2-9
僕は少しだけ昔の事を思い返しながら、ゆっくりと口を開く。あれは、僕が殿下の従者になったばかりの頃。
二年経った今でも、色鮮やかに思い出すことが出来る。
「以前、婚約のお披露目のお茶会がありましたよね」
「ええ。退屈だったわ」
「あの時あった事を、覚えていますか?」
「さぁ……。何かあったかしら」
「ある令嬢から、ドレスに紅茶をかけられたでしょう。わざと」
「そうだったかしら?」
うーん、とクローディーヌ様が悩んでいる。どうやら、本気で覚えていないらしい。それほど、どうでも良かったということだろう。あの令嬢にはお気の毒としか言えない。
僕としても、あれを忘れられるという事は、少し驚きだけれど。出席した人たちで、あの日の事を覚えてる人は多いはず。
「はい。あの時あなたは、お返しとばかりに、その令嬢にポットの中身をぶちまけました。そして、にっこりと笑って言ったんですよ。これでお揃いね、と。その時僕は、あなたに心を奪われてしまったのです」
紅茶をかけられ、驚いた顔をして。けれど、その令嬢が、あろうことか馬鹿にするように笑った瞬間、侍女の手からポットを奪い取り、無表情で中身を令嬢に向けてぶちまけた。
王女に無礼を働く令嬢など、いかがなものかと思うけれど。どこをどう勘違いしたのか、どうやら、自分が婚約者になると勘違いしていたらしい。
殿下とクローディーヌ様の婚約は、幼い頃から決まっていたというのに。親に甘やかされてしまったのかもしれない。
まぁとにかく、耳障りな金切り声をあげた令嬢に反して、クローディーヌ様が浮かべた満足そうな笑みから、僕は目が離せなかった。
「なんて強い人なんだろうと思いました。僕の回りには、妹や従姉妹ですけど、すぐ泣く女の子しかいなかったので」
「性格悪いな、って思わなかったの?」
「性格が悪いのは、あなたに紅茶をかけた令嬢の方じゃないですか?恥をかかせようとするなんて」
改めて思い出すと、むすっとしてしまった。けれど、そんな心配はいらないほど、クローディーヌ様はいつだって笑う。
自分に向けられる悪意さえも、笑って受け流せる。そんなクローディーヌ様が、僕は好きなのだ。
「ありがとう。私の代わりに怒ってくれるのね。シャルルのそういうところ、好きよ」
「へ?」
さりげなく好きと言われ、呆けた声が出てしまった。いや今のは、告白の返事だと思っていいのだろうか?
「あの、ええと、クローディーヌ様は……」
「クロードよ。そう呼んで。さっきも呼んでくれたでしょう?」
「……それじゃあ、クロード」
僕が名前を呼ぶと、クローディーヌ様……、クロードは、華やかに笑う。思わず見惚れていたら、くすっと笑われてしまった。
「ええ。なぁに?」
「クロードの返事をちゃんともらいたいのですけど、駄目ですか?」
「あら、欲しいの?」
「出来れば」
「しょうがないわねぇ。では、目を閉じて」
「閉じたらいなくなる、なんて事は無いですか?」
「そこまで意地悪くはないわ。見られていると恥ずかしいでしょ」
早く早く、と促されて目を閉じる。すると、隣で立ち上がる気配がして、まさか、と思った。やっぱりいなくなって、からかう気なんじゃ、と。
けれど次の瞬間、肩に手が置かれたかと思うと、唇に柔らかいものが触れ、少しして離れていった。はっと目を開ければ、クロードが僕を見下ろして、にっこり笑いながら言った。
「私はシャルルが大好きよ。だから私の愛人になって」




