3-2
「じゃあ、シャルルは何も知らないのね?」
クロードからそう問いかけられて、僕は神妙に見えるように頷く。いつも通りにクロードの部屋で過ごしていたら、最近殿下の様子がおかしいのだけど、という話になったのだ。
僕の斜め前の椅子に座ったクロードは、残念だわ、と目を伏せて長い足を優雅に組む。チラリと見える太腿が美しい……。
と思ってしまい、そっと視線を反らした。
今日のクロードは、明らかに誘っている。いつもより短めのスカートと、三つほど開けたブラウスのボタンがそれを物語っていた。
十五歳になり成人に近づいたとはいえ、まだまだ僕には刺激が強い。目のやり場に困ってしまう。
分かっている。これは彼女の策略だと。確実に、僕が理由を知っていると確信しているのだ。これは僕を嵌めようとしているのだ。
ちらっと視線を戻すと、クロードは身を屈めて、僕の視線を捉えてにっこりと笑った。組んだ足に頬杖を付き、楽しそうに僕を眺める。いつまでこれに耐えられるかしら、と言われているような気がした。
正直、耐えられそうにない。殿下に、クロードには話さないと約束したのに。
「シャルル。顔が赤いわよ?」
「っ、何でもありません」
「そう?私でいけない妄想をしているのかと思ってしまったわ」
「……まさか、そんな」
返答に間が空いた事には、あえて何も言うまい。クロードは、上目遣いで首を傾げる。
「魅力が足りない?」
「もう十分です」
「それなら良かった。……メリー」
ふわりと笑ったクロードは、空になった紅茶のカップを手に取ると、少し下がって控えていたメリーを呼ぶ。
そういえば、メリーは金色の髪をいつも三つ編みにしているけれど、時々クロードがしているというのは本当だろうか。と、そんなどうでもいい事を考えながら、近付いてくるメリーを見た。
メリーは僕らのやり取りを、いつも静かに見守っている。あまり表情が変わる事は無いけれど、主人の意思を大切にしているメリーは、どんな時でもクロードの味方である。
もちろん、今も。
「申し訳ありません、姫様。私としたことが、お湯が足りなくなってしまいました」
「あら。では貰ってきてちょうだい。ついでに、茶葉を変えてくれる?確か、お母様に貰ったものがどこかにあるはずよ」
「かしこまりました。ただ、少し時間がかかるかと。別の場所に保管してありますから」
「私はどれくらい待っても平気よ。ゆっくり、探してらっしゃい」
「では、しばしお待ちを」
頭を下げて、メリーは部屋を出た。もちろんこれも、クロードの策略なのだろう。
「今日は暑いわねぇ」
二人きりになった部屋で、クロードは襟元を寛げ、パタパタと顔を扇ぐ。涼しい顔は、まったく暑そうには見えないにもかかわらず。
その姿に、思わず生唾を飲み込んでしまった僕は、これ以上は無理だ、と悟る。変な事を口走ってしまう前に、敗けを認める事にした。
「……殿下は、とある伯爵令嬢に、興味があるみたいです」
「まぁ!素敵ね!どこの誰?」
「ミラベル・ブランシュ嬢です。僕らの一つ下なので、クロードの三つ下ですね。本が好きらしく、図書館によくいるので、殿下も毎日のようにそちらへ行っています。クロードにからかわれるから絶対に言うな、と言われました。隠し事をしてすみません」
「教えてくれてありがとう、シャルル。お礼に何かしてあげるわよ」
「……では、一つ」
「なぁに?」
「触っていいですか?」
クロードは僕の言葉にパチパチと瞬きをして、次いでゆったりと笑った。
「どこを?胸かしら」
「今のは違います!間違えました!」
「じゃあ触りたくないのね?」
「そんな事は無い、事も無いですが。抱きしめていいですか、と言うつもりで、その……、僕は何を言って……」
「いいわ。おいで?」
立ち上がったクロードは、僅かに首を傾げるようにして両腕を広げる。僕も同じく立ち上がり、誘われるようにしてそっと抱きしめると、花のような香りが鼻腔を擽った。
僕は、甘い香りにつられた蝶か蜜蜂なのかもしれない。はぁ、と思わずこぼしたため息を、クスクスと笑われる。一体、誰のせいだと思っているのだろう。
「意地悪してごめんね」
「他所ではしないでください」
「もちろん。私を自由にしていいのはあなただけよ」
「あまり可愛い事を言わないでください。クロードより年下ですけど、男なんですからね」
「ふふ。知ってるわ。早く、もっと大人の男になってね。楽しみにしているから」
楽しそうに笑うクロードに、僕はやっぱり勝てない。殿下には後で精一杯の謝罪をするとして、今はクロードをぎゅっと抱き締めた。