎賓館に宿泊することになっている。国賓ではあるけれど、今回は妹の学園祭を見に来た、という名目だから、派手なことはしていない。父上も、王太子であるお前がもてなしなさい、と言って俺に任せてくれた。
殿下がこちらにいる間、俺とクロード、シャルルとメリーもここで過ごすことになっている。本来ならそんなことは出来ないのだが、殿下の望みとあって特別に許可されたのだ。
初日の夕食会は、晩餐会ほど豪華なものではないが、王宮のシェフが腕を振るった。野菜のたっぷり入ったスープ、ガルムステットでとれた魚のソテー、羊肉のロースト、サラダ、デザートにはアイスクリームとベリーのパイ。
俺とクロードが並んで座り、その正面に殿下が座っている。メリーは給仕をしていて、シャルルは俺の後ろの壁の方で控えていた。俺の従者という立場でここに来ている以上、仕方のない事ではある。
その反対側の壁には、殿下の侍従のエヴァルド殿が立っていた。無表情ではあるが、時々何かを訴えるような目でクロードを見ている。最初の対面からして仲が悪そうだったから、それが関係しているのだろうが。
「こんな風に誰か食卓を囲むなんて、久しぶりかもしれないな」
「あら。そんなにお忙しいのですか?」
料理に舌鼓を打ちながら、不意に言った殿下にクロードが心配そうに問いかけた。俺としても、そんなに忙しい中来てくれたのならば、それ相応の対応という物が必要になってくる。
「ああ、いや。仕事はそうでもないんだけど……、ね?」
そう答えて意味深な笑みを浮かべた殿下に、クロードが呆れたため息を吐いた。恋多き王子というからには、おそらくそういう事なのだろう。詳しく詮索するのは止めた方がよさそうだ。
クロードも大概にして自由な王女だが、その兄も同様らしい。こほん、とクロードが咳払いをしたため、俺は話題を変えようと口を開く。
「私とクロードも、こうして並んで食事をするのは初めてですね。向かい合って座る事はありますが、夕食の席ではそれもありません」
「そう言えばそうですわ。寮での夕食は、学年ごとの席に着きますもの。今日は久しぶりに近くにいらっしゃるから、とっても嬉しいですわ」
「私も同じ気持ちだよ、クロード」
そう言った俺に、クロードがにっこり笑う。俺もそれに笑い返してみたが、心の中ではこう思っている筈だ。
『ぼろを出したら許しませんわよ』と。
ここは、大げさなくらいがちょうどいいのだろうか。しかし、やりすぎはかえって怪しいのでは?そんな風に悩む俺を置いて、クロードは楽しそうに口を開く。
「お兄様。セドリック様ったら心配性なんですのよ。この間、私が少し学園祭の打ち合わせで男子生徒と話していましたら、仲が良さそうだったと拗ねてしまいましたの」
拗ねたのは俺では無くシャルルだが、それはまあいい。
「クロード。それは殿下には言わないでくれと言っただろう。もう忘れてしまったのかい?」
「ふふ。ごめんなさい。けれど、私嬉しかったんですもの。ねぇお兄様には分かるでしょう?」
「まぁね。愛されているという事だ。でもクロード。嬉しいからってわざとしてはいけないよ?昔エヴァルドがセレス姉さんに……」
殿下はそう言いかけて、唐突に口を噤んだ。クロードを見て固まっている。そっと隣を窺うと、すっかり表情が抜け落ちたクロードがそこにいた。
防衛本能からか、思わず椅子を引こうとして何とか踏み止まる。別に俺に向けられているわけでもないのに、冷や汗が出そうだ。部屋の気温が一気に下がったような感覚を覚える。
名前を出しただけでこの反応。これは相当嫌いなのだろう。本人がそこにいるというのは、クロードの中から抹消されているようだ。そして、自分は嫌われているわけでは無いと確認できて、どこかほっとしている自分に苦笑した。
「ごめん、クロード。今のは忘れて。僕は何も言ってない。ああ、そうだ。王妃様と母上からクロードに贈り物を預かって来たんだった。ちょっと早いけど誕生日のお祝いに。もちろん僕や他の兄姉たちからも。後でメリーに持って来させよう。ね?」
必死に言いつくろう姿が、何だか俺と似ていると思う。クロードはしばらく無言だったが、やがて、何事も無かったかのように微笑んで口を開いた。
「まぁ楽しみですわ」
ほっと息を吐く殿下と目が合って、俺たちは揃って苦笑する。何とか、クロードが本格的に不機嫌になるのは避けられたらしい。
その後は特に問題も起こらず、和やかに夕食会を終えたのである。




