消えていく周囲
精神的に限界であったサンズは、久しぶりに家に戻っていた。
騎士の鎧以外を着るのも久しぶりだった。
事を知っている母やチャーリーは心配そうに見ている。
朝食の席でも、二人がサンズの様子を見ていたのは知っている。
相次ぐ仲間の死、そしてリランが豹変したことが完全に止めだった。
逃げているのは自分がよくわかっている。
だが、サンズは限界だったのだ。
現実を忘れてたくて、心を癒したくてサンズは自分の大好きな裁縫や料理、読書に励んだ。
だが、元々センスが壊滅的なのは別として全く身が入らないのだ。
頭の中に浮かぶ綺麗な花の模様も、誰かに食べさせたいと考えて作る料理も。
全て、血で染まっているように感じる。
料理をしていて持っていたボウルを落として足元に液体が広がった時、サンズはアランの死を思い出した。
あの時は血だまりだった。
「…嫌だ。」
サンズは心を癒すことができず、部屋に引きこもった。
武器も血も…全てが嫌だった。
それで生きてきたのに、それで築いた仲間の絆なのに、それで壊されたものだから嫌だった。
ただ、騎士を辞めると宣言は出来なかった。
それはおそらくアレックスが理由だろう。
彼はまだ、王城で騎士たちを動かして自身も動いで働き続けている。
彼は、サンズにとって親友だけではなかった。
20年近く前に、戦場で命を救われた。
命の恩人だった。
その時に、当時の彼の利き腕の左を痛めさせてしまった。
それが原因でアレックスは左手で剣を使えなくなった。
そのあと、彼が右手で使う努力をしていたのを知っている。
彼が左手でどんな剣を振るっていたのかも知っている。
ヒロキとは違った剣筋の綺麗さがあり、それこそ彼の容姿に合った派手な戦い方だった。
剣を投げて体術で攻撃して剣をキャッチして叩き落とすように斬り付ける。
奇抜な戦い方は、まともな訓練を受けられなかったからだ。
彼の生い立ちが関わってくるが、それでも彼は強かった。
前団長も、彼の剣筋を評価していた。
当時を知る者はもう、サンズ以外いない。
精鋭たちに見せてやりたいというのが本音だ。
あのまま左を使って戦い続けられていれば、アレックスはどこまで強くなっていたのか分からない。
サンズとアレックスは年齢はそこまで離れていないが、サンズが入団した時は、雲上人のような存在だった。
おそらく、今で言う精鋭部隊レベルだった。
「昔は天才だった。」
ケガをした後アレックスが言われた言葉だった。
その言葉を聞いた時、サンズは怒りたかったが、アレックスは何も言わなかった。
どんな血のにじむ努力で、右手で精鋭までのし上がったのか、サンズはよく知っている。
ただ、それを彼は何か言うわけでもない。
頼ると同時に、ある意味の枷でもあった。
正直、サンズはアレックスも騎士団を辞めると言ってくれると期待をしていた。
だが、彼は団長代理を務め続けている。
「…お前は馬鹿だ。」
サンズは大人げなく拗ねるように呟いた。
ドンドン
部屋がノックされた。
中々乱暴な音だった。
チャーリーにしては珍しい。
「どうした?」
サンズは立ち上がり、扉を開けた。
外には思った通り、チャーリーが立っていた。
ただ、顔色がよくない。
「…サンズ様…向かいの家が…」
チャーリーは声を震わせていた。
サンズは訳が分からないが、とりあえず外に出た。
そこには、帝国騎士団がいた。
どうやら何か調べているようだが、様子がおかしい。
サンズは騎士たちに礼をした。
彼等はサンズに気付くと、姿勢を正した。
少し彼を非難するような目を向けている者もいるが、それは仕方ない。
サンズは騎士たちに何があったのか聞いた。
騎士たちは眉を顰めた。
これはサンズに対しての嫌悪ではなく、そんな顔をしてしまう事態のようだ。
「…大臣含め…家族、使用人、警備…全て殺されました。」
騎士たちの表情は、何かに恐怖しているようだ。
「はあ?」
「…現場…見ますか?」
騎士たちは、休んでいる最中とはいえ、サンズを現場に入れた。
広い大臣の屋敷は、血まみれだった。
警備達は囲んだが殺されたようだ。
相当な使い手だ。
天井にも血が舞っている。
階段にも。
剣を振り回した痕がある。
廊下には、殺された侍女や執事達が横たわっていた。
サンズは、痛ましい気持ちになった。
死に触れたくなくて騎士団を休んでいるのに、これは逆だった。
もう限界だと思い、サンズは庭に出た。
庭でも一人警備が死んでいるのに気付いた。
彼は、怯えた表情をしていた。
メッタ刺しにされ、散散斬り付けられていた。
「…何でこいつだけ…」
サンズは疑問に思ったが、考えると血なまぐさいことをしか浮かばず、止めた。
ただ、その翌日も、翌々日も貴族街に犠牲があった。
同じように屋敷にいる使用人含め家族全員だった。
腕が立つ奴だと言うのはよくわかった。
同じように警備に囲まれてから殺しているようだった。
まるで何かを、集団相手の練習、いや、実戦での鍛錬のようだった。
サンズは、三日目で愕然とした。
部屋の中に仕舞った一枚の紙を取り出した。
その紙に書かれている名前の順だった。
三人だから偶然かと思ったが、違った。
このメモを知っている者が、計画的に消している。
「…ブロック伯爵が消したがっている者が…消えている。」
サンズはマルコムの言ったことを思い出して、彼が何を言いたかったのかを考えた。
「…何が起きているんだ?王都で…」
サンズは頭を抱えた。
もう、彼は、現実から逃避するのを止めていた。
王城に続いて入る貴族街の事件に、王族も、殺されなかった大臣も怯えていた。
アレックスは宥めるのに精一杯だった。
貴族街に付けている騎士が頼りないとも言われたが、貴族はその者達だけだと強く言った。
追加の警備を要請されたが、騎士団以外の民間警備や、貴族の坊ちゃんがやっているなんちゃって警備を採用している家が多いため、アレックスは王城の警備の方を優先した。
ただ、彼の頭を悩ませるのには十分だった。
騎士たちが、度重なる上流階級の犠牲を喜び始めている。
そのため、捜査も調査もあまり進まない。
それに加え、生前のアランの足取りも掴めないのだ。
これはダメな展開だと思っているが、もう彼らはアレックスの声を聞かない。
命令は聞く。だが、アレックスが王城の警備にこだわっていることが大きい。
サンズから聞いたアランの遺言に、王城を守れと言うのがあったというのはみんな知っているはずだ。
ボロボロのサンズから聞きだし、全員で共有したはずなのに、彼らの耳には止まっていないようだ。
先を見ずに感情を優先している。
アレックスは騎士団の現状に溜息をついた。
「…俺は…あくまでも代理ですからね…」
アレックスは困った顔で拗ねたように言った。
かつてライガたちが訪れ、ジンたちを始めとする帝国騎士団が滞在した市場のとある小屋に数人の男が居た。
「やっと、まともなのと会話できる。」
私兵を複数連れたブロック伯爵は剣に手をかけたまま向かいあう男たちに笑いかけた。
「こっちは、おたくのご子息たちにやられてこんな怪我を負いました。」
痛ましいように包帯を巻いたイシュは伯爵を見て顔を歪めた。
「ほう。君に勝ったのか?」
伯爵は興味深そうにイシュを見た。
「ライガ君と手を組んでですよ。」
イシュは含みを持たせるように笑いながら言った。
「…そうか。強かったか?」
伯爵はマルコムの力量が気になるようだ。
「まあ、強いですね。俺と腕力はそんなに変わらない。…けど、一対一なら負けませんよ。」
イシュは自分の腕を叩いて言った。
「当然だろう。まだまだのガキより、皇国の…二番目の軍人か?の方が強いに決まっている。」
伯爵はその様子を見て鼻で笑った。
「まあ、二人がかりだとやられましたが、次の仕事では負けません。」
イシュは伯爵を睨みつけるように見た。
「アシ君は?何をやっている?」
「例の副団長に魂抜かれたようになっていますが…計画通り動いています。」
イシュは少し困ったように笑った。
「そうか。計画に支障が無ければいい。」
伯爵は剣から手を外し、腕を組んで言った。
「気に食わないな…あんたが仕切っているのは…」
イシュの横にいたシューラが伯爵を睨みながら言った。
「気に入られたくないからいいことじゃないか?僕ちゃん。」
伯爵はシューラを見て、幼子を宥めるように言った。
シューらは顔を歪めた。
「それより、将軍はいつ来る?」
伯爵はシューラから視線を外し、イシュを見た。
「王城が落ちる前には着く予定です。色々拾わないといけない者もあるので…あの人も忙しいですから。」
イシュはシューラの肩を叩いて宥めながら言った。
「そうか。では、先に皇国軍だけが来るのだな?」
伯爵は少し落胆したように言った。
「ええ。残念ですが…」
イシュは首を振って応えた。
「本当だな…」
伯爵は、やはり残念そうだった。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。マルコムとの戦いで重傷を負う。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存していた。ライガとミラを一族の村に運び匿おうとする。母親は王族に嫁いだお宝様だった。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な顔立ちをしている。ライガとの戦いで右頬から右耳にかけて残る傷を負った。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で高い身体能力を持っており誇っている。力主義が強く、弱い者を尊重しない面が強い。尊敬していたライガの裏切りに激怒していたが、騎士として彼に戦いを挑み彼に敗れたことや、自分の父が騒動の黒幕に加担していると考えたことから、騎士を辞めることを決める。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。自分よりも若い隊員の死や、それによって追い詰められている仲間達を見て心を痛めている。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。仲間の死で精神的に参っているのに加え、自分が面倒を見ていたアランの死で本格的に心を病む。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。双子の弟アランの死に精神的に崩壊し始める。兄。
チャーリー:
フロレンス家の執事。精鋭部隊に協力的。
キョウ:
鑑目の一族の族長。ライガたちを匿ってくれている。ジンの祖父。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の剣技に魅せられ囚われている。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。ライガとマルコムの潰し合いを望み、隙を見てミラを奪おうと画策したが、バレて二人に返り討ちにされ重傷を負う。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。三人の息子がいたが、マルコム以外を亡くす。彼を跡取りにするため、アレックスに交渉するなど動いていた。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めていた。弟。リランと間違われ捕らえられ、その際に黒幕たちの会話を聞き、それが見つかり襲撃され死亡。サンズに看取られる。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




