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「では殿下。詳しく、お聞かせ願えます?」
メリーに紅茶を入れてもらい、一息ついた所で、クロードがそう問いかける。殿下は半ば投げやりにブランシュ嬢とのいきさつを語り、次いで、向かい合って椅子に座る二人の間に立つ僕に、恨みがましそうなじっとりとした視線を向けて来た。
「……シャルル。あれほど喋るなと」
「申し訳ありません。私には修行が足りませんでした」
「誘惑に負けたのか。そうなんだな?」
確信を持った殿下の言葉に、僕は苦笑を返すしかない。
「……はい。面目ありません。ですが言い訳をさせてもらえるなら」
「何だ」
「そもそも殿下がクロードに隠すからです。隠し通せるはずがないでしょうに」
「シャルル。お前は俺の味方をするべきだろう。俺の従者なのだから」
「ですが、私はクロードに隠し事なんてしないと誓いましたので。それにゆくゆく、殿下を裏切るという役どころなわけですし……」
「そんなの表向きじゃないか」
「そうですけど」
「殿下。自分が隠し事が下手だからといって、私のシャルルをいじめないでくださいませ。困っているでしょう。ねぇ?」
尚も言い募ろうとする殿下を、クロードが口を挟んで止める。けれど、この状況を大いに楽しんでいるのは間違いない。殿下もそれが分かっているのか、盛大なため息をついて口を開く。
「だいたい、クロードは何なんだ。俺をからかいたいだけなのか。俺の恋を応援したいのか。どっちなんだ」
「両方ですわ。ところで殿下、今、恋だと認めましたわね」
「……悪いか」
ぶっきらぼうに答えた殿下に、クロードは微笑みながら首を振った。
「いいえ。こう見えて嬉しいんですのよ。あの小さかった殿下が、ついに、異性を好きになるなんて。私、涙が出そうで……、いえ、本当に涙が……」
そう言いながら顔を背け、どこからか取り出した扇で殿下からの視界を遮る。よよよ、と泣き崩れそうに見えるが、そんな事はありえない。僕には、扇の陰で舌を出すクロードが見えるのだから。
しかしながら、意外と素直なのが殿下だ。
「クロード、そんなに喜んでくれるのか……!」
感動している殿下に、この人大丈夫かな、と少しだけ心配になる。将来国王となるというのに、この素直さ。
クロードはというと、そんな殿下に笑いを堪えるように肩を震わせ、顔を上げた時には晴れやかな笑みを浮かべていた。
「もちろんですわ。男が好きなのでは疑惑が晴れましたもの」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
がっくりと肩を落としていった殿下に、クロードがくすくすと笑う。
「あら失礼ですわ。ねぇ、シャルル。あなただって安心したでしょう?ちゃんと女性に興味があったんだなって」
「いえ、そんなことはありません」
「正直に言っていいのよ?だっておかしいわ。私に興味を示さないのにねぇ。私、少し落ち込んだ事もあるのよ。そんなに女らしくないのかしらって」
「クロードは誰よりも可愛いですよ」
困ったような、悲しそうな顔をクロードがするものだから、つい咄嗟にそう言ってしまった。僕はそんなクロードの顔に弱いのだ。こればっかりはもう仕方がないので、殿下にも諦めていただきたい。
「あらそう?ありがとう」
「騙されるなシャルル。そいつは可愛くなんてない。初対面で蛇を持って追いかけてくるような女だぞ!」
「あーら、あれは殿下が悪いのですわ。追いかけて欲しそうな顔をしていましたもの」
「そんな顔はしていない!」
「そうでしたかしら?目に涙をためて誘っていたのは勘違いでしたのね」
「誘ってない!お前はいつもいつも……!俺に対する尊敬が足りない!そうは思わないかシャルル!」
「まさかそんな。別居を言い渡してくれるのは殿下ですもの。それまでは尊敬していますわ。ねぇシャルル?」
「それまでとは何だ!」
「あら。つい本音が」
「大体お前は王女らしくないぞ!」
「今の言葉はいけませんわ。カチンと来ました。殿下がそのつもりなら、受けて立ちましょう!」
わーわーと言い争いを始めてしまった二人に、僕はこっそりため息を吐いた。僕はどちらの味方をするべきなのだろうか。
殿下の味方をすれば、クロードが文句を言うだろうし、クロードの味方をすれば、殿下から文句を言われる。中立を貫こうにもそれはそれで、どっちの味方なんだ論争が繰り広げられる事が目に見えていた。
……ただ、どちらにしても、今、僕が言いたいのはこれだけだ。
「……草原に行きたい」




