3-9
「大丈夫か、ミラベル」
床に横たわったミラベルを、ゆっくりと抱き起こす。どこか呆然としているミラベルは、何度も瞬きをした。
「……セドリック様?」
まるで、現実かどうか確かめるように名前を呼ばれて、少しくすぐったい。その顔に涙の跡があるのに気がつき、申し訳なく思う。
「ああ、すまない、ミラベル。怖い思いをさせたな」
「どうしてここが?」
「それは……。色々聞いて回ってだな。それより、ここを出よう。王宮の方が近いからそっちに。明日も休日だからちょうどいい」
「い、いえ私は……」
手を引いて立たせようとすると、ミラベルは首を振る。これは、予想していなかった反応だ。
「ミラベル?」
「……私の事なんて気にしないでください。家に帰してくだされば、それで」
「それは出来ない。きちんと怪我などを確認しないと、心配だ」
「心配なんてしないでください。優しくしないでください」
「ど、どうした?何故そんな事を言う?迷惑だったか?」
突然そんな事を言われ、俺はおろおろとしてしまう。
クロード相手には、強気に出られるようになったとは思うのだが、ミラベル相手にそんな事は出来ず、情けない姿になってしまった。
「だって私なんかクロード様の足下にも及ばないじゃないですか。期待させるような事を言わないでください!」
ミラベルはそう言って、両手で顔を覆う。
その言葉の意味を認識した俺は、顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。だってこれは、期待していいということだろう?
「……期待、してくれてるのか?」
「え……?」
ゆっくり顔を上げたミラベルは、涙に濡れた瞳で俺を見つめる。その涙を拭うと、びっくりされてしまったが。
「良かった。そう思ってくれてるのなら」
「それって……」
「詳しくは後にしよう。外で馬車が待ってる」
今度こそ手を引くと、ミラベルはおとなしくついて来てくれた。外に用意した馬車に乗り込むと、俺はまずは頭を下げることにする。
何故なら、すべて狂言だったからだ。
「まぁ、ひとまず。すまなかった」
「頭を上げてください!そんな、セドリック様は悪くないですよ。私が悪いんです」
「いや、実はこれは、俺とクロードが仕組んだ事だ」
「……っ、やっぱり、私なんて」
俺の言葉に落ち込むミラベルに、慌てて首を振る。ここで勘違いされると困るのだ。何をしてるんですか、とクロードに馬鹿にされる。
「違う違う。はぐれて、監禁され、俺が助ける。そうすれば、意識してくれるはずだ、と。強引な手を使って、申し訳なく思っている」
「じゃあ、もしかして、あの男の人も……?」
「メリーだ」
「……え?それって、クロード様の」
これは思った通りの反応で、苦笑する。俺もクロードが言った時には、耳を疑ったものだ。だが、実際に見て納得した。
「侍女のメリーだ。アストラでは、よく男装をしてクロードの護衛をしていたらしい。兄君たちが男の護衛を嫌がったからだとか。一通りの武器は扱えるらしいし、体術が一番だと言っていたがな」
「……では、全部嘘だったと?」
ポツリ、とミラベルが呟く。
「すまなかった」
誠意が伝わるように謝罪したが、みるみるとミラベルの瞳に涙が溢れる。
そして、俺は今ごろ気がついた。これはまずい、と。もしかしてこれは、拗れる可能性もあるのでは?クロードに言われるがまま、こんな狂言を演じてしまったが……。
いや、クロードのせいにするのはよそう。俺も乗ったのは事実だ。
「何ですかそれは!本当に怖かったんですよ!?」
「うむ。すまない。反省している」
「誰も来なかったらどうしようって!このままなのかなって!」
「ああ、悪かった。もう二度としない」
「本当に、本当に……!」
「泣かないでくれ。どうしたらいいか分からなくなる。特に、好きな相手には」
俺の告白に、ミラベルが泣きながら固まる。わずかに口を開けたままなのが可笑しい。笑って涙を拭ってやると、ミラベルはようやく口を開いた。
「……今何て」
「ミラベルが好きだ。少しずつでいいから、俺の事を考えて欲しい」
「……っ、そんな事言われたら、もっと泣いてしまいます……」
「泣くなと言っただろう。しょうがない奴だなぁ」
ミラベルはその後、王宮に帰りつくまで泣き続けていた。ミラベルには悪いが、泣いている顔も可愛い。
そう思ってしまった俺は、怒ってるクロードも可愛い、などと言っていたシャルルの事をもう笑えないな、と思った。




