3-4
「どういう事か説明してもらおうか」
クロードを部屋に送り届けてすぐ、俺はそう問いかけた。自然と低い声になってしまったが、クロードはどこ吹く風。
「あら。何の事でしょうか」
そう肩を竦めて惚けながら、ネクタイを外してメリーに渡し、自分は優雅にソファに腰を下ろす。そんなクロードを追いかけ、目の前に仁王立ちになってみても、余裕で微笑んでいた。
「惚けるな。何故お前はブランシュ嬢と一緒にいたんだ」
「そんなものは当然、友人だからでしてよ」
……今、クロードは何と言った?
友人とか聞こえたような気がするが、聞き間違えだろうか。そんな事を思っていたら、同じ言葉が口をついて飛び出る。
「何と言った?」
「あら、聞こえませんでしたか。私とミラベルは友人なのですわ、殿下。先日、偶然愛読書が同じだと知り、声をかけましたら、すっかり意気投合しましたの。それからは、本の貸し借りもしておりますのよ」
「偶然?本当に偶然か?おいシャルル」
後ろのシャルルを振り返ると、あからさまに視線を反らされた。私は何も知りません、と答えたが、その言葉には説得力の欠片も無い。
「怪しい、お前は」
「あらぁ?私がミラベルと仲がいいと問題でも?」
シャルルを追求しようとした俺の声を遮り、クロードが楽しそうに言った。振り返ってみると、嬉々とした表情をしている。その顔があの日の顔と重なったが、きっと気のせいに違いない。
「いや、別にそういうことではない。シャルル、お前は本当に……」
幼き頃の幻影を振り払うように顔を反らし、またシャルルを追求しようとしたが、それを許してくれるクロードでは無かった。
「あらぁ?」
「今度は何だ!」
と、また振り返って、俺は後悔する。
嬉々とした表情のクロードは、まさしくあの日と同じ、新しいおもちゃを見つけた時のような顔をしていた。
「どうして、殿下はミラベルをご存知なのでしょう?不思議ですわね?」
「それは……」
「その口ぶりだと、私が友人になる前から知っていたご様子。どうしてでしょうか?」
「そ、それは、たまたま、よく図書館に行くから知っていて」
「名前も?」
「司書と喋っているのを聞いた」
「それならば、知っていて当然ですわね」
「そうだろう」
納得した様子のクロードに、俺がほっとしたのも束の間。クロードは、獲物を追いつめにかかるかのように、さらに言葉を紡ぐ。
「ですが。どうして、よく図書館へ行くように?以前は、必要ない、などと見栄を張っていましたのに」
「見栄……。ま、まぁ俺は王太子だからな。生徒たちの模範となることを決めたんだ。俺も成長したからな」
「まぁ、そうでしたか。自分で言うのはあれですが、私ったら、まったく気がつかず」
「お前は一言多いが、まあいい。気がつかれないようにしていたんだ。照れくさいだろう?」
「まぁまぁ。本当に私ったら勘違いを」
クロードはしおらしくそんな事を言って、困ったような顔をする。やけに芝居がかっている気もするが、きっと気のせいに違いない。シャルルとの事が落ち着いて、可愛げという物が出て来たのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。そうでなければ困る!
だがやはり、クロードはクロードだった。俺の希望と言うか願望は、あっけなく打ち砕かれた。
「てっきり私は、殿下がミラベルに恋をしたのかと思いましたのに。ですから、私が先に仲良くなれば、と。そうすれば、殿下も自然とお話が出来るかと思ったのですが」
「なっ……!」
「残念ですわぁ。せっかく、ミラベルをそろそろ殿下に紹介しようと思っておりましたのに。必要無くなりましたわねぇ」
「ちょっと待て」
「私が卒業したら、奥手な殿下には接点が無くなると思い、シャルルとのご恩返しにと行動しましたが、いらぬお節介だったようですね」
「いいから待て。少し話をしようじゃないか」
「私の気遣いも水の泡だったなんて、残念でなりませんわ」
クロードは、俺の言葉などはなから無視で、残念ですわぁ、としきりに首を振る。
「あぁ、でも。私とミラベルの友情は永遠ですもの。そもそも殿下に関わりはございませんでしたね?」
「待てと言っているだろう!」
そう声をあげてしまった瞬間に、俺の負けは確定した。
ふふん、と満足げに笑うクロードに、俺はがっくりと肩を落としたのだった。




