夜の逢引き
少しでも結婚相手のことを好きになろうと、会った王子の良いところを思い出そうとした。
だが、出てくるのは嘗め回すような視線と嫌な笑みだけだった。
好きになれない。
一番好きでなくても、好きにならなくてはいけない。
「ライガ。会いたい。」
嫌なことを考えると必ず出てくる顔。
コツン
窓に何か当たる音がした。
ミラは急いで窓に向かった。
そして、窓の外を見た。
そこには、待ちわびたライガがいた。
ただ、様子がおかしい。顔がいつもの一回りほど大きい。
「ライガ!!」
顔が腫れているということに気付いて窓を開けて慌てて叫んだ。
以前の通り、ライガは人差し指を立てて静かにするようにと伝えてきた。
そして、前と同じく、木に飛び移るように木を見た。
ミラは、どんなに危険だったかを考えた癖に、ためらうことなく木に飛び移った。
やはり考えた通り、もしミラが飛び移るのを失敗しても、受け止めようとライガが下で構えていた。
普通に考えると二人とも仲良く潰れるような頭の悪い行動だが、彼の行動が愛おしくてミラは心がとても満たされた。
木に飛び移ると前に通り、ライガが上ってきた。
「ライガ…」
一日しか空いていないのに、とても長い間会っていないような気がした。
「顔。大丈夫?」
寂しい、会いたかったよりも、青あざと腫れた瞼、切れた唇のライガの顔が気になった。
「ああ。喧嘩に巻き込まれて。でも相手もこんな感じになったから。」
ライガはオフの日に町に出て最終的に騒いで喧嘩になったことを話した。
「それがいつもなの?」
ミラは予想以上にライガが暴力的な日常を送っているように思えてすごく心配になった。
ライガはミラが心配していることに気付いて慌てて首を振った。
「いや、いつもは副団長のヒロキさんが止めてくれるんだけど、昨日はいなくて誘えなかったんだ。」
ライガはだからこんな怪我は初めてだと付け加えた。
「ヒロキさん。副団長さんってヒロキさんっていうのね。切れ長の目をした綺麗な人でしょ?」
ミラは自分の両脇にいた騎士の一人を想いうかべた。
「やっぱり副団長となるとミラも知っているんだね。」
「うーん。その人は顔を見て話してくれるから覚えただけなの。他の騎士の人は皆、私を見ないで話すから。」
ミラは少し寂しそうに言った。
確かに、お宝様であるミラとは極力目を合わせるなと最初に教育される。
「それに、その日はその人は私の護衛役をやっていたのよ。」
ミラは食事会の際に、団長と副団長が護衛にあたった話をした。
「そんなことが…」
ライガはミラを心配そうに見ていた。
「…うん。王子様とは何度か会っているんだけど…」
ミラは王子のことを思い浮かべた。
すると鳥肌が立って、近くにライガがいるのに泣きそうになった。
「大丈夫?」
ライガはミラの肩を抱いて落ち着かせるように背中をさすった。
「うん…ありがとう。」
ミラはライガの顔を見た。
「好きになれないの。一番はライガだけど、だけどお嫁に行くなら好きにならないといけない。けど…」
ミラは言葉を詰まらせた。
嫌いなどという言葉ではなく、嫌だった。
「行かないでよ。ミラ。お願いだから。」
ライガはミラの肩を自分の方に寄せて、寄りかからせた。
「うん。行きたくない。お嫁に行きたくない。」
ミラはライガに寄りかかり、触れた肩のところから伝わる温度に涙ぐんだ。
「俺もお嫁に行きたくない。」
ライガはミラに同調するように言った。
「…っぷ。ライガは行かないよ。」
ミラは思わず吹き出した。
「あ…えっと、行ってほしくない。俺はお嫁に行かないからな!!」
ライガは慌てて訂正した。
顔を赤くして言い訳するライガが可愛くて、かっこよくて、愛しくてミラは幸せだった。
「ずっと、続けばいいのに。ねえ、私がお宝様じゃなかったら…ライガは私を好きにならなかったかな?」
ミラは純粋な疑問を訊いた。
「何言っているの?」
「考えたんだよね。私がお宝様だから、ライガが小さいころから守ってくれた。でも、お宝様じゃなかったら出会わなかった。…お嫁に行くのが私の運命なのかもしれない。私はライガに出会ったことで人生の全てを使ったんだって…」
ミラは答えを期待はしていないのに、自分がお嫁に行くことを自分で認めたくてどうにかライガから肯定の言葉を聞きたかった。
とても狡いやり方だと思っている。
けれど、出会ったことが全てだと言ってくれれば、ミラはライガとの思い出が人生になって、それ以外に心を殺していくことを決意できる。
「ありえない。」
ライガは怒ったように目を吊り上げていた。
「ライガ?」
思った以上に怒った様子のライガにミラは困惑した。
「出会わなくても、きっと俺とミラは出会うんだ。お宝様じゃなかったら出会わなかったんじゃない。きっと小さい時に会わなくても、俺はミラを見つけ出していた。どんな始まりでも、俺はミラに辿り着くんだ。」
ライガはミラを真っすぐ見た。
「…そんなこと、言ってほしくなかった。」
ミラは嬉しくて仕方ないのに、辛くて仕方なかった。
「…結婚しても、ライガのことを思い出にできなくなる。」
ミラは顔を歪めて、涙をこらえた。
「…どうあっても、俺はミラが好きだ。…王子がいなくなれば…」
ライガは何かを思いついたように黙った。
「ダメ!!あなたを人殺しにさせない。」
ミラは慌ててライガの両手を掴んだ。
「ミラが他の男のところに行かないようにするなら、俺はいくらでも手を汚す。君を愛しているんだ。」
ライガはミラの目を真っすぐ見た。
「私も、でも、ライガには傷ついて欲しくない。」
ミラはライガの顔のあざや傷をそっと触った。
「そうだ。ミラに渡そうと思っていたものがあるんだ。」
ライガはポケットから何かを取り出した。
ピンクのかかった白い花の髪飾りだった。
「綺麗…」
ミラはライガが持っている髪飾りを見て目を細めた。
「ミラに似合うと思ったんだ。町に行った時に…君つけてあげたくて…」
ライガはそっとミラの髪触れた。
そして右耳の上付近に髪飾りをつけた。
髪飾りをつけるのが慣れていないのか、安定しなくてカタカタと揺れていたが、ライガが付けてくれたことにミラは幸せいっぱいだった。
「似合うよ。やっぱり。」
ライガは髪飾りをつけたミラを見て嬉しそうに微笑んだ。
「…本当。嬉しい。」
ミラは右手で髪飾りを少し触ってライガに微笑んだ。
チリン
と髪飾りの鈴の音が鳴った。
「この鈴の音は、離れても場所が分かるようにするためらしいんだ。そして、離れないためなんだ。」
ライガは髪飾りに触れていたミラの手にそっと手を添えた。
「離れないため…」
「…俺は、君と離れないためにどんなこともやる。」
ライガはミラの目を見て言った。
「私はライガに傷ついて欲しくない。」
「君がいなくなる方が、俺にとっては傷つく以上のことなんだよ。」
ライガは泣きそうな目でミラを見た。
そして、ミラの顔をそっと両手で掴んでそのまま引き寄せた。
ミラは幸せだった。
ライガが自分のために何かをしてくれると言っていることが。
たとえ、何もできなかったとしてもこの事実があればやっていける。
そう自分に言い聞かせていた。
他の騎士に比べたら圧倒的に細い腕と、中々隆々と付いてくれない筋肉を鏡で見て、ヒロキは溜息をついた。
彼は、つくづく自室に浴室が付いていてよかったと思っている。
何故なら、他の屈強な騎士たちの前に並ぶと筋肉質とはいえ、自分の細い体は弱そうだ。
いかに力を少なく戦うかを突き詰めて訓練をした。
流石に今日は調子に乗りすぎたのか、腕が疲れた。
軽く湯浴みを終わらせて髪も濡れたまま浴室から出ると来客が居て苦笑いをした。
「鍵が開いていた。不用心だ。」
顎で扉を指して来客者であるジンは、まるで自分の部屋のように寛いでいた。
影で見えないが、どうやら包帯を外しているようだ。
「これはこれは団長殿。生憎タオル一枚という恰好で申し訳ない。」
ヒロキは仰々しく礼をした。
「お前はどんな格好でも美しいから気にする必要は無い。それよりも、今日はいいのか?」
ジンは持参したのか、手に持った酒瓶をあおった。
「はい?」
「茶番だ。昨日は騒いで無かったが、今日はあったんじゃないか?」
ジンは何かを期待するようにヒロキを見た。
「あなたは俺が彼らに協力的なのを良く思っていないと捉えていましたが…違いましたか。」
ヒロキはクローゼットからバスローブを取り出して着始めた。
「体を冷やすなよ。お前は他の奴らと違って体が弱い。」
ジンは持っていた酒瓶をヒロキに投げた。
ヒロキはそれを受け取った。
「飲めと?」
「体を温めろ。湯冷めは体調を崩す原因になる。」
ジンは開いている窓を見た。
「はは。あんたね。ドアの鍵が開いていたって嘘でしょう。窓から侵入か。」
ヒロキは笑いながら渡された酒をあおった。
「そして、どうだ?今日は茶番に付き合ったのか?」
ジンは期待するように首を傾げて見ていた。
「どういう心境の変化です?」
ヒロキはジンが座るソファの正面に位置する椅子に腰を掛けた。
「別に…昨日の王家を見るとな。そろそろ王族も終わりだと思った。」
ジンは口元に笑みを浮かべた。
「はははは。俺にそれを言うんですか?本当に信じられない奴ですね。あんた。」
ヒロキはジンの様子を見て笑った。
「お前は俺を裏切らないだろ?」
「裏切るなんてとんでもない。俺は結構あんたのこと好きですからね。」
ヒロキはジンの方を見て酒瓶を向けた。
「意外な本音を訊けて嬉しいな。では、今度の茶番は俺も手伝おうか。」
ジンは他にも持ち込んだのか、別の酒瓶を持ってそれをあおった。
「本音も何も、俺はあんたに嘘はつかないし、つけない。」
ヒロキはジンの様子を見て呆れたように笑った。
「腕は大丈夫か?」
ジンはヒロキの右腕の方を見て訊いた。
「…まあ、あんたの言う通り俺は他の屈強な奴に比べたら強くても、もたないですから。ほどほどに痛いです。」
ヒロキは右腕を持ち上げて振って見せた。
「先ほどの訓練場では、実に美しかった。だが、無理はいかんな。」
ジンは責めるようにヒロキを見た。
「見ていたんですね。なら、ライガのも見ましたか?俺は見ていないんですけど」
ヒロキはジンの様子を探る様に見た。
「ああ。見た。アレックスと張るまでになっているとは、二番目になるのも時間の問題だな。」
ジンは口元に歪んだ笑みを浮かべて言った。
「あいつの目、父親そっくりだと思わないか?」
「…はは。動きもそっくりだ。やはり似る者だな。親子は…」
ジンは嘲るような笑みを浮かべた。
「なら、いつかは俺の位置にライガが来る可能性があるってわけか。」
ヒロキは感慨深そうに頷いた。
「強さは関係ない。俺が団長である限り、副団長はお前以外つかせないからな。」
ジンは当然のことのように淡々と言った。
「これは、荷が重いですな。でも何故?」
「お前は美しいからだ。だから傍に置いている。」
ジンはヒロキを指して言った。
「あんたは頭と目がおかしい上に、美しくないですね。知れば知るほどつくづく思いますよ。」
ヒロキは諦めたように笑い、なおかつ挑発するようにジンを見た。
「ははは。それでいい。それでな。」
ジンは愉快そうに笑っていた。
ライガ:
帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。
ミラ:
「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっている。ライガとは相思相愛。
ジン:
帝国騎士団団長。最年少で団長に就く。精鋭部隊の隊長でもある。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。王族の人間。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。全体的に細長い印象のある顔の造りをしている。ジンが気を許している数少ない人物。ライガとミラの関係に好意的。
マルコム:
精鋭部隊の一員。穏やかな青年。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な眉毛とたれ目をしている。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。弟。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。兄。
サンズ:
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。長い金髪で緑色の瞳で顔立ちのはっきりしている。