誘い手の先
ある日のことだ。
まだ、ジンも幼く、ヒロキも皇国にいた時だ。
外に出れないヒロキの相手をジンがした。
「やー!!」
ヒロキは刀を振って見せた。
生まれつきの素質なのか、あまりに流れるようで綺麗だった。
ジンは彼の両親を見た。
二人とも誇らしげな顔をして居る。
そして、本人も誇らしげだ。
「ふん!!強そうだろ!!」
ヒロキはジンが思った感想とは違うことを言った。
「いや…すごく、綺麗だ。」
ジンは率直に言った。
ヒロキは口を尖らせた。
「…お前、最初に俺を女と間違えたり、ひどい奴だ。」
ヒロキは拗ねるように言った。
「いや…だが、筋が綺麗で、とても子供の剣とは、刀とは思えない。」
ジンは率直な感想を言った。
「勝負だ!!」
ヒロキは口を尖らせて拗ねたような顔をしてジンに刀を向けた。
「え?」
ジンは慌てて顔に包帯を巻いた。
「何だと?それは…手加減ってやつか?」
ヒロキはジンの様子を見てさらに拗ねるように言った。
「違う。俺は、これで剣を使っている。」
ジンは首を振って答えた。
「へー。」
ヒロキは納得していないようだが、このままさせてくれるようだった。
ヒロキの元に彼の母親が駆け寄ってきた。
「ヒロキ?危ないから安全なこれで戦いましょうね。」
どうやら刀は危ないらしく、安全そうな木刀を渡されていた。
もちろんジンもだ。
ジンは渡された木刀を握って、ヒロキの前に立った。
ヒロキもおそらく構えたのだろう。
「本当に綺麗…」
彼の母親が感激するように言った。
親ばかだと思うが、本当のことだから仕方ない。
「行くぞ!!」
ヒロキが踏み込んだ音が聞こえた。
風圧も、気配も感じた。
ガン
ジンの頭に痛みが走った。
「…は?」
ジンは驚いたが、ヒロキに殴られたことが分かった。
殴られる気配が無かった。
「…静かなのか…」
ジンは納得した。
足運び、動き方が繊細なのだ。
無意識に母親を真似して動いている日常生活での動きが綺麗なのかと思ったが、それだけではなかったのだ。
「バカにしてるのか?」
ヒロキは怒ったような声を上げた。
「…いや、お前…強いぞ。」
ジンはヒロキの肩を掴んだ。
「…え?」
ヒロキはまさかこんなに本気で言われるとは思わなかったようで、間抜けな声を上げた。
「…俺の剣の相手をしてくれ!!」
ジンはヒロキに頼むように言った。
「…もちろん!!」
ヒロキは嬉しそうに言った。
が、その後ろで彼の両親が全力で拒否していたのは見なくてもジンにはわかった。
雨は降り続けている。
ジンはずぶ濡れになりながらも、馬を走らせた。
向かう先は森ではなかった。
どこかの山道を進み、入り組んだ道を行く。
雨でだいぶ道の状況が悪い。
獣道のようなところを通り、山の谷に入り、ある一本の大きな木の元に止まった。
ジンはその木を見上げた。
「…お前の我儘を聞くのは…これが最後だ。」
ジンは悲しそうに笑った。
彼の顔を伝う雨が、ぽたぽたと地面に落ちる。
彼の乗っていた馬は、木の下で雨を凌ぐように体を丸めた。
木の裏側に何やら、掘り返されたような土の跡がある。
ジンはそれを足で穿り返し、下の金属の鉄板が見えるまで土を掘った。
金属の鉄板には、取っ手が付いており、持ち上げられる様子だった。
ジンは周りを見渡した。
雨の音しか響いていないが、気配もない。
ジンは鉄板を持ち上げた。
ギギギギ
という重い金属の音が響いた。
ボロボロになったマルコムの帰還は、悲しみに暮れる帝国騎士たちにとって、数少ない明るい話題だった。
だが
「帝国騎士団を辞めます。」
マルコムはおおよその手当を受け終わると、腕を組んで断言した。
彼はさすがに動けないため、今はベッドに横になっている。
マルコムの傍にアレックスが椅子で座り、彼の後ろにサンズがいる状態だった。
そして、彼等を見守るように、数人の騎士たちが扉の前に見張りとしていた。
アレックスは頭痛がしたが、サンズは何やら納得したような顔をしていた。
ライガの裏切りから始まり、ヒロキとミヤビの死、ジンの単独行動、それに加えてマルコムが騎士を辞めるとなると精鋭は崩壊だろう。
もう崩壊しているが、跡形もなくなる。
マルコムは、清々しい顔をしていた。
顔の傷は痛々しいが、表情はだいぶ違う。
そんな顔を見ると
「…お前は戦力だ…」
アレックスはそれしか言えなかった。
「アレックスさん。それよりも…早くここから切り上げた方がいいです。」
マルコムは声を潜めて言った。
「?ライガたちに何かあったのか?」
アレックスは周りを見渡し、マルコムと同じく声を潜めた。
「王都の守りに戻ってください。…近いうちに、皇国が攻めてくる可能性があります。」
マルコムはサンズを見た。
「…はあ?…あり得ない話ではないが…こんな騎士団がボロボロの時に…」
アレックスは困ったように言ったが、途中で顔を上げた。
「そうです。…もう、お宝様とか言っている場合じゃないです。」
マルコムはアレックスを見て頷いた。
「俺も、マルコムの言っていることに賛成だ。…俺達は…」
サンズは険しい顔をしていた。
「なら、それこそお前は戦力だ…ミヤビやヒロキさん、ライガと団長もいない今…」
アレックスはマルコムを見た。
「…それは出来ません。」
マルコムはアレックスを真っすぐ見た。
「まあ、アレックス。マルコムの話を聞くといい…」
サンズはアレックスの肩を叩いた。
そして、扉の方にいる見張りの元に向かった。
どうやら席を外すよう頼みに行ったようだ。
ついでにサンズが外に出て、彼が見張りを務めるようだ。
アレックスはサンズが出て行ったのを見て、マルコムを見た。
「…俺は、もっと早く気づくべきでした。」
マルコムはアレックスを見た。
「それは、お前がライガへの怒りを露わにしなくなった理由でもあるんだな。」
アレックスはマルコムを見た。
「…そうです。リランの話で確信しました。」
マルコムは口に歪んだ笑みを浮かべていた。
「…」
アレックスはマルコムの肩を叩いた。
マルコムはアレックスに微笑んだ。
「…察しがよくて助かります…」
「…気にするな…お前も大変だな…」
アレックスは首を振った。
「…そうです。アレックスさんの察する通り…」
マルコムは言いかけて顔を歪めた。
怒りを表すのと、悲しみと、悔やみも。
「皇国の協力者には…俺の父も関わっています。」
マルコムは嫌悪を表わすように言った。
ライガ:
主人公。帝国騎士団の精鋭部隊に所属する。小さいころからミラを守る立場にいた。短い栗色の髪をした茶色の目をした青年。ミラと深く愛し合っており、彼女が絡むことには若干頭に血が上りやすい。ミラと逃げる。彼女に求婚し晴れて結ばれる。父が前騎士団団長で行方不明。マルコムとの戦いで重傷を負う。
ミラ:
ヒロイン。「お宝様」と呼ばれ、鑑目を持つ少女。真っ黒な髪と真っ黒な目をしている。王子に嫁ぐことが決まっていた。ライガと深く愛し合っており、彼と逃げる。晴れてライガと結ばれる。
ジン:
帝国騎士団団長。歴代最強と言われた前騎士団団長であるライガの父を決闘で破り、最年少で団長に就く。栗色の長い髪を束ねており、瞳の色は顔にかかる包帯のせいで分からないが、色が白く線の細い輪郭をしている。剣の腕はまさに帝国一と言われるほどである。王族の人間だが、王族に対して冷ややか。副団長のヒロキに精神的に依存しており、彼の死に対して、手段を問わず復讐することを決意する。
マルコム(マルコム・トリ・デ・ブロック):
精鋭部隊の一員。瞳も髪も茶色で中性的で幼い顔立ち。オールバックの髪型で、優し気な顔立ちをしている。国境の貴族ブロック伯爵の息子。槍使いで、顔からは想像し難いほど筋肉質で高い身体能力を持っており誇っている。強いものを無条件で尊敬する反面、自分より弱い者に対してはその意識はかなり低い。尊敬していたライガの裏切りに激怒していたが、騎士として彼に戦いを挑み彼に敗れたことから、何かを決心し騎士を辞めることを決める。
アレックス
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。ジンの代理で全体の指揮を任され、新団長として指名される。長い金髪と緑色の瞳で顔立ちがはっきりしている。普段の生活態度とは違い、堅実で手堅い戦い方をする。また、派手な様子からは察せられないほどの苦労人。サンズ同様に戦場経験者。ジンの様子がおかしいことや自分よりも若い隊員の死に心を痛めている。
サンズ(サンズ・デ・フロレンス):
精鋭部隊の一員。ライガの先輩。硬そうな短い黒髪をして目も黒く、彫が深くて眉が太く骨骨しい輪郭をしている。見た目通り力が強く、騎士団一の怪力を誇る。王都の貴族で父が公爵だが階級意識が無い騎士団を好む。文学青年でロマンチスト。先輩のアレックスと親友。精鋭では数少ない戦場経験者。
リラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。アランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は赤。アランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。兄。単独でブロック伯爵の元に向かう。
アラン:
精鋭部隊の一員。ライガの後輩。リランと双子。長い赤毛をポニーテールにして全部束ねている。瞳の色は茶色で髪を留めている紐の色は黒。リランと二人で「赤蠅」と呼ばれるほど戦いにくいと騎士団内で有名。ヒロキが襲撃を受けたことを自分のせいだと責めている。ライガの裏切りにそこまで怒っておらず、少しだけ好意的。弟。リランと間違われ捕らえられる。
チャーリー:
フロレンス家の執事。精鋭部隊に協力的。
アシ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。大きい目と大きい鼻が特徴的な顔の造りをしている。小刀を使う。ライガの逃亡に協力的だが、真意が測れず怪しい。ヒロキに剣で追い詰められたことや、彼の様子から何か思うところが出てきた。
イシュ:
隣国の皇国の者。黒髪と褐色の肌、グレーの目をしている。彫が深く、目が細く鋭い。弓を使う。襲撃の際、ミヤビに肩を射抜かれたが、サンズ並みのガタイのお陰で深手にならず、弓も引ける様子。ミヤビを追っているサンズを襲撃するなど、単独行動を助長させる。ライガとマルコムの潰し合いを望み、隙を見てミラを奪おうと画策したが、バレて二人に返り討ちにされ重傷を負う。
シューラ:
隣国の皇国の者。白い髪と赤い目をしている。牙のような八重歯が特徴的。長い刀を使う。襲撃時、マルコムの攻撃を受けて肩と腰の筋を痛めた。彼の攻撃を真に受けたことにプライドが傷ついた様子。
モニエル・デ・ブロック(ブロック伯爵)
皇国との国境を統治する地方貴族。皇国の事情に詳しい。マルコムの父親。三人の息子がいたが、マルコム以外を亡くす。彼を跡取りにするため、アレックスに交渉するなど動いていた。
レイ・タイナー:
元帝国騎士団団長。ライガの父。ジンとの決闘に敗れ団長を退いたが、歴代最強と言われるほどの剣士だった。団長時代は敵国である皇国の大臣と交流を持つなど帝国の命令から反する行動をしていた。現在行方不明。
ヒロキ:
帝国騎士団副団長。精鋭部隊の副隊長でもある。長い濃い茶色の髪で切れ長の目をしている。女性顔負けの端麗な容姿故に飾り物と陰口を言われることが多い。ジンとは付き合いが長い。流れるような剣術で他の騎士に比べて非力だが、目の良さと器用さがあり、確かな実力を持っている。皇国の元大臣の息子。一族の失脚の際、ジンとライガの父に命を助けられた。アシたちの襲撃を受けて死亡。ジンに看取られる。
ミヤビ:
精鋭部隊の一員。隊の紅一点。赤みがかかった金髪で、目はグレーで中々の美人。厚みのある唇がチャームポイント。剣の腕は他の精鋭に比べると劣るが、弓の名手。ライガに片思いをしていた。ライガの裏切りに激怒し、非常に荒れ、暴走していた。ミラを襲ったことをライガに憎まれ、それに耐えられず自死する。
コマチ:
ヒロキの母でヒロキそっくり。皇国前大臣の妻。傾国の美女と言われるほどの美貌を持っていた。ヒロキが見ているところで首を刎ねられ死亡する。現在も皇国の支配層に影響力があるらしい。




