2-5
煌めくシャンデリアと、燈された蝋燭の揺らめき。いつもは式典で使われる退屈な大広間も、その日ばかりは誰もが笑っている。令嬢たちは美しいドレスで着飾り、男性陣は黒の燕尾服。
いつもの学生服を脱ぎ、貴族らしく交流をする。それが、学期末の最後の行事であるダンスパーティーだ。
婚約者がいれば、婚約者に贈られたドレスを身に着けて参加する。クロードももちろんそうだ。クロードは、俺が贈った深い青のドレスを身に着け、髪には真珠の髪飾りを付けている。その髪飾りは俺が贈ったものでは無いが、周りがは俺が贈ったと思うだろう。
誕生日に、初めてシャルルから貰ったもの。クロードはそれを、必ずダンスパーティーの時に身に着ける。この意味が分からないほど、シャルルが鈍感でないといいのだが。
「セドリック様?」
一人で笑っていると、隣から怪訝そうな声がする。横を見れば、クロードが首を傾げていた。その姿を、男たちがちらちらとみている事を、果たして本人は気が付いているだろうか。
胸元が大胆なドレスを贈った俺に言えたことでは無いが、今夜のクロードは美しいというよりは艶めかしい。シャルルに早く見せてやりたいのに、今日はアイツも学生として参加するため、まだ姿を見ていない。
クロードをエスコートしながら歩けば、視線が一気に集まる。
「視線が痛いですわね」
「そうだな。だが今日はダンスもある。しかも、最初のダンスは俺たちだけだからな。もうしばらく絶えないといけないぞ」
「私とのダンスを嫌がるなんて、セドリック様くらいのものですわ」
くすくすと笑うクロードに、俺はため息を吐く。昔、ダンスのレッスンの最中に、俺の足を踏みまくったのはどこの王女様だったか。
「足を踏んでくれるなよ」
「今日は踏みませんわ」
優雅な笑みをたたえたクロードに笑い返せば、どこからかため息が漏れる。俺たちの姿は、羨望の的であった。そう見せようと思ったのは、クロードがシャルルを好きになったからこそだ。
俺たちの結婚は、覆す事が出来ない。けれど、もしも今醜聞を犯せば、アストラ国王も父上も激怒するだろう。最悪、シャルルを断罪される可能性だってある。
だが、結婚した後ならどうにでもなる、という事を知った俺たちは、お互いの了承により別居を計画している。
俺の将来の平穏の為にも、シャルルとクロードにはぜひとも恋人同士になってもらいたい。そうでなければ、仲の良さを演出してきた甲斐が無いというものだ。
「……シャルルはいませんね」
囁くように言ったクロードに頷き、立ち止まる。そして入り口に目を向けると、まるでクロードの呟きが聞こえたかのように、その姿が見えた。シャルルは俺たちに気が付くと、こちらへ歩いてくる。
「すみません、殿下より先に来るつもりだったのですが」
「今日はいい。お前も楽しめ」
はい、と頷いたシャルルはクロードに目を向け、固まった。クロードが、ごきげんよう、と手を差し出しても、まだ固まったままだ。……面白い。
「シャルル?」
クロードが名前を呼ぶとようやく、はっとして、腰をかがめてクロードの手を取り、指先に口づけを落とした。唇を離しても手を取ったまま、クロードを見つめている。どうやら、このドレスにして正解だったようだ。
まぁこれに関しては、シャルルだけではないだろうが。しばらくシャルルはクロードを見つめ、消え入りそうな声で言った。
「……とても、お綺麗です」
「ありがとう。あなたも素敵よ。今日は私とも踊ってくれる?」
「は、はい。もちろん、私でよければ」
「約束よ」
シャルルは、にっこりと笑ったクロードに何か言いたそうにしたが、結局何も言わずに、はい、とだけ返事をして別の場所へと移動していった。その姿に、隣でクロードが首を傾げる。
「何だか様子がおかしかったような気がしますが、どう思いますか?」
「照れてるんじゃないのか。今日のドレスは今までで一番露出が多い」
「あらセドリック様。分かっていて選んだんですのね。少し疑っていましたのよ。本当はこういうのが好きなのかと」
「違う。が、そろそろシャルルには気が付いてもらわないと悪いからな」
さぁ、始まるぞ、とクロードを促す。
きっと今日は俺にとっても、大事な一日になるだろう。