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第4話 奴は怪物。(中編)

 二コリと微笑むシリルがそこにいた。


「――――ッ!?」


 絶望しそうになって、思い直す。

 彼の力の源である指輪は奪ったのだから、彼はもう普通の戦士の筈だ。

 しかも彼の剣はラファエルの死体ごと柱に突き刺さったままだ。怯えることはない。


「ところでアリシア。オレは君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」


 シリルはにこにこしたままゆっくりと此方に歩み寄ってくる。

 その彼の笑顔に、私は何故だか嫌な予感がした。


 本当に、彼は無力になったの?

 私は何か……思い違いをしているのでは?


「アリシア。オレは君に嘘を吐いてしまった」

「う、嘘? それってどんな……?」


 ドクン、ドクン。心臓が早鐘のように打つ。


「ああ……」


 彼は無造作に手を上げると、柱に突き刺さった剣に手をかける。

 そしてそれを容易く引き抜いてしまった。

 赤黒い血が噴き出し、ラファエルの死体が床に崩れ落ちる。

 常人の力でそんなにあっさりと突き刺さった剣を引き抜ける筈がないのに。


「オレが竜種(ドラゴン)から生き残れたのはその指輪のおかげじゃなくて、オレの生来持っていた『隠しスキル』のおかげだったんだ。嘘を吐いてごめんよ、アリシア」


「あ……あ……」


 私は絶望に膝を突いた。


 彼は最初から私を試していたのだ。

 私が裏切らないかどうか。

 私は信頼されてなどいなかった。

 彼を騙せてなんていなかったんだ。


「『隠しスキル』っていうのはステータスに表示されないスキルのこと。そしてオレの『隠しスキル』の内容は『オーバーキルされたらオーバーキルされた数値分だけ数値がすべてのステータスに加算され、その攻撃への耐性を得た状態で復活する』だ。だから一度殺されて初めて自分にそんなスキルがあることを知ったんだ」


 シリルはにこにこと説明する。


「アリシア、知ってるか。竜種(ドラゴン)炎吹(ブレス)は人を一秒に千回燃やし尽くすんだ」


 彼がゆっくりと近寄ってきて、床に剣を突き立てて私の前に片膝を突く。


「え……?」


 何のことを言っているのか分からず、涙の浮かんだ瞳で彼を見つめた。 


「比喩じゃない。その証拠に竜種(ドラゴン)炎吹(ブレス)に魂ごと焼かれ、オレの肌は二度と元に戻らない」


 彼の漆黒の肌は炎吹(ブレス)に焼かれてそうなったというのだろうか。


 私は頭の片隅で「本当だろうか」と密かにその言葉を疑った。

 彼が自分の能力のすべてを私に話す筈がない。

 まだ隠し事の一つや二つあって当然だろう。


「そうだなぁ、オレの最初の体力が200ちょいくらいだったか。それが一瞬で(マイナス)9999になった。数値は正確じゃないがまあそのくらいだ。で、復活してその九千いくらかがすべてのステータスに足されて体力も約一万と二百になる。その体力も一瞬で消し炭にされて意識が蘇生を認識する前に二度目の死を迎えた。まず一気に一万削られて、残りの体力をオーバーキルという具合にな。一瞬の内にだ。オレは数え切れないほど死んで、数えきれないほど生き返った。これが体力が十万とか超えて、自分が炎吹(ブレス)に焼かれ死んでいるのを認識できるようになってくると逆に辛いんだ。地獄の業火に焼かれる苦しみを味わうことになるんだからな。もしこの何千回、何万回と死ぬ間に体力がぴったりゼロになればオレはそのまま死んでいた。だがそうはならなかった。気が付くと炎吹(ブレス)が熱くなくなっていた。オレは何万回も死んだ甲斐あって、完璧な『幻想耐性』を手に入れていた。そうだ、指輪の効果ではない。オレにあらゆる神秘が通じないのは、オレ自身の力だ」


 シリルの口から弾丸のように矢継ぎ早と言葉が飛び出してくる。

 その一言一言を必死で耳に入れて情報を整理しようとしている自分がいるのに気が付いた。

 絶望したと思ったけれど、私の身体はまだ生きることを諦めていない。

 光明を模索しようとしている。


 同時に彼がこんなにも狂ってしまったのは、耐え難い苦しみを受けたせいかもしれないと思った。

 私たちがシリルを見捨てたせいで、彼は生きたまま竜種(ドラゴン)炎吹(ブレス)に焼かれることになってしまった。

 もはやその憎悪の強さは常識に照らし合わせてみることは不可能なほどだろう。

 ツカサたちをあっさり即死させてくれたのが聖人のような行いに思える程だ。


「そうやって言葉では言い表せないほどの苦しみに耐えて、オレはアリシアに会いに来たんだ。何故だか分かるか?」


 普通、許可を得ずに他人のステータスを見ることはできない。

 だが例え覗き見ることができたとしても、今の私には恐ろしくて彼のステータスを見ることなどできなかったろう。

 彼のステータスには彼の死の回数が書き込まれているのと同様であり、つまるところ彼がどれほど強く私たちを憎悪しているかの証明でもある。


「何故……?」


 それでも一縷の望みをかけて私は彼に話の続きを促した。


「アリシアのことが、好きだからだ」


 彼の瞳の中に懇願のような色が見て取れた。

 まるで『裏切らないでくれ』と訴えるように。

 お願いだから、オレを裏切らないでくれ。

 そうでないとどうしてオレはあんなに苦しんで生き返って戻ってきたのか分からなくなる。


「アリシアにもう一度会いたかったからだ。アリシアに会えば、きっとオレに微笑みかけてくれる筈だと思っていたからだ」


 シリルの瞳が狂気に爛々と輝いている。


「だから聞かせてくれないか。オレの指輪を持って何処に行く気だったんだ?」

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