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お兄様と私、そして不本意ながらエヴァンは、玄関ホールを出て学園の敷地内へと向かう。
歩きながら、エヴァンは今僕の侍従をしているんだと、聞いてもいないのにお兄様が説明してくれた。
たぶんお兄様が私の嫌いなエヴァンを連れて来たのは、仲直りさせたかったからなのかもしれない。ただ、私はお兄様と腕を組んでいるのを良い事に、エヴァンの存在は早々に視界から外した。
イキシア祭の準備期間中である今は、学園の敷地内を生徒たちが行ったり来たりしている。お兄様を食堂や、講義室、大広間などに案内している間も、数人の生徒とすれ違った。
誰もが一度立ち止まって挨拶をしたものの、無駄口は叩かずに去って行く。それでも、興味津々な瞳までは隠せていなかったけれど。
「そうですわ。みんなお元気でしょうか?」
案内して歩きながら、思い出したように口にした私に、お兄様は苦笑した。最初に聞くべき質問じゃないのかな、とでも言いたそうだ。
「それぞれお元気だよ。父上も王妃様も、母上も。姉さんたちも兄さんたちもね」
私の兄姉は上から、第一王女エルネスティーヌ、二十九歳。アストラの筆頭公爵ブルダリアス公夫人。第二王子アーロン、二十八歳。アストラ王国王太子。第二王子オーガスト、二十六歳。騎士団員でもある。第二王女セレスティーヌ、二十四歳。エヴァンと結婚している。そして第三王子アレクシス、二十三歳。通称はイヴェール公と呼ばれる恋多き王子。
上三人は私と同じ、正妃エレインの子、下二人は、側妃ジョアンナの子。王宮ではある事ない事囁かれているけれど、お母様とお妃さまは仲がいい。一緒にお茶をしながら、お父様の愚痴を言い合っている二人だ。だから私たち兄妹も、何の隔たりもなく過ごせていたのだろう。
「もう懐かしく思いますわね。久しぶりにお会いしたいですが、難しいのでしょうね。留学が終わるとはいっても、アストラに帰るわけではありませんもの」
「僕らも寂しいよ。可愛い末っ子のクロードが、もうすぐ誰かと結婚してしまうなんて信じられないくらい」
「私も、少し不安ですわ。セドリック様はもちろんお優しいのですが、上手くやっていけるかどうか……」
「焦る事は無いよ。クロードはクロードらしく。しっかりとセドリック殿下を支えていく事だ」
「ありがとうございます、お兄様」
私たちがそんな会話をしていると、三人の女生徒が固まっているのを発見して、何となく声をかけた。彼女たちは、いつも私の周りにいる子たちだったから。何故ここに固まっていたのかは、想像がつくけれど。
おそらくは、私がここを通る事を狙っていたのだ。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、クローディーヌ様」
声をかけると、三人は待っていたかのように声をそろえて頭を下げた。それに少し苦笑すれば、中の一人がおずおずと口を開く。その瞳は三人とも、お兄様に向いている。
今日お兄様が来る事は学園中が知っているから、私が案内すると踏んでいたに違いない。勘が鋭いな、とちょっと感心してしまった。
「あの、もしかしてそちらの方は……」
「アストラ王国第三王子、アレクシス殿下ですわ」
「ごきげんよう、美しいお嬢様方。妹が世話になっているね」
お兄様がにっこりと魅惑の笑顔を浮かべると、三人そろって頬を染める。まぁ、それはそうだろう。何せお兄様は恋多き王子だ。笑いかけられただけで妊娠する、という馬鹿げた噂もあるくらい。勘違いさせてしまうお兄様もお兄様だとは思うけれど。
「いえ、むしろ私たちがお世話になってますわ」
「クローディーヌ様は私たちの鑑のような方です」
「さすがはアストラの花と称される王女様ですわ」
などと言う彼女たちといくつか言葉を交わす間も、お兄様は穏やかな笑みを崩さない。彼女たちがすっかり魅了されてしまわないうちに、声をかけておきながら早々と退散した。
あぁ……、という残念そうな声を後に残して。
しばらく離れたところで、もう大丈夫かしら、と息を吐くと、お兄様の楽しそうな笑みが降ってくる。
「クロードは相変わらずの猫被りだね。少し安心したよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「久しぶりに見たな、その天使の微笑み。その天使の笑顔には、強面の兄上すらころっと騙される」
「お兄様は違いました?」
「僕はふりだよ、ふり」
「ふふ。本当でしょうか」
私の記憶が正しければ、一番私に甘かったのはアレクシスお兄様だ。お姉様たちは優しかったけれど、同性だからか、ダメなものはダメ、としっかり叱られた。上のお兄様たちは、しょうがないな、と苦笑しながら聞いてくれる。
そしてアレクシスお兄様は、私のお願いは何でも聞いてくれた。これが甘いと言わなくて、何と言うのだろう。
そんな事を言うと、そうだったっけ、と惚けられてしまった。




