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卒業を控えた私の、学園最後の行事。それが学園祭。学園の紋章に描かれたイキシアの花にちなみ、イキシア祭とも呼ばれる。前夜祭と後夜祭を除いて、三日間に渡って行われ、演劇や音楽演奏、模擬店などを生徒たちの手で作り上げる。生徒の家族であれば誰でも入る事が出来る為、学園で一番賑わうイベントだ。
そして今回は特別に、ある人物を招待している。その人を学園の玄関ホールで今か今かと待っていた私は、姿を見た瞬間に思わず駆け寄ってしまった。
「アレクシスお兄様!」
声をあげて抱き付いた私を抱き留め、お兄様は笑う。
「我らがアストラの花、クローディーヌ。相変わらずのお転婆だね」
そう言って爽やかに笑う姿を見たのは、約四年ぶりだろう。淡い金色の髪と深い青の瞳をした、優しいお兄様。異母兄弟ではあるけれど、一番仲のいいお兄様だった。
特に女性に対して優しいお兄様は、恋多き王子と呼ばれ、二十三歳になった今でも婚約者すらいない。誰か一人のものになるなんて出来ないよ、と嘯いてはお妃様やお父様、そして上二人のお兄様を困らせているらしい。
そんな困ったお兄様だけれど、私の大好きなお兄様に変わりない。お兄様を見上げてにっこりと笑えば、柔らかな笑みが返って来た。
「これは失礼しました。ガルムステット王立学園へようこそ、アストラ王国第三王子、アレクシス殿下。この日をどれほど待ちわびた事でしょう」
「可憐な挨拶をありがとう。僕も会えて嬉しいよ、クロード」
一歩離れて挨拶をすれば、おでこにキスをされる。こういうところが、女性に人気の理由なのだろう。
「……あら、あなたもいたのね、エヴァン。お元気?」
お兄様から視線を反らし、斜め後ろにいた人物にそう告げる。出来れば気が付かないふりをしていたかったけれど、お兄様の手前、そんな事は出来ないのが残念だ。多少口調が冷ややかになるくらいは、許してくれるかしら。
黒髪のきりっとした目元をした青年、エヴァンは、一歩前に出ると私の前に跪いた。それを見下ろす私は、どんな顔をしていただろうか。
「はい。姫様におかれましても、ご健勝のご様子を拝見出来、この上ない喜びでございます」
私の手を取り、手の甲を額に押し当てる挨拶をしようとしたところで、すっと手を引く。忠誠を表す挨拶から手を引くのは、拒絶という意味に他ならない。
「あなたは義理のお兄様なのだから、そこまでする必要は無いわ」
「しかしこれは、私の誠意の証です。お許しください」
「お姉様を拐っておいてよく言うわね?」
「こら。こんな場所でやめなさい、クロード」
「あら失礼。セドリック様をご紹介しますわ」
お兄様に窘められた私は、笑って逃げる事にする。セドリック様は少し戸惑っていた様子だけれど、そこはさすが王太子殿下。お兄様の正面に立った時には、何事も無かったかのように挨拶の言葉を口にした。
「お久しぶりです、アレクシス殿下」
「やぁセドリック殿下。妹は迷惑をかけていないかい?」
「ええ。クロードほど優秀な令嬢はいません」
「まぁ恥ずかしいわ」
なんて照れた演技をすると、お兄様は優しく笑う。微笑ましいものを見た、とでもいうように嬉しそうに。
今回のイキシア祭にお兄様を招待したのは、せっかくだから最後くらい家族の誰かに来てほしかったというのと、何より一番は私たちの仲を見せるためだ。手紙だけでは伝わらない事を、お兄様の滞在期間である一週間の間に示しておく必要がある。
公務でお忙しい中来てくれたお兄様を、この茶番に付き合わせるには心苦しいけれど。
「噂通り、仲がよさそうで安心したよ」
「お兄様。もしお疲れでなければ、校内を案内いたします」
「それは嬉しいな」
「残念ながら、私は準備がありますので。夕食の時にまた」
セドリック様は本当に言葉通りの表情を浮かべ、お兄様に頭を下げた。実際は、緊張気味の殿下がぼろを出さないか心配だから、最初から私一人で案内するつもりだったのだけれど。
「では参りましょう?」
お兄様の腕を取り、にっこりと笑って見せる。優しく笑ってくれたお兄様を促しながら、私は足を進めた。




