向かう先に
元居た建物に換気口から入ると、中には皇国の者たちは見当たらなかった。
ただ、アランが動ける範囲にはおらず、建物内にはまだいるかもしれない。
万一戦闘になった時は換気口から逃げることを考え、最短ルートの逃げ道と逃げ場を頭の中に入れておいた。
ゆっくりと牢に戻ると、牢の前にぞんざいに食事が置かれていた。
どうやらアランがふて寝していると思ったようだ。
なるべく音を立てないように鎧に身を包んだ。
絞ったとはいえ、鎧の下の服は濡れている。
アランは誰もいないことをいいことに、鎧に張り付けて上着だけ干した。
鎧を下だけ着て、床に座った。
食事は、パンと水だけというものだった。
匂いを嗅いでみると毒もなさそうだ。
そういえば、ジンが毒見したお茶を飲んだことがあったと思い出した。
あの時、ヒロキがいた。
アランは後悔していた。
あの時、ジンが言ったことを守っていれば…ヒロキは死なずに済んだ。
誰が悪いとかではない。
自分がしなかったから死んだのは確実だ。
泣きたいし、泣いたし、悲しい。
だが、大げさに悲しむことを自分がしていいのか分からない。
怒り狂っている仲間の心配をしたいが、それの前に必ずヒロキの死の責任がくる。
責任が疎ましいと思っているのではない。
ただ、ひたすら自分が、自分の行動に後悔と嫌悪を抱くだけだった。
リランは自分のことを思って、張り切ってくれている。
アランだってそれくらいわかる。ずっと一緒にいた、たった二人の兄弟で家族だからだ。
マルコムの父親が信用できないことは聞いたが、今、大臣の警備に目をつけられている自分が逃げればリランも追われる。
何か動きたいが、動くのが怖い。
「…みんなに会いたい…」
アランは仲間が恋しくなった。
昔のように、いやいやアレックスとサンズの何度聞いたか分からない武勇伝を聞いて適当に相槌を打って、マルコムの筋トレを適当に冷やかし、ミヤビがライガにアプローチしているのを冷やかし、ヒロキにジンの愚痴を言って、ヒロキがジンにチクってジンからの説教を食らう。
戻れるなら戻りたい。
アランは目を閉じて、少しだけ現実を忘れようと思った。
マルコムはてきとうな理由をつけて、馬車を止めた。
馬車には、別に馬に乗った騎士が護衛として付いている。
マルコムはその騎士の元に寄った。
「俺がそれに乗る。君たちは詰め所にでも行くといい。」
マルコムはそう言うと、半ば強引に彼を馬から引きずり下ろした。
腕力のあるマルコムに抗えるはずもなく、騎士はあっけなく馬から落ちた。
せめてもの情けでマルコムは彼を地面に叩きつけられないように受け止めてから転がした。
軽やかに馬に乗ると、最初は馬は反抗したが、頑ななバランス感覚で乗り続けるマルコムに根負けして大人しくなった。
「…じゃあ、みんなによろしく。」
マルコムは普段の穏やかな笑顔ではなく、見下したような顔で騎士たちを見た。
ザッザッザ
背後を馬が走る音が聞こえた。
馬車を止める関係で、道の脇に逸れていたマルコムは通り過ぎるまでその馬たちの存在は気に留めなかった。
かなり速い馬だった。
数人の騎士のような者を連れた。
マルコムは通り過ぎてから見た。
「…!?」
彼は目を疑った。
その後ろ姿は見覚えのあるものだった。
「…あいつ…何で?」
マルコムは馬を追おうと思ったが、ふと彼に会いに行ったかつての仲間を思い出した。
向きを変えて馬車の方に向かった。
「王都に戻って騎士団に伝えて欲しい。…ブロック伯爵が王都に向かっていると…」
マルコムは騎士たちに頼むように言った。
「え?伯爵って…」
騎士たちは何が起こっているのかわかっていない様子だった。
「俺の父親だ。おそらく黒幕に関係する人物だ。」
マルコムは隠すのも馬鹿らしくなって騎士たちに言った。
彼等はそれを聞いて顔色を変えた。
彼等は慌てて王都の方に向きを変えた。
時折気遣うようにマルコムを見たが、マルコムは横目で睨んだ。
彼等が王都に向いたことを確認すると、マルコムは馬を走らせ始めた。
正直、右手は戦いに使えないし、左肩はまだ痛む。
頬の傷も深いため塞がっておらず、風が染みる。
「…クソが…」
マルコムは、王都とは逆方向の、元から向かっていた方向に馬を走らせた。
馬車で帰るチャーリーには悪いが、サンズは一人馬で王都に向かった。
アレックスの言った通り、撤退の確認もしたし、片付けも何人かに任せた。
思ったよりも早く王都に着いて安心しているサンズを待っていたのは、騎士団に貴族や王族、上流階級に対するボイコットだった。
上層部が絡んでいることを言った為か、元からあった反発する精神に火がついたようだ。
王族のジンも単独行動とミラとライガが逃げたことも全てそっちに責任を持って行こうとしているようだ。
先ほどまでのライガ憎しから徐々に変わったのは嬉しいが、喜べない状況だ。
アレックスと違ってサンズは公爵家の人間だ。
騎士団の精鋭といえども、それがどう転ぶか分からない。
サンズは慎重に騎士団の詰め所に戻った。
そこにはアレックスは居なかったが、数人の騎士たちがいた。
彼等はサンズを見つけるとアレックスが王族に連れて行かれたことを伝えた。
「なんでだ?」
サンズは純粋に疑問に思った。
「王城の警備も全てボイコットしているかららしいですけど…アレックスさんも王族に良い顔する必要ないのに…」
騎士はどうやらアレックスが王族を優先しているのが気に食わないようだ。
何となくわかってきた。
アレックスはあくまでも帝国騎士団としている。
王族の団長不在と精鋭が崩壊した今、市民階級が主力の騎士団は、日頃の不満が爆発しつつあるのだ。
騎士団と言う武力を持った警備集団と考えている他の騎士たちにとって、アレックスの発言は目につくようだ。
「聞いただろ?皇国が攻めてくる可能性がある。」
サンズはとりあえず脅威であり、共通の敵の話をした。
「それだって、王城の奴らとかの協力じゃないんですか?」
騎士たちはやはり、納得していないようだ。
「…まあいい。それよりも、アランの情報は…」
サンズは騎士たちを見渡した。
騎士たちは黙ったが、怒りの表情が濃くなった。
どうやら、アランが貴族街の警備に捕まったことも今の状況を作り出したものの一つのようだ。
「帝国も王族も、お宝様がいないと結局力もない。貴族だって、誰のお陰でやっていけていると思っているんだ…」
騎士たちは変わらず、上流階級に対しての敵意を露わにしていた。
「情報は無いんだな…」
サンズは諦めて、自宅周辺の聞き込みに行くことにした。
「…もし、もし皇国が攻めてきたら…」
騎士がサンズに声をかけた。
サンズは振り向いて騎士たちを見た。
「…王城を渡せば…見逃すと言われたら…どうしますか?」
騎士はサンズを計るように見た。
サンズは溜息をついた。
「ヒロキさんを殺してライガを、帝国騎士団を利用した皇国に屈したくない。ブチ殺してやりたい。」
サンズは吐き捨てるように言った。
そうだ。
サンズは皇国が憎い。
戦場経験者のサンズやアレックスには、皇国と協力するという考えが薄い。
何度皇国の軍と戦ったことか。
そして、その犠牲を見てきたことか。
過去の話もあるが、現在の話もある。
「…お前等がどう考えているのか知らないが…、反発するのは構わないけど、皇国に王城を渡したら…王都はどうなる?」
サンズは騎士たちを見た。
一人一人目を向けた。
彼等は、少し考え込んだ。
「俺達は…王都は守ります。帝国の人々は守ります。」
「王城の奴らも、腐っていても帝国の人間だ。」
サンズは彼らを睨んだ。
「…皇国を信用するな。」
サンズは付け加えるように言った。
ブロック伯爵の私兵たちの案内を受けて、リランは近くの詰め所までやってきた。
「ここからは大丈夫です。伯爵によろしくとお伝えください。」
リランは伯爵の私兵たちに礼をして言った。
「いえ。ここまで来たら王都まで送ります。」
私兵の一人は、頑なに送ると言った。
「いや、忙しいでしょうし…これ以上お世話になるのは悪いです。」
リランは彼らの頑なさを不審に思いながらも、丁寧に断ろうとした。
「あなたが持っているその紙を、王都まで見届けるためです。」
留めに私兵は言った。
そう言われると、断れない。
「…わかりました。では、馬だけ取り替えたいので…それに、連れてきた騎士たちも、元はあの詰め所の者なので…」
リランは王都から共に来た馬に替えて一人で帰るつもりだった。
こうなったら仕方ない。
リランは詰め所の外で伯爵の私兵たちを待たせて、馬を替え、騎士を返すつもりだった。
休むことはしない。
限界に近いが、今は興奮状態で、止まると倒れてしまいそうだったからだ。
詰め所に入ると、リランは驚いた。
騎士の数が多少減っている上に…何やら雰囲気がおかしい。
「…あの、馬を替えたいんだけど…?」
リランは俯く騎士たちに声をかけた。
騎士たちはリランを見つけると目の色と変えて駆け寄ってきた。
「!?どうしたんだって…」
リランは慌てて騎士たちを避けた。
「…先ほど、団長代理の指示で騎士は王都の守りに複数人戻りました。」
騎士は沈んだ声で言った。
「え?…じゃあ、皇国付近の守りは…?」
「いえ、警戒態勢なのは変わりませんが…」
騎士はリランを気遣うように見た。
「?」
リランは状況も掴めないが、彼等が何で自分を憐れむ様な目を向けるのかわからなかった。
「…精鋭部隊のミヤビ殿が…亡くなりました。」
騎士は辛そうな顔をしていた。
「え?」
リランは一瞬何を言っているのかわからなかった。
「ミヤビ殿は…ライガの追跡に失敗し…自害されました。」
騎士は、やはりリランを気遣うように見ていた。
「…嘘だ…」
リランは、まだヒロキの死を悲しんで実感して噛み砕いていない。
それなのに、ミヤビの死を受け止められるわけない。
リランは馬小屋に急いだ。
行き共に来た馬はリランを見つけると駆け寄ってきた。
しっかりと手入れをされている。
リランは慌てて装備を整えて、馬に乗った。
詰め所の入り口にいる伯爵の私兵たちはリランを見つけると駆け寄ってきたが、リランはそれどころでなかった。
手綱を握り、馬を走らせた。
速く、速く。
「…嘘だ…なんだよ…それ。」
リランは早く王都に戻って、仲間に会いたかった。
願うのは、死んだのは嘘だということだ。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。マルコムとの戦いで重傷を負う。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存していた。ライガとミラを一族の村に運び匿おうとする。母親は王族に嫁いだお宝様だった。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な顔立ちをしている。ライガとの戦いで右頬から右耳にかけて残る傷を負った。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で高い身体能力を持っており誇っている。力主義が強く、弱い者を尊重しない面が強い。尊敬していたライガの裏切りに激怒していたが、騎士として彼に戦いを挑み彼に敗れたことや、自分の父が騒動の黒幕に加担していると考えたことから、騎士を辞めることを決める。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。ジンの様子がおかしいことや自分よりも若い隊員の死に心を痛めている。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。単独でブロック伯爵の元に向かう。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。リランと間違われ捕らえられる。
チャーリー:
フロレンス家の執事。精鋭部隊に協力的。
キョウ:
鑑目の一族の族長。ライガたちを匿ってくれている。ジンの祖父。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の剣技に魅せられ囚われている。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。ライガとマルコムの潰し合いを望み、隙を見てミラを奪おうと画策したが、バレて二人に返り討ちにされ重傷を負う。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。三人の息子がいたが、マルコム以外を亡くす。彼を跡取りにするため、アレックスに交渉するなど動いていた。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




