3-7
その日、私は殿下と一緒に街へ買い物に訪れていた。クロード様の誕生日プレゼントを買いたいから、と言うので、付き合ってくれと頼まれたのだ。いつも会う時は、あまり仲良さそうな様子を見ないけれど、婚約者を気遣う気持ちがあるのはいい事だと思う。
さすがに殿下は変装しているけれど、それ以外は特に変わりない。雲一つない青空で、街は今日も賑やかだ。隣を歩いているのが殿下だと思うと、不思議な気分で時折確かめるように見てしまう。
一緒に店を見て回りながら、殿下は道中で色々な話をしてくれた。小さい頃の事、弟王子や妹姫の事。好きなもの、嫌いなもの。私を気遣ってか、最近読んだ本の事。
殿下と話をするのは楽しい。私が知らない事を知っているし、逆に殿下が知らない事を私が知っていたら、素直に感心してくれる。将来はきっと、善良な王様になるに違いない。そんな事を思わず口にしたら、殿下は苦笑しながら言った。
「すでに将来は妻と別居を考えているのにな。それに、優しさだけで王にはなれない」
時には切り捨てる覚悟も必要なのだと、殿下は言った。その時の殿下が少し寂しそうだったのは、気のせいだろうか。何か言いたいけれど、言葉が出て来なくてもやもやする。
クロード様なら、どうするのだろう。
思わず周りも気にせず立ち止まり、そんな事を考えてしまった私は、殿下が隣にいない事に、しばらく気が付かなかった。
「……セドリック様?」
ハッとした時にはすでに、その姿はどこにも見当たらない。こういう時は下手に動かない方がいい。とはいえ、何もせずにじっとしているのも落ち着かない。
「どうしましょう」
「……いかがいたしました、お嬢さん?」
道の端に避けながら悩んでいると、そう声をかけられる。顔を上げるとそこには、一人の男性が立っていた。年は二十代後半くらいだろうか。どこか中性的な顔立ちで、声も男性にしては高めの声だ。
身長はあまり高くなくて、クロード様と同じくらいかもしれない。長い金色の髪を青いリボンで一つにまとめていて、その姿は物語にでも出てきそうだった。
……っと、そんな分析をしている場合ではないわよ、ミラベル。
「あの、連れとはぐれてしまって。黒髪の、お兄さんと同じ背丈くらいの男性を見ませんでしたか?」
「あぁ……。それなら先程あちらで見かけましたよ。誰かを捜している様子でしたから、もしかしたら」
「本当ですか?」
「ええ。お一人では大変でしょうから、一緒に参りましょう。知り合いもいますし、聞けばすぐに分かると思いますよ」
「ありがとうございます!」
この時私は、何も考えていなかった。一緒に捜せば見つかるかもしれない、という軽い気持ちで、この人について行ったのだ。
男性はずっと微笑みながら、何かと話しかけてくれていた。けれど、次第に人気の無い通りに入ったところで、ようやく私は不安になる。もっと早く気が付くべきだろうに。自分の馬鹿さ加減に呆れてしまいそう。
「……あの、本当にこっちですか?」
「間違いありませんよ」
「で、でももしかしたら、違う人かもしれません。もう一度戻って……」
「その必要はありません。あちらですよ。あちらに、王太子殿下がいらっしゃいます。我々が保護できてよかったです」
にっこりと笑って、明らかに人のいなさそうな建物を指す男性に、私はその場に立ち尽くした。足が震えて動けない。こんな足では、逃げてもすぐに捕まってしまうだろう。
「どうしました?」
「私は、連れが王太子殿下だなんて、一言も言っていません」
震えを隠すようにぎゅっと手を握って告げると、男性は先ほどの柔らかな笑みから一転して、人の悪そうな笑みを浮かべた。
「あぁ、私としたことが。ですが、もう遅い」
「きゃあ!」
腕を強引に引っ張られ、建物の中へと連れて行かれる。そして、私の精一杯の抵抗もむなしく、地下室へと押しこまれた。
「あなたは良い人質となりそうだ。そこで、おとなしくしていてくださいね」
どこか楽しそうにそう言って、男性は私を置いて重そうな扉を閉める。
外から鍵のかかる音がして、私は逃げ場を失くしてしまう。扉を何度も叩いても、すぐに手が痛くなってしまった。それでも何度も叩いたが、やがて疲れ果ててしまう。
本を読んでばかりの私に、体力があるわけもない。私は自分の愚かさに、自嘲するしかなかったのだ。