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ガルムステット王立学園は、貴族の子女たちが通う学校である。全寮制で、共同生活をしながら勉学に励む。十二歳から十八歳まで通い、一般教養からマナー、社交を学ぶのだ。
私が学園に留学生として入ったのは、十四歳の時。つまり、十二歳で正式に王太子となったセドリック様が入学するのと同時だった。
ガルムステットに来たのは、それより三ヶ月くらい前で、婚約者としてのお披露目のお茶会も開かれたりしたけれど、退屈だったという思い出しかない。
留学した始めこそ、"アストラの王女"として見られていたけれど、それから四年経った今は、表面上は仲のいい私たちの努力のおかげか、"王太子の婚約者"として見られる事の方が多くなった。
最終学年である私は、あともう少しで学園を卒業する。その後二年は、王宮で花嫁修業という名の未来の王妃教育が始まる事が決まっていた。
まぁ、その修業は、無駄な努力に終わるのだろうけれど。
「……あら、あちらにいらっしゃるのは殿下ではありませんか?」
その声に私は足を止め、言葉を発した令嬢の視線の先を辿った。花咲く庭園で、男女が向かい合って立っている。
男子は黒のスラックス、女子は黒地に赤のチェックが入ったスカート。ブレザーは同じく深紅。それが、平等を謳うこの学園の制服。
そんな制服姿の二人が、和やかに会話をしている。確かにそれは、不本意な婚約者のセドリック様だ。
ちょうど時刻は下校時間。沈みかけた太陽が辺りを照らし、陰影を作り出している。校舎のすぐ隣に建つ寮に帰るだけだというのに、私の回りには令嬢が四、五人はいる。いわゆる取り巻きだけれど、正直言っていらない。
だけど勝手についてくるし、表向きは優等生である私に、彼女たちを追い払う事なんて出来なかった為、いつの間にか当たり前になってしまったのだ。
「あら本当。一緒にいるのは誰かしら」
「この位置だとよく見えないわねぇ」
物見高い彼女たちは、口々に言いながらそちらを見ている。私はため息を吐きたくなるのをぐっと堪え、口を開いた。
早く帰りたい。と思いながら。
「皆さん、そんなに見ていてはいけないわ。密会の最中かもしれなくてよ」
「まぁ密会だなんて!」
「クローディーヌ様はお心が広いですわ」
「わたくしならすぐに声をかけに行きます!」
彼女たちは、王族の結婚を何だと思っているのかしらね。王族の結婚に、自分たちの意思なんて無い。私たちの結婚は国の為の、言ってしまえば義務だ。
「さぁ、行きましょう」
「本当によろしいんですの?」
「私はセドリック様を信じているもの」
にっこりと笑って言うと、彼女たちは頬を染めて小さな悲鳴をあげる。そのせいで、セドリック様がこちらに気がついてしまったじゃない。
女子生徒に何か告げると、こちらへ歩いてくる。夕日に照らされた茶色の髪を揺らし、足の長さを見せつけるかのようにゆったりと歩く。その姿に、またも周りから悲鳴が上がった。
あれのどこにそんな要素が、といつも思ってしまうのだけど。セドリック様は私の前に立つと、爽やかに笑って言った。
「やぁ、愛しいクロード」
その瞬間、背筋に寒気が走った。