2-10
「あの時のシャルルの顔を、あなたにも見せてあげたかったわ。ぽかん、とした顔をしてね、次の瞬間には真っ赤になったのよ」
そう言いながら、ふふっと思い出して笑ってしまう。
私にとってあの夜は、泣いたり笑ったり、嫉妬もしたり、忙しかったような気がする。
そして一番嬉しかったことが、シャルルの告白だった。セドリック様の策略である、あのドレスのお陰だろうか。
緊張して踊れるわけ無い、と照れて俯いたシャルルの頭を、可愛いなぁ、と思いながら撫でていた事は内緒にしている。可愛いなんて言ったら、きっと拗ねてしまうから。
私の話を、時々相づちを打ちながら楽しそうに聞いていた隣のミラベルは、感心したような声で言う。
「クロード様らしいですね。私ならそんな事、とても出来そうにありません。恥ずかしいじゃないですか」
「だって、シャルルからしてくれそうになかったもの。照れ屋だから」
「その時のクロード様が、私の一個上なだけなんて信じられませんよ」
年齢を誤魔化してませんか、狡いです、なんて唇を尖らせるミラベルに、私は愉快になった。この学園で、私に向かってそんな事をいう人はいなかったから。
私の周りにいる人と言えば、もちろんセドリック様とシャルル以外でだけれど、彼ら彼女らは私を褒める言葉しか口にしない。おべっかを使って、私に取り入ろうとする人ばかり。
軽口だろうと、狡い、なんて言葉は使わない。素敵、さすが、素晴らしい。この三つが一番よく聞く言葉だ。
王宮では常に、誰もが少なからず猫を被っている。それが悪いとは思わない。何せ、私とセドリック様がその筆頭なのだから。
それなのにミラベルは、初めこそ恐縮していたものの、今じゃ素直に思ったままを口にしてくれる。だからこそ、セドリック様も惹かれたのだと思う。
「ミラベルは可愛いわね」
と言いながら、顔にかかる髪を耳にかけてやると、やんわり払いのけられてしまった。
「やめてください、照れちゃいます」
「私相手に照れてどうするのよ。でも、あなたはそのままでいてね。将来は、私が悪役になってあげるから。あなたは、殿下に守られていればいいわ」
「……クロード様は、いいんですか?」
「いいのよ。その方が、あなたを受け入れやすいでしょう?」
笑って首を傾げると、ミラベルは困ったように眉を下げる。優しいミラベルには、心苦しいのかもしれない。
私は、セドリック様の卒業を待って結婚する。けれどもちろん、私たちは夫婦生活を営むつもりは毛頭無い。王太子妃としての義務を果たさなければ、冷遇されるのは必然。将来的に、王妃となるなら尚更。
その義務から逃れるように愛人を作り、王太子を遠ざける妃。そんな中で王太子が、行儀見習いとして上がっている可愛いらしい娘に惹かれたとして、誰が文句を言えるだろうか。
「その頃には、私とあなたが友人だったなんて、誰も覚えていないわ。覚えていたとしても、嘲笑われるだけでしょうね。私が責任を果たさないのが悪いんだ、って。責められて当然という事を、私はこれからするの。私にもシャルルにも、その覚悟はあるわ」
「私はそんな事、本当は嫌です。でも、それがクロード様の望み、なんですよね……」
「ええ、そうよ。私は私の為に生きるの。誰に何と言われてもね。後悔するのが一番嫌だから。アストラの王女としては、失格なのでしょうけれど」
「格好いいです。私が男なら、きっと好きになっちゃいますね」
「あら駄目よ」
くすっと笑うと、どうしてですか、と拗ねたように口にする。本当にミラベルは、なんていい子なのだろう。私とは大違いだ。
「だって、私が男だったらシャルルとはお友達にしかなれないじゃないの。それに、勝ち目の無い殿下が可哀想よ」
ミラベルは虚を突かれた顔をして、くすっと同じように笑った。クスクスと笑い合う私たちは、周りからどう見えただろう。
将来的に、決して相容れない関係になるとは、夢にも思っていないに違いない。
「そろそろ騒がしくなるでしょうから、あなたは行って」
騒がしくなる、とはセドリック様が来るから、という意味だ。そしてなにも、意地悪で言っているわけではない。
学園では、ミラベルとセドリック様に大した接点は無かった、という事にしたいから。この時から二人が仕組んでいた、と思われないように。あくまでも、悪役は私でなければならない。
その点をミラベルは、よく分かってくれている。
「もうそんな時間ですか。お話し出来て楽しかったです、クロード様」
「ごめんなさいね」
「これも試練だと思って頑張ります」
そう言って花開くように笑ったミラベルを、私は本当に綺麗だと思った。