プロローグ
二人の出会いは、十年前。
アストラ王国第三王女、クローディーヌ・エヴァ・アストラは、当時八歳。お転婆で元気一杯の少女。
ガルムステット王国第一王子、セドリック・ユリウス・ルーベルは、当時六歳。物静かでおとなしい少年。
友好の証として、そしてお互いの顔見せとして、セドリックがアストラ王国を訪ねた時の事である。
アストラ王国は長年、侵略者に悩まされていた。ガルムステット王国としても、アストラが奪われると物流が途絶える可能性があった。
そこで両国は同盟を結び、関係を強固にする事を決定する。その証が二人の婚約である。
しかし、二人の出会いは、最悪だった。
少なくとも、セドリックにとっては──。
「やめろ!こっちに来るな!」
セドリックは甲高い叫び声をあげて、近づいて来ようとする相手を睨み付ける。
ふわふわの茶色の髪をして、同じく茶色の瞳に涙を浮かべながら睨んだところで、見た目が可愛らしいせいで、迫力は皆無だが。
「あらぁ?怖がりなのねぇ?」
睨み付けられた方のクローディーヌは、クスクスと楽しそうに笑って言う。
艶やかに煌めく飴色の髪、美しく澄んだ瞳。アストラの花と讃えられるだけあって、幼いながらに美しい。誰もが彼女を称賛することだろう。
その手に、蛇を掴んでいなければ。
「や、やめろ、やめてくれ!それを持って近寄るな!あっちへ行け!」
「まぁ失礼ね!そんなに怖がっていたら、立派な王様になれなくてよ!」
可愛らしい声でそう言いながら、クローディーヌは女神のような美しい笑みを浮かべたまま、じわじわと近づいていく。反対に、セドリックは強ばった顔でじわじわと後退していく。
「私が克服させてあげるわ。さぁ、セドリック様?」
「嫌だ!」
そうして、二人の鬼ごっこが始まった。
蛇を持ったまま追いかけるクローディーヌ。逃げ惑うセドリック。クローディーヌは新しいおもちゃを見つけたかのように、生き生きとしていた。
それを見ていた大人たちは、一様に微笑ましげだった。いずれは、仲睦まじい夫婦になるだろう。……たぶん。と。
セドリックがアストラに滞在した一週間、クローディーヌはいつもセドリックと一緒にいた。庭を一緒に歩いて、王宮内を案内して。
それだけを聞けば、仲がいいと思われがちで、実際その報告を聞いた国王二人は満足したものだが、告げられなかった真実があった。
クローディーヌは庭を歩けば虫を捕まえて、セドリックを追いかけ回し、王宮を案内しては、使われていない部屋に閉じ込める。
大人たちが見て見ぬふりをするのをいいことに、それはそれは楽しそうだった。滞在最終日は、しばらく会えない事をクローディーヌは残念に思った。
せっかく新しい遊び相手だったのに!
対するセドリックは、やっと解放される、と安堵したものだ。しかし、さすが幼くとも第一王子。どれだけ嫌でも、結婚する事が決定していることは漠然と理解していた。
だからもう会いたくない、などとそんな事は一切口にせず、──というよりクローディーヌの仕返しが怖くて出来なかった──これからもよろしく、と告げて帰っていったのだ。
国同士の婚約は、自らの意思で破棄など出来ない。
後にこの時を振り返ってセドリックは、悪夢のようだった、と遠い目をするのだった。




