3-10
「ミラベル。ごめんなさい」
王宮のクロード様の部屋に入ると、まずそう言って頭を下げられた。私はそれに驚いて、初めての王宮に緊張していた事なんて吹き飛んでしまう。どうしましょう、という気持ちを込めて殿下を見上げると、殿下は何故か窓の外を見ていた。
「……素直に謝るなど、明日は雹が降るな」
聞こえるか聞こえないかくらいの声音で言って、殿下は小さく笑う。クロード様が謝るというのはそれほど珍しいらしい。と言っても、たぶん殿下に対してだけなのだろう。それくらいは、まだ数カ月しか共に過ごしてなくても分かってしまった。
顔を上げたクロード様は、ちょっと困った顔をしている。クロード様はもう大人の女性だと思っていたけれど、実はそうでは無いのかもしれない。私たちが普段目にするクロード様はアストラの王女様で、今ここにいるのは私の友人の、ただのクロード様なのだ。
「クロード様、私は怒っています」
私なりに精一杯の怒った顔をすると、クロード様はしゅんとした子供のような顔をした。一緒にいたシャルル様も似たような顔をするから、少しだけ可笑しい。
「そうでしょうね。何でもお詫びをするわ」
「では、お願いがあります」
「何かしら」
「セドリック様にもう少し優しくしてください」
「……それだけ?」
クロード様は大きな瞳で瞬いて、不思議そうに首を傾げる。私が頷くと、悲しそうに首を振られてしまった。今日のクロード様は表情豊かだ。
「残念ながら、約束は出来ないわ。だって、楽しみが無くなってしまうじゃない」
「シャルルがいるだろう」
すかさず会話に入って来た殿下に、クロード様の唇が弧を描く。待ってました、と言わんばかりに。
「それとこれとは話が別でしてよ。仮面婚約者を演じ続けて行くには、ストレス発散が必要ですもの」
「俺でストレスを発散するな。お前にはシャルルがいるだろうが」
「もちろんシャルルにも癒してもらいますが、たまには殿下の泣き顔を見たいのですわ」
「見なくていい」
「あらあら?泣くのは決定ですのね」
「違う!誰が泣くか!」
「では泣かせてみせましょう。頑張りますわ」
「頑張るな!」
「むきになるなんて、まだまだ子供ですわねぇ、で・ん・か?」
本当に、殿下をからかっている時のクロード様の、何と生き生きとしたことか。苦笑したシャルル様が、私をそっと離れるように促してくれたので、少し離れてその光景を眺める。
主に殿下が食ってかかり、クロード様が軽くあしらっているように見えるけれど。そんなふたりの様子を、簡単に言うならば。思い浮かぶのは一つしか無い。
「なんだか、姉弟みたいですね」
「そのうち見飽きるよ。いつもの事だから」
「……不安になったりしなかったですか?」
やれやれ、と肩を竦めるシャルル様に尋ねると、シャルル様は少し口元に手を当てて考えてから、今は無いかな、と口を開いた。
「前はあったけど、相手は殿下だし。クロードが楽しそうならまぁいいかって思うよ。もちろん、他の男じゃなければね」
「私は、まだ少し不安です。なんだか夢みたいで」
「僕も最初はそう思ったよ。クロードが隣にいるなんて、ってね。だけど、知ってのとおり、クロードは全身で表現してくれるから。それを疑ったりしない。今さら殿下が実はクロードを好きだとか言っても、渡す気はないよ。クロードが望まない限りは」
「シャルル様はすごいですね」
「大したものじゃないよ。何があっても、僕がクロードの側にいたいだけなんだ」
クロード様が自分で選んだというだけあって、シャルル様はもう色々な覚悟をしているみたいだ。まだ簡単にしか聞いていないけれど、同意の上とはいえ、将来は殿下を裏切る二人。世間からの風当たりは厳しくなる。それでもきっと、二人は笑っているのだろう。
対して私は、まだまだ覚悟という物が無い。殿下の側にいたいと思うけれど、それだけでは駄目だという事は分かっている。ただただ、殿下やクロード様に導かれるままに進むわけにはいかない。私も、これから先殿下と歩むことを望むのなら、考えなくちゃいけない事が山ほどある。
少しずつでいいと、殿下は言ってくれた。だから、私は私なりに頑張ってみようと思う。数年先の未来でも、ここにいる人たちと笑いあえるように。
「……そろそろ二人を止めて、夕食にした方がいいんじゃないかな」
「そうですね。これからは私も手伝います」
「ありがとう。助かるよ」
「お任せください」
私たちはそんな事を言いながら笑いあい、飽きもせず言い合いをしている二人の元へ向かったのだった。




