朝の痕跡
やはり馬の方が速い。
マルコムとリランは縦に並んで王都に向かって走った。
一通り話したら、もう無言になった。
マルコムも特に話すことは無い。
今は、王都に行った父が、誰と接触するのか、誰が黒幕で操っているのか、何を目的にしているのかが分かればよかった。
正直父のことは好きでないし、嫌悪している。
だが、彼の性質を一番受け継いだのは自分だということは理解している。
「マルコムは…悲しくないのかよ。」
リランはマルコムに声をかけた。
リランが言っていることがミヤビのことだと言うのはわかった。
仲が良かったのは確かだ。
「騎士だったから。俺と彼女の間にはライガがいたからだよ。」
マルコムは切り捨てるように言った。
「…ミヤビが弱かったからか?」
リランは少し責めるような口調だった。
涙ぐんでいるような声から、少し泣いているようだ。
「…あんな死に方したからだ。」
マルコムはポソリと呟いた。
「…自殺のことか」
「俺達は騎士だった。たとえ弱くても強くあるべきだった。」
マルコムは前だけ見た。
「でも、悲しむことは…」
「嫌だね。俺は、彼女の死を悲しんでなんかやらない。」
マルコムは切り捨てるように言った。
「…冷たいな…」
「勝手に思っていればいい。」
そんな会話以降二人は無言だった。
王都に入るまでは
馬で王都に入ると、大通りが何やら騒がしかった。
「…なんだ?」
リランは気になったようでそっちを見ている。
マルコムは溜息をついた。
「今は、君は騎士団の詰め所に戻って伝えるべきだ。」
マルコムは周りを見渡した。
二人を見て何やら囁き合う者もいる。
マルコムは精鋭だからかと思ったが、どうやら二人ではない。リランを見てだった。
マルコムは周りをまた見た。
何やら、胸騒ぎがする。
「…ちょっと、見に行く。」
リランが騒がしい大通りに向かった。
止めようと思ったが、そっちの方向に普段より多い騎士がいることから、マルコムは後を追った。
騎士たちが住民たちを止めて、何やら掃除のようなことをして居る。
これは騒動や喧嘩があった時のようだが、彼等の表情が違った。
リランは馬から降りて騎士たちに手を挙げて挨拶をした。
「お疲れ。何があったんだ?」
リランは騎士たちが囲む先を覗き込もうとした。
騎士たちはリランを見つけると、表情を歪めた。
「…?」
リランは首を傾げた。
マルコムもリランと同じように覗き込んだ。
血だまりの痕跡があった。
拭かれてかなり薄くなっているが、相当広がっている。
「…何が?」
マルコムもさすがにこの状況はおかしいと思った。
「…リラン殿…」
騎士たちはリランを見て悲痛な顔をした。
リランは状況が分からず、ただ騎士たちの顔を見渡していた。
「…アラン殿が…亡くなりました。」
騎士は、リランに気を遣うようにか、声を潜めて丁寧に言った。
「え?」
リランは訳が分からないようで、目を見開いて呆然としていた。
だが、しばらくすると顔が真っ青になった。
「…何だよ…それ…」
リランの手足は震えだしていた。
マルコムも訳が分からず呆然としていた。
「早く…王城の方へ…」
騎士たちはリランの顔を見るのが辛いらしく、顔を伏せた。
「…死んだ?…どうして…」
マルコムは珍しく混乱しながらも、周りを見て状況を考えた。
だが、そんなマルコムを気にせず、気にしてなどいられない様子でリランは飛び出した。
乗ってきた馬に乗るのも忘れて王城に走った。
マルコムはやはり呆然とした。
「…嘘だよね…」
多少すがるように騎士たちに聞いたが、彼等は目を伏せて首を振るだけだった。
「…優しく…あの時、優しくしておけば…よかった。」
マルコムはぽつりと呟いた。
アランの遺体は、王城の騎士団の施設に運ばれた。
サンズは頭を抱えて座り込んでいた。
数人の騎士たちも表情を歪めていた。
上流階級に嫌悪や不満を抱いていても、今はそんなこと考えられないくらいにアランの死に衝撃を受けている。
アランとリランは精鋭のムードメーカーであったような存在だが、騎士団全体でも盛り上げ役のような形をとっていた。
王城付近勤務の全員を巻き込んで変なアンケートを取っていたり、いつも楽しそうにしていた。
いわば、平穏な日常の象徴だった。
それが、よりによって王都で殺されるのは、彼等にとって日常の崩壊に感じられた。
ヒロキの死からミヤビの自殺、そして、アランの死。
汚れたような恰好だったアランだが、今は軽い処置を施され帝国騎士団の鎧を着せられている。
今にも起きそうだった。すぐに騒ぎだしてしまいそうだが、その顔色は青白い。
「…せめて…リランが来るまで…待てよ。」
サンズは額を抑えていた。
廊下から、騒がしい足音が聞こえた。
一人のようだ。
バタン
扉が乱暴に開かれる音が響いた。
サンズは顔を上げられず、目だけそちらにむけた。
「…アラン…?」
そこにいたのは、顔を青くしたリランだった。
サンズは顔を上げた。
リランは安置されているアランを見つけて駆け寄った。
だが、もうアランは話すこともせず、目を閉じているだけだった。
「何で…どうして…」
リランは手を震わせていた。
信じられないようだった。
リランはもう一度アランを見た。
アランとリランの区別、黒い髪留めは黒かった。ただ、血が染み込んで固まったのか、少しカピカピとしていた。
リランはアランの首に手を当てた。
だが、ただ冷たいだけで、生きている気配のないものだった。
「どうしてだよ!!」
リランが叫んだ。
リランは周りを見渡した。
誰も彼に答えなかった。
「…何か、聞いてしまったらしい…」
サンズは震える声でリランに言った。
リランはサンズの方を見た。
「…何か?」
リランは首を傾げていた。
ただ、その顔の目は血走り、口は歪んで、頬はぴくぴくとしていた。
「何か黒幕の…何かを知ったようだ…」
サンズはリランを見た。
サンズの目は赤く、彼も口元を歪めていた。
「…何かって、なんだよ!?それのせいでアランは…」
リランは頭で整理できなくなったようで、目を泳がせていた。
あまりのショックにリランは足元をふらつかせ、アランに縋りつくようにしゃがんだ。
「どうして…おい、アラン。何で…」
リランは答えないアランにひたすら聞いた。
「こ…答えろよ…」
リランは震える手でアランの顔を触った。
だが、冷たいだけだった。
リランは周りの騎士に何かを聞こうとしていたが、顎ががくがくと震えてうまく言葉を発せないようだ。
「…嘘だ…嫌だ…そんな…」
リランは声を震わせて首を振って呟いた。
「…俺の代わりに捕まって…俺のせいで…」
リランは頭を抱えてふらついた。
床に膝をつけて、崩れ落ちた。
サンズは慌ててリランに駆け寄った。
「おい!!リ…」
サンズが声をかけると、リランはサンズの腕を掴んだ。
「誰が…誰が殺したんだ!!」
リランはサンズを睨みつけて怒鳴った。
サンズはリランの顔を見て、彼の顔がどんどん憎しみに歪んでいくのを見て、悲痛な顔をした。
「誰だよ!!誰だ…誰が…」
リランは床を叩いて叫んでいた。
リランは次第に過呼吸になり、床に手をついて肩で息をしていた。
サンズは慌てて支えようとしたが、興奮状態で動いていたリランは、精神的なショックが留めになったか、糸が切れたように倒れた。
サンズを始めとした騎士たちはリランを救護室まで運び、休ませることにした。
ミラは朝食を終え、動けないライガのためにと用意されたご飯をお盆に乗せて寝室に戻った。
キョウと話しながら朝食を摂ったため、昼近くになってしまった。
流石にもう、ライガは起きていた。
ただ、彼の横にはジンがいた。
包帯を巻いた、帝国騎士団の鎧を着ている。
「腫れさえ引けば、俺は大丈夫です。」
ライガは何やらジンと戦う日の話をしているようだ。
ミラは口出しできないことだったので、黙っていたが、少し武術と言う共通点を持っている帝国騎士団の精鋭たちが羨ましくなった。
ジンはミラの方を向いた。
「…俺はお前に合わせる…」
ジンはミラを部屋の奥に招いた。
ミラは招かれるまま部屋に入った。
「…あまり外には出るなよ。」
ジンはミラとライガ順に向いて言った。
おそらくミラを気遣って言っていることなのだろう。
ミラは有難く思った。
「わかっています。…俺達は逃亡者ですから…」
ライガは上半身だけ起こして、ジンにお辞儀をした。
ジンは黙って、部屋から出て行った。
扉が閉まり、ジンの足音が遠ざかると、ライガはミラに笑いかけた。
「おはよう。」
ライガは笑顔で挨拶をした。
ミラはその顔を見て、幸せで胸がいっぱいになった。
「おはよう。」
ミラは彼がいるベッドに、キョウから渡された朝食を持って行った。
ライガは驚いた顔をしたが、嬉しそうにはにかんだ。
「今度は、ミラの手作りとか、いつか…」
ライガはミラに強請るように言った。
「その前に、ライガは私に料理を教えてね。」
ミラはライガの髪を愛おしそうに撫でて言った。
「…キョウさんから教えてもらった方がいいかも…」
ライガは朝食のパンを見て真面目な顔をした。
「すごくおいしかったよ。」
ミラはお盆に乗る食事を指して言った。
「キョウさんと団長は…何でこんなに良くしてくれるんだろう…?」
ライガは首を傾げてミラを見た。
ミラはジンの母親のことを言おうとしたが、彼が自分から言うと言っているのを思い出した。
それは、絶対にジンの口から言うべきことだ。
ミラは口をつぐんだ。
「…ミラ?」
ライガはミラの様子を見て、不思議そうな顔をした。
「いや…きっと、団長さんが教えてくれるよ。」
ミラは笑顔で言った。
「…キョウさんと同じようなこと言うんだな…」
ライガは少しがっかりしたように肩を落とした。
「…団長さんは、悪い人じゃないよ…」
ミラは何故か分からないがジンをフォローするようなことを言った。
「…知っている。」
ライガは表情を変えて、ミラが持ってきた朝食を見た。
「遅めの朝ごはんだね。」
ミラはお皿に乗っている汁物のお椀を持って、スプーンですくい、ライガに口の前に運んだ。
自然に行動したが、動いた後で恥ずかしさが出てきた。
「…はい。」
ミラは顔を伏せて言った。
ライガはミラの様子を見て嬉しそうに笑い、口を開けた。
「ひな鳥みたい…」
ミラは笑いながらライガの口にスプーンを運んだ。
思った以上にスプーンに乗った具材が勢いよくライガの口に入った。
「ガホ!!」
ライガはむせった。
「ごめん!!」
ミラは慌てて謝った。
ライガは苦しそうにしていたが、次第に肩を振るわせて笑い始めた。
ミラも、彼の様子を見て笑った。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。マルコムとの戦いで重傷を負う。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存していた。ライガとミラを一族の村に運び匿おうとする。母親は王族に嫁いだお宝様だった。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な顔立ちをしている。ライガとの戦いで右頬から右耳にかけて残る傷を負った。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で高い身体能力を持っており誇っている。力主義が強く、弱い者を尊重しない面が強い。尊敬していたライガの裏切りに激怒していたが、騎士として彼に戦いを挑み彼に敗れたことや、自分の父が騒動の黒幕に加担していると考えたことから、騎士を辞めることを決める。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。ジンの様子がおかしいことや自分よりも若い隊員の死に心を痛めている。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。単独でブロック伯爵の元に向かう。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。リランと間違われ捕らえられる。
チャーリー:
フロレンス家の執事。精鋭部隊に協力的。
キョウ:
鑑目の一族の族長。ライガたちを匿ってくれている。ジンの祖父。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の剣技に魅せられ囚われている。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。ライガとマルコムの潰し合いを望み、隙を見てミラを奪おうと画策したが、バレて二人に返り討ちにされ重傷を負う。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。三人の息子がいたが、マルコム以外を亡くす。彼を跡取りにするため、アレックスに交渉するなど動いていた。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




