2-8
噴水の側に置かれた椅子にクローディーヌ様を座らせ、自分の上着を脱いで肩に着せかけてあげた。クローディーヌ様はちょっと笑って、ありがとう、と上着をぎゅっと握りしめる。
ひとまずこれで、胸元を心配する必要は無くなった。そう思った事は内緒だ。
「あの、すみませんでした、クローディーヌ様」
隣に座りながら、まずそう口にする。ちらっと様子を窺うと、こちらを向いたクローディーヌ様は、怖いくらいの笑顔を浮かべた。
思わず視線を反らしてしまったら、「こちらを向きなさいシャルル?」と、猫なで声で言われる。視線を反らす事は許してくれないようだ。
また視線を合わせると、にっこりと笑う。怖い。でも可愛い。なんだろう、この感覚は。
「……どうして謝るのかしら。私じゃなくてあの子を選ぶってこと?」
「違います。あれはその……、つい」
「つい?ついって何よ?」
クローディーヌ様の眉間に皺が寄る。さっきの事を思い出しているのかもしれない。
確かに、あれは僕が悪かった。一緒に踊るという言葉を、嘘にしてしまった。だから怒っているのだという事くらい、もちろん分かっている。
そう。分かってはいるのだけど。
「ああ、いえ、その……。クローディーヌ様と踊るなんて」
「まぁ!嫌だったって言うのね?」
「そうじゃなくて!だって、そんなドレスのあなたと踊るなんて、どこを見ればいいんですか!」
「顔を見ればいいじゃない。それとも、顔すら見たくないってこと?」
「そんなの綺麗過ぎて直視出来ません!僕には無理です!」
「何よそれ?他の子とは踊るくせに!」
「他はなんとも思ってないからだよ!僕だってあなたと踊りたかった!だけど、あなたとなんて緊張して踊れるわけ無い!」
僕の言葉にクローディーヌ様はびっくりした顔をして、不意にクスクスと笑いだした。「シャルルの素が見れたわ」なんて言って嬉しそうに。
僕もつられて笑ったけれど、たぶん苦笑にしか見えなかっただろう。
(ああもう。僕は何を言っているんだ、恥ずかしい)
はぁ、とため息を吐く。僕には、クローディーヌ様と平気な顔をして踊るなんて無理だ。微笑む演技まで出来る殿下が信じられない。
それに、下心が透けて見える他の生徒たちと同じように見られたくなかったし、クローディーヌ様にもそう思われたくなかった。
意識しすぎよ、とクローディーヌ様は笑う。僕はといえば、分かってるので言わないでください、と両手で顔を覆って俯いた。
そんな僕の頭を、クローディーヌ様が優しく撫でる。弟みたいな感覚でしているのだろう、と思って切なくなった事もあったっけ。
「ねぇ、シャルル。あなたはどうして、私を追いかけてきたの?」
しばらく撫でられままにしていると、静かな声で問いかけられる。
「……それは、あなたが心配で」
「まさか、ただそれだけ、なんて言わないでしょうね?」
少し楽しそうな声が降ってきて、僕はゆっくり顔をあげた。頭を撫でていた手が離れた事を少し残念に思いつつ、クローディーヌ様の澄んだ瞳を見つめる。
目が合うと、眩しそうに細められた。
クローディーヌ様の瞳は、魔法のようだ。うっかり沈みこんでしまったら、もう後には戻れない。出来る事なら独り占めしたいと言ったら、独占欲が強いわね、と笑うだろうか。
「あなたが好きだからです」
僕の告白に、クローディーヌ様は、とっくに知っていたとでも言うように、満面の笑みを浮かべる。
「本当に?」
「はい。実は、ずっと前から」
「それはいつかしら?」
こてん、とクローディーヌ様が首を傾げる。可愛いと分かってやっているから狡いけれど。クローディーヌ様の場合は、嫌みが無いから不思議だ。
だけどそれは、惚れた弱み、というものかもしれない。