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ゼラニウム

作者: 翡翠


 夏の朝、カーテンから朝日がこぼれていた。外では、チュンチュンとスズメが鳴いている。


目を開けると隣で起きている彼がいた。

 

もう起きてたの?


と尋ねると

 

なんか、目が覚めてさ。


と優しい声が返ってくる。

眠そうな目を開けて、優しい表情を浮かべた彼は私に腕を回した。

笑うとたれる目が好き。

ふわっと香る花の香りが好き。

低くて優しい声が好き。 

照れると顔がすぐ赤くなるのが好き。

たまに強気なところも好き。

スッと伸びる長い指が好き。

長くて綺麗なまつ毛が好き。

私を受け入れてくれる君が好き。

 

一緒にいるとまるであなたの好きなところが水中の泡のように溢れ出してはじけ出てくる。

こんな恋愛をできるなんてあの頃は思ってもいなかった。

あなたは、私の恋愛に対する気持ちを変えてくれた。 


 三年前。私は大好きな人にフラれた。

なにもかも絶望しかなかったあの日。

人生でこんなに辛いことはこれ以上ないと思っていた。

今思えば大袈裟だったかもしれないけど、本当に何もかもが嫌になってしまっていたと思う。


当時は、彼が私の全てであり、初めて人を好きになった。初めて失いたくないと思った。


友達からたまに聞く、彼の話。みんなきっと何も考えずに私に話をしてくれるけど、笑顔で聞くのも、もう限界だった。


もう彼のことはなにも聞きたくなかった、私の知らない彼を想像することが苦痛で仕方なかった。


 私と別れたことを後悔すればいいのに。


そんなことをずっと思っていた。 


 失恋から立ち直れずに月日は一年が過ぎようとしていた。

 

そんな生活の中で、家の近くにある花屋にふと立ち寄った。普段花なんか興味はなく、自分の部屋に花なんて一輪もなかったのに、その日はなんとなく花を買って帰ろうと思っていた。

 

店内を物色していると、燦々と咲いている花があった。


ゼラニウム、何となく目に入った。綺麗な黄色い花だった。

 

お花、好きなんですか?


と、店員さんが声をかけてくれた。


 あ、いえ、普段飾らないんですけどね、


そういって、黄色のゼラニウムをなんとなく買った。

自分の部屋には全く似合わない黄色く健気に咲くゼラニウム。


たまにはいいか、と自分を説得した。


 私はその花屋を通ることが日課になっていた。

彼はほぼ毎日店にいた。


二人が仲良くなるのに時間はかからなかったと思う。

 恋に落ちるとはこのことか。なんとも人間って簡単だな。

あんなに落ち込んでいたのに、その人の笑顔はまるで、太陽に向かって咲く向日葵のような笑顔を向けて

くれる人だった。


恋人、という関係になってからは私の世界は薔薇色だった。また大袈裟な表現ね。私はそんな表現しかできないけれど、とにかく幸せだった。

 

私たちは色々な話をした。元彼の話、冬に咲く花の話、何もかも楽しかった。 

彼は花の事をたくさん教えてくれた。

記念日には毎回違う花をくれた。


 花って、毎年咲くんだよ。

 だから、毎年花を見るたびに一年前の思い出が蘇る。


そう言って、朝日の中、彼は突然、黄色と赤のゼラニウムを袋から出した。

 

え、どうしたの?記念日じゃないよ?

私の問いかけには答えず、彼は続けた。

 

俺たちが初めて会った時、君は黄色いゼラニウムを買ったよね。黄色のゼラニウムの花言葉は

 

予期せぬ出逢い。


 そして、赤いゼラニウムの花言葉は

 君がいて幸福。

 私の頭の中は混乱していた。

 

 結婚してください。

 

 甘酸っぱい、青春のような恋ではないけれど、夜が明けるような、清々しくて静かなこの空気感。一緒にいて落ち着くこの空間。胸が苦しくて痛くて、幸せいっぱいの朝だった。

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