3-6
クロードに知られてしまってから数日後、約束通りクロードはミラベルを自室に招き、俺に紹介した。さすがに、俺から声をかけてしまったら、学園中で噂になってしまうだろう。それくらいは俺にも分かる為、遠くから見ているだけだったのだ。
あの時、そんな事を話した俺を、微笑ましそうに見ていたクロードの顔に少し腹が立ったが、連れて来てくれたことに感謝しているのは事実だ。
ミラベルは初め、緊張しているのかどこかよそよそしい感じがしたのだが、本の話題を振るとその瞳を輝かせた。
「まぁ!では殿下もあの本をお読みに?」
「ああ、まぁ。クロードに読まされたのだが、中々面白かった」
ちなみにクロード調べによると、本当に二人の趣味は似ているようで、クロードが読んでいた本は大抵読んでいるらしい。というわけで、今後の参考にと読まされたのも、無駄では無かったようだ。
話しはうろ覚えで、タイトルも覚えていない、とは口が裂けても言えないが。
「そうですよね!最後なんて特に感動しますよね。真の愛に気が付いた王子様が、これまでの非礼を詫びて、公爵令嬢に戻って来て欲しいと懇願する。令嬢の方も涙ながらに頷いて……。あぁ、素敵です」
本の話をするミラベルは、本当に楽しそうな顔をする。思わず微笑みながら見つめていると、慌てた様子ではっとした表情になったかと思うと、申し訳なさそうにしゅんとする。ころころと表情が変わって、何とも愛らしい。
「すみません、私ばかり喋ってしまいました」
「いや。何かに夢中になる事はいい事だと思う。……あんな風にならなければな」
そう言いながら俺は、視線を滑らせた。俺たちの座る場所とは少し離れて、テーブルセットが用意されている。その席に着いているのは、もちろんクロードとシャルルなのだが……。
「シャルル。あなたの好きなクッキーよ。はい、あーん。……どうかしら?」
「……美味しいです」
「本当?じゃあ次はこっちのケーキね。切ってあげるわ。はい、口を開けて。あーん」
「……えっと、クロードみたいに甘いですね」
「まぁ!ふふふ。あぁ、待って。口にクリームが付いているわ。動かないで、取ってあげる」
「あ、すみません」
「いいのよ。……あら、本当に甘いわね」
「じゃ、じゃあ、次は私が」
「食べさせてくれるの?嬉しいわ。大好きよ」
「私も、大好きです、クロード……」
「キスしていい?」
「そ、そそ、それは駄目です!」
「残念だわ」
そこだけ空気すらも甘い。甘すぎる。ミラベルに真実を見せるためとはいえ、少し、やりすぎなのではないか?クロードは楽しそうだが、シャルルはもはや限界なのでは?ちらっと俺を見た目が、助けて、と訴えているのがその証拠だ。
だが俺は、助け舟を出してやらない。これは俺の為であるとともに、クロードの為でもあるのだ。決して、クロードに勝手に喋った事への意趣返しでは無い。
「胸焼けする」
ため息をついて視線を逸らすと、ミラベルもそちらを見ていた。唖然、という表現がぴったりくる顔で。
「……本当に、あのお二人は、その」
「あぁ。将来の妻とその愛人だ」
「何だか、理想が崩れる音が聞こえます」
「そうだろうとも」
ミラベルの答えに笑って頷く。ミラベルも、すっかり自分たちの世界に入っている、というふりをしている二人から視線を外し、俺の目を見て首を傾げた。ミラベルは引っ込み思案なようだが、きちんと目を見て話をする。
「でもどうして私に打ち明けたんですか?」
「クロードは友人に隠し事をしたくないそうだ」
「友人……。本当に、そう思ってくれているんですね」
「そうだな。……俺も、もう少し、その、ミラベルと仲良くなりたいのだが、いいだろうか?ここでしか話は出来ないだろうが、もしよければ」
俺が勇気を持ってそう言うと、ミラベルは少し目を丸くして、にっこりと笑った。クロードの何かを企むような笑顔と違って、春の日だまりのような笑顔だと思う。
その笑顔を俺だけに向けて欲しい。そんな事を思ったのは、初めての事だった。クロードが他の男に笑いかける姿を見て、シャルルが少し不機嫌になる気持ちも今ならわかる。
シャルルはクロードが宥めればすぐに機嫌を持ち直すが、俺はどうだろうか。
「光栄です。私で良ければ、喜んで」
今はまだその答えは分からないが、いつか分かるその日が来る事を、ひたすらに願っている。